#332「戦乙女と戦女神」
デモゴルゴンの襲撃を、トライミッド連合王国軍は刻印騎士団を中心にして迎撃していた。
そのなかでも、特に中心となって魔物を討滅していたのは、英雄の娘、ルカ・クリスタラーだった。
「“水晶光錫──月”」
魔法陣の展開は、防御結界の構築を意味する。
しかし、魔法陣は設置型であり大勢が脱出経路を探す状況では、適した魔力消費とは言えない。
ルカ・クリスタラーを知らない刻印騎士たちは、すぐに「何をしているのか!」と団長の養女に注意を入れようとして、ほぼ同時に目を見開くコトになった。
魔法陣が移動し、且つ、極めて攻撃性に満ちた移動砲台の役割を兼ねていたからだ。
退魔の浄化作用をもたらす水晶光。
駆け巡る幾百の錫杖には、月の瞳の魔力も込められ、光線を浴びたデモゴルゴンは強制的に叡智を注ぎ込まれて処理不能の情報密度に脳が爆発する。
脳が無いデモゴルゴンでさえも、永遠に近いフリーズ状態に陥り、石像と化したそのカラダを他の騎士たちが叩き壊した。
範囲は実に、半径五千メートルを誇る。
「この魔法陣の外に出ないように! なるべく内側に、気をつけながら走ってください!」
「りょ、了解した!」
「団長の娘、いつの間にここまで……っ」
「刻印騎士団、続けぇ!」
彼らは走る。
どこへ走ればいいのかも分からないながらに、自分たちの王と主君を守るため。
同盟を潰しに来た敵の存在に改めて怒りを燃やし、希望のために戦う。
そんななか、ルカが展開した魔法陣の最も深奥部で、トーリー王とザディア宰相、ウィンター伯は必死に何処へ向かうべきかを考え続けていた。
もはや戦場は、どこもかしこも大魔だらけ。
一番頼りになる憤怒の剣も、聖槍の姫も側にはいない。
だがそれでいい。
所詮は尋常人に過ぎない自分たちと違って、彼らこそが人界を守る最大の防波堤だ。
英雄ならざる王や貴人に課せられた使命とは、如何により多くの命が助かる道を決断できるか。
「っ、ティタノモンゴットと逸れちゃったのは痛いね……!」
「だが巨人たちは、すでにかなりの数がデモゴルゴンに変えられていたっ」
「黄衣の女怪……よりにもよって邪視の大魔が、近くにおりますぞ……!」
「デッカいのがこっちに来てないうちに、どうにか突破口を見つけないと……!」
ガンドバッハ王たちがジャイアント・デモゴルゴンと戦っているのを、彼らは知らない。
しかし、巨大なデモゴルゴンが大地を揺らしながら、雪の向こうに歩いているのは見えていた。
地響きと轟音、巨人族の咆哮。
ティタノモンゴットが戦ってくれているのは察しがついたし、巻き込まれないように距離を取らなくちゃならないのも分かっていた。
とにかく走る。走って走って走る。
だが天候はあいにくの雪。
こんな時でさえも、北方大陸の自然は生あるモノに容赦が無い。
幸いなのは、彼らがふたりの準英雄に守られているコトだ。
英雄の娘、ルカ・クリスタラー。
神人、フェリシア・オウルロッド。
前者は先ほども触れた通り、攻防一体の魔法陣を展開し極めて絶大な安心感を与えてくれている。
後者に関しては、大闘技決闘会で披露した神威を解き放ち、魔法陣の外でデモゴルゴンの軍勢を大量に蹴散らし続けていた。
まるで大地母神の加護を得たようだと、トライミッド連合王国軍は士気に奮えている。
「ありがたい……!」
「本当なら、あの英雄と一緒にいたかっただろうに……!」
「ララヤレルンに感謝を──!」
「我らには戦女神がついているぞ……!」
「戦乙女と戦女神か……!」
「男のいさおし、ここに極まれりィ!」
「戦えぇェェェッ!」
刻印騎士だけじゃなく、尋常の騎士と兵士も雄叫びをあげて戦い続ける。
彼らには覚悟があった。
いまこの時、人の世界を守るための戦いが始まったのだと。
自分たちがここで剣を取り、敵に立ち向かわなければ、愛する家族が笑って過ごせる明日は無いのだと。
同盟は正しかった。
王の選択と決断は、間違っていなかった。
ならば守れ。
ならば戦え。
我らは北方大陸人、男ならば命を懸けて武器を取れッ!
