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ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚  作者: 所羅門ヒトリモン
第3部 宣戦編

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329/344

#329「巨人王国戦場化」



 消える。

 鯨飲濁流が、消えた。


「!?」

「っ」

「クソっ……!」

「ギャハハハハハハハハハハハッ! やれると思ったかァ? この俺に一撃食らわしてやれると、あともう少しでってホントウに思ったのかァ!? バ〜カッ! マジメに付き合うワキャねぇだろッ!!」


 異界の門扉による瞬間移動。

 加えて、霧化による念のための防衛策。

 境界渡りの特権は、淡いの異界に関与した移動だ。


 こちら側の存在に過ぎない俺たちよりも。

 あちら側の存在である魔物のほうが、その潜航速度は速い。

 

 吸血鬼は致命傷を受ける前に、戦いの場から離脱していた。

 俺たちは三人とも、寸前で武器を引き戻す。

 敵が移動した先は、どこか。

 それはすぐに分かった。

 ガンドバッハ王の玉座。

 大魔はそこに霧化したまま移動し、額を抑えながら立っていた。

 笑いを堪え切れないといった、あからさまなポーズを作り。


「ヒ、ヒハ、ヒハハ──バカなオマエたちに、教えておいてやるかァ」

「それはテメェが触れていい椅子じゃァねぇ──!」

「落ち着けよ、老耄(おいぼれ)。テメェの相手は俺じゃァねぇ」


 グラディウス翁がすぐさま斬りかかりに行こうとしたが、玉座の壇上と階下の狭間に、新たな異界の門扉が出現した。

 蘇芳(すおう)紅鶸(べにひわ)、黒い煙状のそれは、


「憤怒の剣よぉぉォォォォォォォォォ──ッッ!!」

「なにッ!?」


 堕ちた大魔法使い、ゼオメイガス。

 魔導死(リッチー)から吸血鬼(ヴァンパイア)に、二度転変したモノ。

 異界の最厄地にて、アイナノーアと戦い敗走した大魔が、グラディウス翁へ襲いかかる。

 人喰い八脚馬、スレイプニール。

 貪る蝗龍、グラトロンをすでに従え、異界の門扉を用いて、そのまま何処かへと老雄を押し攫っていく。


「ッ……手勢を……!?」

「アァ、連れて来てたさ! せっかく教えてやろうとしてたとこだったのに、さっそくひとり消えちまったが……まあいい! ヒトがこれから話をしようってのに斬りかかってくるようなヤツぁ、マトモじゃァねぇしな!」

「スカイハイ!」

「……ハ」

「アァ? なんだァ、オマエたちも出ていくのかァ?」


 聖女の呼びかけに、スカイハイが瞬転する。

 灑掃機構は猛スピードで山王の間の床に降下した。

 拝光聖騎士団の長は、それにアクション俳優のように跳びつく。

 ピックアップ・フライウェイ。

 聖地の二大巨頭は、そのまま天窓へ向かい急上昇した。


「群青卿! 申し訳ございませんが、この場は貴方にお願いします!」

「どういうつもりだ……!? オマエたちはさっきから、何がしたいんだ!」

「出来れば分身も討滅したいところでしたが、時間切れです。我々は外を受け持ちます!」


 そう言って、パランディウムの人間もまた山王の間から消える。

 後に残ったのは、俺と鯨飲濁流だけ。


「妙な女だったなァ?」

「……気安く、話しかけてんじゃねぇよ」

「お〜、コワいコワい。だが聞けよ、メレク・アダマスの末裔」


 玉座に腰を下ろし、片膝を立てて俺を見下ろす鯨飲濁流。

 吸血鬼の王は「ネタバラシの時間だ。興味はあるだろ?」と話し始めた。


「オマエたちと来たら、俺が現れたと分かった途端に、何も考えねぇで殺すコトしか頭にねぇから困る」

「……」

「そもそも疑問に思わなかったのかァ? 俺はネルネザゴーンの王になったんだぞ? ゲーン・ダッドリューって洒落た名前まで考えて、分かりやすくアピールもしたつもりだったのに、ノコノコひとりでやって来たと思うほうがどうかしてるだろォ!」

