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ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚  作者: 所羅門ヒトリモン
第3部 宣戦編

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328/344

#328「然れど大魔は嗤い」



 神罰が執行された。

 山王の間は下層階まで床を灼き抜かれ、ガラガラと中心を崩落させる。

 展開も実行もあまりに有無を言わせない。

 灑掃機構に搭載された天罰機能は、一瞬で鯨飲濁流の姿を呑み込んだ。


 だが、大魔はなおも健在だった。


「──やれ、やれ」

「やはり──当機だけでは」

「さっきから何度も言ってるが、リックノックさんをホントウに可哀想だと思わないんだなァ……ったく、ひでぇ連中だ……ヒヒヒヒヒヒヒッ!」


 崩落の中心地。

 鯨飲濁流が立っていた場所。

 そこだけが、奇しくも塔のように形を残す。

 塔の上には、もはや完全にルナールの姿は無い。


 白髪痩身。


 リンデンで見た時と同じ。

 骨と皮だけの、ひ弱な見た目。

 薄汚い襤褸を身につけて、至るところに鞭で打たれたような古傷の痕。

 病的で胡乱な顔つき。

 鯨飲濁流本来の姿が、ついに俺たちの前へ現れている。

 それに伴い、大魔のプレッシャーも感じられるようになった。


「アレが、ヤツか?」

「ええ。間違いありません、が」

「分身」


 グラディウス翁の確認に、顎を軽く引いて小さく頷きを返す。

 ここにいる鯨飲濁流は本体じゃない。

 リンデンで目の当たりにした圧力に比べれば、およそ八割程度の存在感。

 今やリックノックの魂を完全に乗っ取ったといえども、やはり分身に過ぎない。

 その分身を、こうして強引に引き摺り出すのが聖地の連中の思惑か。


「オイコラッ! テメェら何を勝手にめちゃくちゃしてやがるんだッ!」

「勝手? 異なことを。我らは援軍の務めを果たしているまでだ」

「澄ました顔で嘯きやがって! 本音を言えよ、聖騎士(パラディン)!」


 騎士団長という同じ肩書きゆえだろう。

 グラディウス翁はきっと、これまでも拝光聖騎士団の長と何度か言葉を交わす機会があった。

 けれどこの様子では、今まであまりスカイハイに良い印象を抱くコトは少なかったようだ。

 俺から見ても、スカイハイは聖女至上主義って印象が強い。

 古典的なカルメンタリス教徒で、魔物や魔法は嫌っている。

 魔を以って魔を討たんとする刻印騎士団とは、理念も違うだろう。

 ただ、スカイハイが信奉している聖女自身は、そういう価値観とはズレた考え方を持っているようでもあった。


「失礼しました、グラディウス団長。ですが、これも人界のため。かつての聖女が討滅できなかった北の大魔とその一党は、今代にて必ずや討滅します。多少強引な手段もあるでしょうが、どうか人界のためと思いご容赦を」

「拝光聖騎士団、総員武器を取れ。分身とはいえ見逃すな」

「「「ハッ! 我ら悪魔の敵対者なり!」」」


 聖具で武装した騎士たちが、それぞれ剣や槍、弓などを構え始める。


「やめろッ! 足手纏いだッ!」


 グラディウス翁は当然叫んだ。

 実力未知数のスカイハイ、聖女アイヴィ、灑掃機構ならまだしも。

 一介の聖騎士たちに鯨飲濁流と戦う力など無い。

 だというのに、彼らはやるつもりだ。


「アァァ〜……知ってるぞ? オマエたちはいつも、()()だ。古代でもよく、そうやって無駄死にを晒すカルメンタリス教徒はごまんといたァ……! 俺にとっちゃァ、傷を治すのにちょうどいい、栄養源に過ぎないってのになァァァァ──!」