だが。
「どーこーにぃ、行ーくーのー?」
「「「──ぐぼらァァァガガガガッ!!??」」」
そこに、大魔がやって来た。
赤い瞳を愉悦に濡らし、暴虐に昂る淫蕩。
黄衣の女怪が、敢えて後方から異界の門扉を開けて連合王国軍を襲う。
殿を請け負っていた勇敢なる兵たちは、生きたままデモゴルゴンに変貌し、つい一秒ほど前まで仲間だった者を襲う。
「!? 大魔だァァァァァァッ!」
「視界を遮れェェェェェッ!」
「肉壁で王を守れェェェッ!」
「チッ。なにそれ。つまらないのよ! もっとみっともなく逃げ惑え!」
騒ぎは、すぐにトーリー王やルカたちの耳に入った。
「っ……ボクの民が……」
「止まるな! トーリー!」
それは、ザディア宰相が放った咄嗟の叱咤。
普段の敬語を忘れ、大貴族は王に叫ぶ。
「走れ、走れ走れ走れッ! 彼らの死を無駄にするな!」
「ッ……!」
「クリスタラー! 我々に構うなッ! 頼むッ」
ウィンター伯もまた、腹心に叫ぶ。
ルカは応えた。
「フェリシアさんッ!」
「はい──!」
戦乙女と戦女神が、黄衣の女怪と戦いを開始する。
もちろん、最初に動いたのはルカだ。
魔物退治の専門家であり、刻印騎士として経験も積み、移動砲台型の魔法陣をも考案するに至った才媛は、大魔の厄介な能力を真っ先に封じる。
「“水晶光牢”!」
「は? なにこれ、ウザったい女ね……」
二つ目の魔法陣、展開。
有するのは、異界の門扉を一時的に解錠不可にする境界限定能力。
および、邪視を阻むための水晶光結界。
完璧には阻めないが、デモゴルゴン化を遅滞させるフィールドを作り上げる。
黄衣の女怪は、あからさまにイライラした顔になった。
「野暮ったい髪型、ダサいメガネ、ブスがワタシの前に立ってじゃないわよ」
「わざわざ後ろから現れて、私たちを追い立てようとした〝性格ブス〟に言われたくありませんね」
「ハッ! 刻印騎士団の女はどいつもこいつも、減らず口ばっかり……雪さえなければ、この程度の結界、べつになんてコトないわ」
「おっと。今ここに降ってる雪が、まだ天然自然のものだと思っていましたか」
「……ハァ?」
ルカは、自らも雪のヴェールに紛れながら、女怪を煽る。
異界の最厄地、エル・セーレンでの戦い。
ベロニカ・レッドフィールドがもたらした情報によって、黄衣の女怪が戦闘のせの字も弁えていないクソッタレのアバズレだというのは、とっくに白日の下だ。
人をやめ、力と高慢さばかりが大きく肥え太った醜女。
他者を格下に見て、常に自分が誰よりも上だと考えているから、頭も弱い。
自分にとって都合のいい出来事は、どんなにちょっとしたコトでも自分が優れているからだと思い込み。
その逆、自分にとって都合の悪い現実には「それが起こるかもしれない」とも考えない。
(まぁ、大魔の精神は破綻していますからね……)
当然と言えば当然なのだが、それにしてもこれはひどい、とルカは思った。
「黄衣の女怪──いいえ、ロドリンド・コルティジャーノ」
「! アンタ、なんでワタシの名前を……!?」
「敵なのだから、調べるのは当たり前でしょう。いえ、今はそれよりも、後ろ、振り返ったらどうです?」
「!?」
黄衣の女怪が、言われた通りに後ろへ振り返る。
戦場において、敵の言葉をいちいち真に受けるのもどうかと思うが、殺し合いの場で敵から目を離す愚かしさも度し難い。
こんな存在に多くの命が弄ばれたのかと思うと、ルカは義憤に駆られざるを得なかった。
とはいえ、べつに嘘をついたワケでもない。
どうやらこのバケモノは、トライミッド連合王国軍と王を狙うあまり、魔法陣の外側にいた神人の存在にすら気づいていない。
かつての村娘が、今や騎士となり片目に黄金瞳を宿し、戦う力を得てしまった。
その恐ろしさを、まるで分かっていない。
だから、ほら。
「“獣よ駆れ汝らを狩る女神の戦車を”ッ!」
「!!」
後ろから、今度は自分が狩り立てられる!