「チッ」


 ペラペラ、ペラペラ。

 なかなか本題に入らず、もったいぶったように舌を回す様子に、つくづく苛立ちが募る。

 だが、たしかに考えるべきか。

 状況はすでに、かなり風雲急を告げている。

 グラディウス翁を攫ったゼオメイガスの登場。

 聖女アイヴィの「()を受け持つ」という言葉。

 耳を澄ますと、天窓を通して微かに聞こえ始める騒ぎ。

 ネルネザゴーンの王を名乗るコイツの目的など、察するにあまりある。


「同盟を、潰しに来たのか」

「ご名答ッ! まァ、俺にはよく分からねぇんだがなァ? どうもオマエたちの同盟を見過ごすと、いろいろ不都合が起こるらしいのさ」

「ハッ! だったら、俺たちの行動は間違いじゃなかったってコトか。教えてくれて大助かりだ。何がなんでも同盟は結ばせてもらうぜ」

「いやいや……だから、それをさせねェために潰しに来たって言ったよなァ?」

「潰させねぇって言ってんのが、分からねぇか」

「ヒッヒヒヒッ! その威勢、どこまで保つのか……」


 鯨飲濁流は耳に手を添え、わざとらしく「聞こえるか?」と嘯く。


「だいたい、俺がどうしてここにいた人間たちを見逃したと思うんだ?」

「……」

「ああ、そうだ。そろそろ分かってきた頃合いだよなァ? 外に逃げれば安全? 避難すれば安全? ヒッヒヒヒヒッ! ああ、ホントウに──バカすぎて笑いを堪えるのが……ツラくてツラくて! ずっと敵わなかったんだぞッ!?」


 外には、ネルネザゴーンの軍が待ち構えている。


「ヒヒヒ! 俺の配下には、便利な眼を持つヤツがいてよォ? リックノックさんのお仲間には、あらかじめアイツが眼を仕込んでおいたのさ」

「……」

「つまり? 分かるよなァ? 俺たち魔物に備わる瞬間移動の能力。境界渡りのチカラってのは、一度行ったコトのある場所にどこでも自由に門扉を開けるって説明されちゃいるが? その実? テメェの()は関係ねェ! ただこの目で見て──いいやッ、知覚の範囲内に収まれば! 後はそれだけで構わねェんだからなァッ!」


 たとえ、〈渾天儀世界〉の四方超大陸がどれだけ広大であっても。


「古代、俺や白嶺がどうして海を越えて恐れられたか……理解はできたか? 現代人」


 大いなる魔は、嘲笑う。


「要するに、状況はこうだ。()()()()、仮に運よくここで殺せたとしても、それにかかずらわされたオマエは、外にいる人界同盟とやらを守れない。俺がいない間に最強を気取っていたさっきの刻印騎士も、今ごろはゼオメイガスの相手で忙しい。もちろん、俺を放置すればもっと状況は悪化する」


 つまり。


「ティタノモンゴット、トライミッド、メラネルガリア、ついでに星辰天秤塔もかァ? まぁ、なんだっていい! オマエたち北方大陸人(セプテントリオン)は、今日ここでまとめて死ぬんだよッ! わざわざ一箇所に集まってくれてありがとうなァ!? ──後世の歴史書には、余、ネルネザゴーン王ゲーン・ダッドリューが責任を持って記し残しておこう! 北の人界同盟、一日にして潰えるとッ!」


 ギャハハッ!

 ギャハハハハハハッ!


滑稽(こっけい)だッ! これじゃァ歴史書じゃなくて、喜劇の脚本だと誤解されかねないぞ!? ヒヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ──ッッ!!」


 後半だけ、ふざけ切った王様口調で言い、すぐさま腹を抱えて転げ回る悪魔。

 なるほど。


「なるほど、な」

「……アァ?」

「これが、月の瞳が古代から戦ってる敵のやり口ってワケか」

「月の、瞳だとォ……?」

「大層笑い転げるのは結構だがな。オマエか、オマエの配下か、ひとつ計算違いをしてるぜ」

「……へぇ?」


 思いのほか、俺が動揺もしなければ焦燥に駆られた様子すら見せなかったからだろう。

 鯨飲濁流はピタリと止まると、ゆっくりカラダを起こした。

 玉座の縁に立ち、吸血鬼は興味深そうに俺を見る。


「巨大彗星の欠片で鍛えられた斧、だったか? カッコいい武器を手に入れて、多少はやれるようになったのが、そんなにオマエのなかで俺を小さくしちまったのかァ? あ? 白嶺モドキ」

