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ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚  作者: 所羅門ヒトリモン
第3部 宣戦編

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327/344

#327「動き出す命運」



 敵がいる。

 殺す。


「うおおおッ!? なんだなんだよなんなんだァッ!? いきなりかァァァっ!」

「「チィッ……!」」


 同時に動いたのは、グラディウス翁。

 俺が観客席から跳び、鯨飲濁流のカラダを真っ二つに両断しようと森羅斬伐を振り下ろすと、それとほぼ同じタイミングで憤怒の剣もまた大剣二本を振り抜かんとしていた。


 けれど、どちらの斬撃も三十センチほど前で阻まれる。


「ア〜! 残念だったなァ〜?」

「ッ……」

「吸血鬼が……!」

「そうだ! 吸血鬼だァ! ヴァンパイアッ、ノスフェラトゥッ、ナイトウォーカーッ! 戻って来たぞ? ちゃんと見てるか人間ども!?」


 液体金属のような血を盾にし、血を啜る悪鬼は押し迫る刃を挟み込みながら止めていた。

 その姿形は、依然としてルナール。

 狐の特徴を有する亜人のものだが、出てくる声と瞳の色、口元から覗く牙、爪先などはどんどん魔物のそれに変化していった。

 刃と血の拮抗。

 グラディウス翁が叫ぶ。


「全員、急ぎ退避しろォォォォォォ──ッ!」


 大魔襲来。

 英雄の命令に、各国・各陣営の人間が遅れて理解していく。

 だが、山王の間には不可思議があった。

 そのせいで、多くの者が困惑に囚われ初動が遅れている。

 俺も叫んだ。


「小国家連合は最初から手遅れだった……! コイツはっ、()()()()だァァァァァァ──!」

「バカ、な! 大魔の圧力は、何も感じぬぞ……!?」

「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ! だよなァ!? そりゃそうだァ! だってまだ、リックノックさんは生きてるからなァ〜! ヒィッヒヒヒヒヒヒヒッ!」


 ガンドバッハ王が愕然とする。

 俺もグラディウス翁も目を見開いた。

 吸血鬼には人狼と同じく、変身能力がある。

 だから、コイツはルナールのリックノックに、あらかじめ化けてティタノモンゴットに潜入していたんだと思ったが──


(いや)


 それだと、ここまで何のボロも出さずに変身を保っていたのはおかしい。

 聖地の人間だけじゃなく、トライミッドだって聖具で武装した人間はいる。

 魔物退治の専門家である、刻印騎士団だって集まっている。

 何より、リックノックと実際に言葉を交わすほどの距離で対面した人間。

 その中には、グラディウス翁だって含まれている。

 ならば──


「まさか……!」

「テメェッ! そいつのカラダに、自分の血だけ入れやがったなッ!?」

「九十点! ほぼ正解だッ! 今ここにいる俺は俺であって、俺じゃあないのさァ……だから気をつけろよ英雄ッ! このまま俺が抵抗をやめたら、リックノックさんはオマエが殺したコトになっちまうぜェ!?」


 卑劣な悪魔の、最悪な潜入方法。

 古代にも記録は残されている。

 鯨飲濁流はあまりに悪行を残したため、〈目録〉のページにはいくつもの事件が語られている。

 そのひとつに、吸血鬼の繁殖方法。

 血を吸うのではなく、血を吸わせる行為についての一節もあり。

 だがそれは、鯨飲濁流ほどの大魔が行えば眷属を作るのではなく、自分自身のコピーを生み出すようなものだったとある。

 今の俺には何となく分かる。


 ──血が魂であるならば。


(その一滴、ほんの一滴さえもッ!)