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──
戦車に轢かれて、黄衣の女怪──いや、ロドリンドは思った。
(どうしてワタシが、地べたを転がっているの?)
胴体が千切れている。痛い。
ほんの少し前まで、気分は良かった。
逃げ惑うザコを追いかけ回して、醜い姿を嘲笑って。
この星で唯一、自分が愛を覚えた男から愛されている確信に震えて。
また昔みたいに、愉しい遊びが出来ていた。
(なのに、どうしてほんのちょっと油断をしただけで、こんなふうにみっともなく服まで汚されなきゃならないの?)
いや、果たして本当に油断のせいなのだろうか?
これは卑劣な罠だ。
ロドリンドの美貌と権威に嫉妬し、その高き座から引き摺り下ろそうと企む低劣な女たちが、またしてもロドリンドを罠にかけたのだ。
嫉妬、羨望、嫉妬、羨望、嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬、羨望羨望羨望羨望羨望。
本当に嫌気が指す。
挙げ句、あの戦車と有翼の小娘──アレはいったいなんだ?
どこぞで踏み潰し損ねた、疾うに落ちぶれて久しい神モドキ。
白嶺の魔女に連なる白き風の係累。
鬱陶しい。忌々しい。陰険で、せせこましくて、ちっとも美しくなんかないのに、他人の足を引っ張るコトばかり一丁前。
(……醜い女が、よくもワタシを地べたに……!)
ワタシは、デモゴルガーナ。
(女王なのよ……!?)
いと深き闇の公子から寵愛を授かった、たったひとりだけの女!
いくら妬ましいからと、いくら羨ましいからと、こんな暴挙が許されていいはずない……!
直近の記憶、赤髪の刻印騎士とのフラストレーションもあって、ロドリンドは耐えきれずに唱えた。
「“耽溺せよ淫奔の地、私は獣欲の女王”──!」
魔法陣など、大魔の大魔法──〈領域〉の顕現の前では塵同然。
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tips:流転する戦場の片隅で
「もうダメだ……もうここにはいられない……!」
「父上! ダメです! そんなっ、どこへ……!?」
「私は聖女聖下のところへ行く! オマエもついて来い!」
「なッ、待てコラ……ッ」
ヴィヴラ・ダァトが、恐怖のあまりにパニックに陥り、瓦礫の陰から飛び出て行ってしまった。
一瞬の隙を突かれ、咄嗟に止めようとしたレオナルドとジャックだったが、純血のドワーフは咄嗟で止められるほど柔ではなかった。
ほんの一瞬で、戦場の混乱と雪霧の向こうへ消えるヴィヴラ。
「そんなッ!」
「待て待てっ、落ち着けッ……! アンタまで行ってどうするっ?」
「でも父が!」
「あっ……このッ!?」
レオナルドもまた、肉親の情ゆえだろう。
ジャックが制止したにもかかわらず、「すまない!」と叫んで飛び出てしまった。
「あーもうッ、どうすんだこれ……!」
「ヤバいよ、ジャック……王族だよ!?」
狼狽える騎士と従士。
だが、瓦礫の陰から出ればどこに敵が潜んでいるか分からない。
騎士として戦うべきだと考えながらも、彼らは奇しくも一時の避難先を得てしまったがゆえに、勇気を減じていた。
「──僕が行きます。僕は超人ですから、ドワーフの彼らを連れ戻せる」
「な……だけど、クレイコート……っ」
「こんなとき、メラン様ならそうするはずです。僕の主君は、いまもあの広間で戦ってる」
そばでお守りできないのなら、せめて自分はララヤレルンの騎士として恥じない行動を。
クリスは瓦礫の陰を見返し、メラネルガリア騎士たちにも声をかける。
「貴方たちの前で主君なんて呼ぶのは……ちょっと図々しいかもしれませんが」
「何を言うのです。あの御方が貴公を近衛に選ばれたのは、今の言葉だけで充分に理由を証明していました」
「我々も、そろそろセラス様たちのもとへ向かわなければ」
「あぁ、嘘だろ……アンタらまで行くのかよ……チクショウっ、だったら……だったら俺だって、行ってやるってんだ……!」
「! 行くんだな、ジャック!? やるんだな、ジャック!?」
「おうッ! このジャック様、女の前で情けねぇカッコウはしてられねぇ──!」
戦場の片隅で、彼らはそれぞれ行動を始める。
自分たちの運命を決める行動を。