「分身ごときに言われてもな」

「……」

「それに、今のも勘違いだ」

「なんだと?」

「べつに俺は、オマエをぶっ殺すのが簡単だから、外の問題もすぐに片付けられるなんて言っちゃいねぇよ。俺のほかにも、強ぇ連中はいる。……ってか」

「なんだ」

「さっきから偉そうに、ペラペラペラペラ好き勝手言ってやがったけどよ」


 森羅斬伐を肩に乗せ、首を斜めに傾け「ハッ!」と鼻で笑う。

 嘲笑に対して、こちらからも嘲笑を贈り返す。


「今日ここで俺たちを潰せるってんなら、なんでオマエは分身なんかで乗り込んで来たんだよ? わざわざ軍勢なんか寄越しやがって、バカじゃねぇのか? こんなの、俺たちにビビって「直接潰しに来んのは無理でした〜」って言ってるようにしか、聞こえねぇんだよ!」

「────俺を、嗤ってんのか?」

「見りゃ分かるだろ、クソ吸血鬼」

「ヒ──ヒヒ、ヒヒヒ、ヒヒヒヒヒヒヒヒッ!! じゃあ、死ねッ!!」


 鯨飲濁流は一瞬だけ顔を覆い、再び晒した時には再び嘲笑を張り付け、玉座から跳び降りる。


「歴史書には、こう続けてやろう! オマエたちは分身ごときに、敗北したマヌケだってなァ──!」


 俺とクソ野郎との、第二ラウンドが始まった。

 敵は戦闘経験豊富な大魔。

 英雄奥義を使う瞬間は、よく見極めなければならない。

 異界の門扉による移動。

 単純だが、極めて効果的だ。

 魔法による回避行動などより、よっぽど忌々しい。

 いくら最強の斬撃でも、最初からそこにいないモノを斬るのは不可能なのだから。

 むしろ俺としては、鯨飲濁流にはここで死生観の開示──すなわち己が〈領域〉たる大魔法を使ってもらいたいくらいだった。


(そうなれば……!)


 回避不可。防御不可。対策不可。

 たかだか人の生き血を啜る吸血鬼ごときに、世界破壊の斬撃はどうにもできない。

 闇の公子なんて題名の伝説は、後世の歴史で〝大昔に退治された魔物〟に過ぎなくなる。

 やがては御伽噺になり、民間伝承になり、街談巷説になり、人々の記憶から完全に忘却されて元型すら留めない。


 これまで、俺が遭遇した例外はふたつ。


 ──眠りの女神、ユミナの泥濘(でいねい)

 ──夜闇の王、モルディガーンの裏世界。


 どちらも、〈渾天儀世界〉の根本に関わるような重要な理に関して権能を有する神だった。

 今、俺が狙うべき対象は間違いなくそうじゃない。

 俺が見誤らなければ、森羅斬伐は確実に〝一個の世界〟ごと鯨飲濁流を殺せる。そのはずだ。


(分身でやって来たのは、恐らく、確実にそれを恐れてだろ……!)


 外道鍛冶(げどうかぬち)から得た情報ゆえに、このクソ野郎は安全策に走った。

 なら、ここで俺が仲間たちを信じず、勝機を見逃す下手は打てない。


(大魔法を使わせた上で──!)


 確殺する。

 今はそれだけに集中する。






────────────

tips:天窓の交錯


 ターリア内の戦いから離脱し、灑掃機構は天窓を潜り抜ける。

 その瞬間、聖女たちはふたつの影を捕捉した。

 スカイハイが眉根を寄せる。

 「ダークエルフ──?」

 「捨て置きなさい」

 「メラネルガリアの間者でしょうか」

 「違うでしょうね。気にしなくて構いません。今はそれよりも第二目標の達成を急ぎましょう」

 「ハ」

 「アイヴィ様。第二目標とは」

 「決まっています。鯨飲濁流が今日この場で無理なら、他の大魔を殺すのです。あなたの出番ですよ」

 「──承知しました」

 「それにしても、鯨飲濁流……分身であの存在規模とは」

 「あれはやはり、オリジンを得ているのでしょうね」

 「呪文の原初、ですか」

 「ええ。しかも、恐らくは三つ以上」

 聖女は頷く。

 「第八の神が遺した魔神(マギア・デウス)。道理で、三機がかりでも討滅できなかったワケです」

 白嶺の魔女や黒詩の魔女。

 二体の魔物がたったひとつのオリジンだけで大魔に至ったのなら、それを少なくとも三つ以上、有する大魔は何になる?

 「あの吸血鬼は、きっと第八世界の史にも類を見ない新種……いいえ」

 第八の神、その座を狙えるほどの新たなバケモノへ、変生しつつあるかもしれない。



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