 既存の魂を塗り潰す激物に他ならない。

 鯨飲濁流は、リックノックを含めた小国家連合の人間、全員を事前に殺していた。

 いや、それも違う。

 リックノックは最後に、身内を慮るセリフを残していた。

 だとすれば、考えられるのは──そう。


「あらかじめ、自分の血を小瓶かなんかに入れて持たせてやがった……同盟が結ばれそうになったら、飲めって脅して……!」

「!」

「ぴゅ〜♪ やるなぁ!? 今度こそ大正解! 百点をくれてやろう〜」

「──舐めるなよクソがァッ!」

「あアァ〜!? オイオイ、なんだよコイツら……!」


 グラディウス翁が、大剣を振るう手にさらなる力を入れる。

 俺も同時に、森羅斬伐を何としてでも叩き込もうと力を入れる。

 試合会場の床が、クレーター状にひび割れた。

 鯨飲濁流がわずかに狼狽える。


「リックノックさんを殺す気かァ〜ッ!? オマエらそれでも英雄なのかァッ!?」

「 黙れ 」


 もうリックノックは助からない。

 俺もグラディウス翁も、ここで躊躇などしない。

 助けられなかった命。

 あともう少し、自分がもっとちゃんとしていれば。

 そんな後悔はあっても、それを理由に必要以上に刃を鈍らせはしない。

 誰が一番悪いのか。

 何が一番悪いのか。

 そんなのは決まっている。


「オマエだ──オマエがァァァァァァッ!」

「チィ……! この器じゃさすがにキツいかァ!」


 二人がかりで攻められ、ようやく形勢不利を悟ったのか。

 鯨飲濁流は魔法を唱えた。


「“歓迎されない者ペルソナ・ノン・グラータ”ッ」


 攻撃が無効化される。

 この魔法は前にも見た。

 呪文の意味を、字義通りに解釈するならそれは鯨飲濁流自身を示している。

 吸血鬼は、獲物の眠る家屋に侵入を目論み戸や窓辺を叩いても、いつだって歓迎されない。

 歓迎されない以上、境界はまたげない。

 またげない境界とは、すなわち隔たり。

 それを敢えてこの場で自分自身に当てはめるのならば、このクソ吸血鬼はこちら側で起こるあらゆる事象から逃れ得る術を有している事実を意味する。


(リンデンでは、ああ、まったくワケが分からなかった……!)


 斧が空振りする。

 グラディウス翁の二振りの大剣も、同時にすり抜ける。

 透過と離脱を叶え、大きく口端を歪めてせせら笑うクソ野郎。

 然れど俺はそこに、一言告げる。


「〝どうぞ、お入りください〟」

「!?」


 驚愕が意味するのは、呪文のカラクリを見破られたと自白しているようなものだ。

 途端、こちら側にもう一度浮かび上がってくる吸血鬼。

 斧をここから、反転させるのは難しい。

 グラディウス翁の大剣も、咄嗟には逆に振り戻せない。

 だから、魔法には魔法を。

 敵の顔を左手で掴み、昇華させた呪文を解き放つ──!


「“報復律(レクス・タリオニス)──」

「なァにィぃィィィィィィぃッ──!?」

「──髄鳴火剣(イグニス)”ッ!」


 脊髄を掻き鳴らす報復の剣。

 者皆灼き焦がして、燃え尽きるまで止まらぬ恩讐の車輪。

 俺がこの世界で、最も初めに目にした最強の焔。

 アレクサンドロ・シルヴァンの絶技を、神秘の像を以ってここに結ぶ。


 鯨飲濁流──リックノックの胸に、大剣状の魔炎が貫通した。


 とはいえ、もちろん。


「ッッッ、“血の嵐に斃れるサングィース・プロケッラ”ッ!」

「“恒星軌道(ソリス・オルビタ)”!」


 不死を誇るアンデッド。

 吸血鬼の王が一度殺されたくらいで死ぬはずがない。

 すぐさま反撃が行われ、新たな魔法が唱えられた。

 俺はグラディウス翁の超高速移動に救われ、その攻撃範囲から逃れる。


 逃れる刹那、吸血鬼を中心に巻き起こった超常現象は凄惨だった。


 ()()()()()

 すでに試合会場の中心には、倒れ伏した小国家連合の亜人たちしか残っていなかった。

 だが彼らのカラダから、風に裂かれたように大量の血が弾け、周囲に強烈な血臭を漂わせる。

 鯨飲濁流はフラリとカラダを揺らしながら、その血と血霞を浴びて、


「……アァアァ〜、やるじゃァないか。いつぞやとは見違えたなァ……ヒッヒヒッ!」


 唇に付着した血を舐め取り、下卑に薄ら笑う。

 リックノックの尊厳を穢し、嘲笑を貼り付け。

 もはや、俺たちだけでなく、誰の目にも大魔の出現は自明だった。


「お、王を守れ──!」

「女王をお連れしろ……!」

「英雄と準英雄以外、この場に残るなァッ!」

吸血鬼(ヴァンパイア)、ああ、吸血鬼(ヴァンパイア)が出たぞ……!」

「トライミッドの言っていたコトは、本当だったんだッ!」

「ターリアはもう安全じゃない!」

「急いで逃げろォォォォォォォ──!」

「どこにだよ!?」

「外だ! とりあえず、外に向かえ……!」


 山王の間が、一気に騒がしくなる。

 