「っ、クソ!」


 鯨飲濁流が動く。

 吸血鬼の身体能力を活かし、外見からはとても考えられない力強さと素早さで。

 拝光聖騎士団の真ん中へ、ほんの瞬きの間に移動してのける──これでは、俺もグラディウス翁も下手に介入できない。

 灑掃機構だって、さっきと同じ大技を仲間を巻き込んでは放てないだろう。


「急にしゃしゃり出てきて、邪魔だぞテメェら……!」


 グラディウス翁の怒声は、俺の気持ちの代弁でもあった。

 山王の間はまだ、完全には避難が終わっていない。

 万単位の人間が移動しようとすれば、時間がかかるのは当然だ。

 しかしそれでも、少なくとも山王の間から英雄以外がいなくなれば。


(野郎が余裕をぶっこいてるあいだに──っ)


 奥義を決める。

 俺にはできる。

 斬撃王ヨキから受け継いだ森羅斬伐。

 黎明の刃で、吸血鬼の頸を必ず落として見せる。

 それに、たとえベアトリクスの力に頼れなくとも、俺自身の魔法であれば()()()のは先刻も確認済み。


(やれるっ、戦えるんだ……!)


 グラディウス翁にも、奥の手はあるだろう。

 なのに、ただ聖具で武装した程度の人間を戦場に残し、どうしてここで俺たちの足を引っ張るのか──!


「何を考えてるッ、聖女アイヴィッ!?」

「ギャハハハハハハハハッ、何も考えてなんかいねェのさッ! コイツらは昔も今も、ただの気狂いなんだからなァァァァッ!!」


 聖騎士たちが、血に染まる。

 大魔の瞬発力に反応すら出来ず、ただ暴力によって人体を壊され、魔法によって出血を強制され。

 ゴクリ、ゴクリ。

 血を、肉を、骨を、髄を、まさしく鯨のように嚥下され──!


「ゴバッ!?」

「「!?」」


 鯨飲濁流が、()()()

 

「どうだ? 我ら信徒の血は?」

「ァ──ァア──?」

「まだ分からないか。最初から吸われると分かっていれば、あらかじめ毒を仕込むコトくらい当然だろう」

「……グッ、ゴホォッ! っ、毒、だとォ……!?」

()()だ。ここにいる信徒は全員、アイヴィ様のおかげで聖水を飲んでいる」

「ッッッ……だからって──特攻するバカがいるかァ普通ッ!?」


 鯨飲濁流の叫びは、この時ばかりは俺とグラディウス翁にも理解できた。

 聖女アイヴィには、恐らくこの地上で唯一、女神カルメンタから直接の加護が与えられている。


 癒しの手。


 きっとあの女の手には、キリストが水を葡萄酒に変えたみたいに、聖水を作りだすチカラまで備わっているんだろう!

 聖水を飲めば、人間は内側から清められる。

 体内の血も、魔物には毒になる!


「ハ、ハッ! やってくれる……頭のおかしいカルメンタリス教徒……だからオマエたちはッ、気狂いなんだ……」

「犠牲に見合う戦果は、得ている」

「ヒハッ! ヒハハハハハハハハハハハハハハハハハッ! たしかに? 今のはだいぶ効いちまったかもなァ……?」


 言いながら、鯨飲濁流は口元から零す血を減らしている。

 ふらつき、よろめいたカラダ。

 しかしそれを、吸血鬼はちょっと激しめの運動でもしてきたんですよ、とでも言うように。

 深い溜め息を吐くのと一緒に、ダラン、と両腕を垂らし、


「仕方がない。ハラは減ったが、殺すだけにしよう」

「!」

「“海獣(ケートゥス)”」


 大量の血溜まりから、大量の異形。

 これもまた動物魔法の一種だと思われる、血液状生物を創り出した。

 クジラ、サメ、シャチ、セイウチ、アシカ、イッカク、ウミヘビ。

 尋常の生き物の特徴はもちろん、メガロドン、リオプレウロドン、モササウルス、クラーケン、そのほか魚竜や水棲の怪物種の特徴すら有した、得体の知れない存在が多数。

 陸上にもかかわらず、()()()()()()()()()()()()()