「バカ、な……余は最初から、(たばか)られていたというのか……!?」

「陛下っ! 気を確かにッ、いまは避難を……!」

「兵に命令を! 民を守らなければッ!」

「余は……余が、自らリックノックらを招いた……!」

「クッ……! モーディン殿下! ロフフェル殿下! 急ぎ号令を──!」


 ガンドバッハ王は不測の事態に、強いショックを受けている。

 呆然とする山王の周りで、ティタノモンゴットの臣下たちは国を守るため、王子たちに指揮を仰ぐようだ。

 気絶から立ち直ったばかりで、兄弟はまだ状況を把握し切れていない様子だったが、父王の動揺を知って命令を発す。


「オマエたちは王を連れて逃げろ!」

「ロフフェル、オマエも行け!」

「!? な、バカを言うな兄者……! オレも戦う!」

「ならん! さっきの魔法を見ただろう! あれを食らえば、オレたちは良いエサだ……!」

「ッ!」

「王を失うワケにはいかない……次代の王も失うワケにはいかない……!」

「兄、者……何を言うんだ! 次代の王は、兄者だろう……!」

「──オイ。悪ぃが、俺にやられたばっかりのテメェらじゃ、足手纏いだ」


 兄弟の会話に、グラディウス翁が割って入る。


「特にテメェは、脳が揺れてっからな。無理してカッコつけてねぇで、弟と一緒に父親連れて行っちまえ」

「なん、だと……? だが……!」

「兄者っ! よそう、グラディウス殿の言う通りだ……」

「……ッ、すまない」


 黒兄と白弟が、同胞に助け起こされながらも、わずかに頭を下げて試合会場の外へ向かう。

 その様子を、鯨飲濁流は「うーん」と眺めていた。

 いいや、眺めているのは巨人たちの様子だけじゃなく、この場にいる全ての人間だった。


「俺に対抗するための同盟だって聞いてたんだが、当代の王たちは揃って腰抜けか〜? 騎士も兵士も、ずいぶん情けなくなったんだなァ……?」


 声は拡げられていて、出口へ駆ける大勢の耳にいやらしく刺さった。

 癇に障る声。

 まるで煽るためだけに発しているかのような、その声は。

 次第に遠ざかっていく数多の人間を嘲笑い、侮辱する。


「まぁ待て、北方大陸人(セプテントリオン)。そんなに俺が怖いのなら、招待状を送らなかった非礼には目を瞑ってやろう! なんなら、ネルネザゴーンの王として、俺はここに同盟への参加を約束したっていいッ!」


 だって、そうだろう?


「悪かったさ。ああ、本当に悪かったッ! まさかオマエたちが、二千年の月日を経ても俺を忘れられず、ずっと恐怖で怯えていたなんて思いも……ブハッ! ヒヒヒヒヒャッ、ヒヒヒぎゃはッ、ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ──ッ!!!!」


 悪心萌芽の縛鎖狼。

 あの鉄鎖流狼が信奉する大悪魔として、まさにこれほどの証明は無かった。

 カラダを折り曲げ、膝を叩き、ゲラゲラゲラゲラ。


「──ああ。ただし、さっきの話じゃ同盟には利害が一致してなきゃいけないんだったか? だったら、一日一万の処女でも寄越してくれ。オマエたちは平和を、俺は食事を。どうだ? 利害は一致してるよなァ?」