「クソがッ! 分身でも、〈領域(レルム)〉の上書きはできるってのか!?」

「〈領域(レルム)〉の上書き……? オイオイ、しっかりしろ刻印騎士団ッ! 俺はまだ、呪文を唱えちゃいねぇよ……!」


 灑掃機構によって消耗し、聖水の毒に冒され、けれど未だ張り付く嘲笑に変わりはなく。

 リンデンでもそうだった。

 コイツは呪文を詠唱しなくても、鉄鎖流狼の大魔法と同等以上の侵食──否、汚染力を持っていた。

 まだターリアには避難中の者がいるかもしれない。

 周囲一帯を鯨飲濁流の〈領域〉に変えられる前にと、憤怒の剣は真っ先に行動した。


「“赫怒噴出・熱光大剣エルプティオ・カリュプス”ッ!!」


 まるで噴火のような爆発音と鋼鉄による双斬撃。

 彼我の距離を一瞬で埋め、間に割り入る異形の海獣たちすら蒸発させて、刻印騎士団最強の男は吸血鬼の心臓(霊核)へ迫る。


 そして、部下を大量に失ったばかりの、拝光聖騎士団長もまた、劣らぬ速度で聖槌(メイス)を振りかぶっていた。


 乱打。乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打──乱打ッ!


 聖女に危害を及ぼす恐れのあるモノ、そのすべてよ砕け散れ。

 スカイハイの携行していた武器は、やはり至高の値がつけられる人類最上の聖具。

 巨いなる聖域グランド・サンクチュアリを解放せぬまま、ただ出縁(フランジ)が振り抜かれた軌跡の先に存在しただけで、海獣どもが泡のように弾けた。

 乱打の行進は須臾(しゅゆ)と、吸血鬼の頭蓋(霊核)にまで迫る。


 聖女はそのあいだに、灑掃機構によって救出され空へと避難している。


 ……コイツらの思惑がなんであれ、邪魔な人間がこれで、ようやく周囲から消えてくれた。


(目の前にいるのは、ヤツの本体じゃない)


 分身だ。

 ああ、それは分かっている。

 コレを殺したところで、仇を討ったワケにはならない。

 ああ、それも充分に分かっている。


 ──それでも。


事象(イベント)……地平線(ホライゾン)


 ただ目の前でのうのうと目障りを晒す。

 不倶戴天の敵の似姿に、この刃を叩き込まない理由なんか無い……!

 俺は鯨飲濁流(闇の公子の伝説)そのものが、この世から消えて無くなって欲しかった。

 塗り替えるのなら塗り替えろ。

 オマエという〈領域〉そのものを、殺してやる。

 狙うのは、(霊核)だ。


「“闢くは黎明穹(アウローラ)──」

「ッ──」


 ニタリ。

 その瞬間(とき)、鯨飲濁流は三方から急所を狙われ息を呑んだように驚きながらも、口角を瞬時に嘲きった角度に歪めていた。


 ()()()








────────────

tips:ターリアの外へ出た者たち


 大昇降機を作動させ、王宮の外、大昇降門に出た各国各種族。

 星辰天秤塔、トライミッド、メラネルガリア、ティタノモンゴット。

 彼らを率いる王に女王、代表者たちは、そこで目を疑いたくなるものを見た。

 「国境が、破られている……!?」

 「敵襲──! 敵襲──!」

 「どういうコトだ……そんな、どうして!」

 「あの旗はなんだ……あの軍勢はなんだ……!」

 「決まっているだろうッ!」

 「──ネルネザゴーンだ」

 「グリムランドだ……!」

 東境の大峡谷、北方大陸(グランシャリオ)を構成する複数世界の内、最も〈第八円環帯ハーディーンス・リングベルト〉の理が濃い地。

 いとあやしきグリムびと、怪人道種族、魔物、第八の原棲魔。

 およそ人界にありて、脅威とされるモノたちが集まる国。

 「ヤツら……同盟を潰しに来やがったんだ……ッ!」

 国境線には、大魔が解錠した異界の門扉が()()

 それぞれ、異なる特徴を有して出現していた。



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