 それは利害の一致ではない。

 搾取と隷従。

 生き地獄を意味する提案。

 道義心を持ち合わせている者なら、今このいっとき、溺れるほどの恐怖すらも忘れて、怒りに奮えながら剣すら抜きかねない暴言。

 否、むしろこの場には騎士道を誉とする人間のほうが多いのだから、立ち止まって引き返そうとする勇者は幾百もいた。

 しかしそれを、


「止まるなァッ! 今ここで剣を抜いたところで、アレに敵わないのは分かっているだろうッ!」

「英雄を識るボクらだからこそッ、ここは彼らに任せて生き延びるんだッ!」


 女王(テルーズ)若王(トーリー)が、しっかり正しき道に引き戻す。

 生存の可能性が少しでも高い方向に、皆を導く。


「……そうだ。メラネルガリアとトライミッドに続けッ!」

「星辰天秤等はもう大昇降機に乗り込んでるぞッ!」

「有翼種族め……!」


 ティタノモンゴットも後に続いた。

 ただ、残った国もある。


「……ン〜? なんだァ、オマエたちは? 北方大陸人(セプテントリオン)、じゃァないなァ……この匂い、南の……」

「では、スカイハイ」

「ハ──拝光聖騎士団、全聖騎士に告げる。()()()()()

「……そうか。カルメンタリス教かァァァァッ!!」


 鯨飲濁流も気づいた。

 あるいは、その瞬間は嘲笑より別の感情のほうが強かったかもしれない。

 吸血鬼は聖女と、聖騎士たちを睨むと、古代の因縁ゆえか何らかの呪文を唱えようとした。


 もっとも──




「[女神の憤怒ラース・オブ・ゴッデス]起動──こなたは舞い、こなたは踊り、けれどこなたに微笑みはなく──天は雷の裁きだけを与え給うた」

「! 上かァ……!?」

「理想の少女像に欠けるもの、華やげる日々は撃滅の果てに──[天罰紫天光輪(ヘイロー・エルブス)]」




 灑掃機構・三番機。

 女神が手がけた聖遺物が発動する天罰機能のほうが、吸血鬼の魔法より早かった。

 名の由来は、雷雲上空の高高度放電によって引き起こされるドーナツ状の光輪現象か。

 であれば、降り落ちる神雷は同じく、超高層雷放電に近しい現象に他ならなかった。


 山王の間に、神罰が光る。





────────────

tips:名も無き絶望


 彼らにとって、同盟会談は絶望でした。

 「妻や子ども、家族や恋人、友人を助けたければ分かっているな?」

 彼らにとって、そも巨人王の慈悲など遅きに失していたのです。

 「かわいそうに。他の大国はどこもオマエたちなど気にしていない」

 まさか東境の大峡谷から、大魔と怪人道の軍勢が自分たちを包囲するなんて。

 彼らにとってみれば、いったい何の冗談なのかと頬をつねりたくなる絶望でした。

 「なに、簡単な話だ。オマエたちはただ、会談に参加して同盟の締結を遅らせてくれればいい」

 時間を稼ぐ。

 彼らは脅迫されました。

 大切な者たちを人質に取られ、逆らえば新たに攫われ、夜毎に目の前で奪われる。

 ある者は妻を怪人たちに犯され、ある者は子どもを奇怪なバケモノに変えられ、ある者は友人を鉄の鎖で轢き潰され、ある者は祖母や祖父におぞましい武器を握らされ殺され、ある者は正気を失い狂死し、ある者は血の海に呑まれ。

 もう誰も、逆らう気など起きませんでした。

 もう誰も、大切な誰かがひとりも生き残ってなどいなくても、生きていると囁かれてしまってはそのように信じ、言う通りに動くしかなかったのです。

 「ほんとうに、かわいそうに。オマエたちを見捨てた大国は、まだのうのうと幸せに暮らしていると言うのにな?」

 無数の瞳に見つめられ、彼らはティタノモンゴットに向かいました。

 幸い、巨人王は彼らが何もしなくても、同盟を結ぶのを拒んでいましたから、時間を稼ぐのは簡単だと思いました。

 巨人王の味方をすればよいだけなのです。

 だってもともと、彼らに大国の意思をどうにかする力なんて無いですからね。

 なのにどうして、こんなコトをさせられていたのかというと、それは分かりません。

 歴史の影に消え、北方大陸(グランシャリオ)の冷たい吹雪に埋もれて忘れられる。

 所詮、彼らは名もなき小国の者に過ぎなくて、その絶望にも名前は与えられないのですから。

 ただの面白半分、ただの娯楽、ただの愉悦。

 生存弱者って、そういうふうに消費されて潰されるものでしょう?


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― 新着の感想 ―
ごちゃごちゃ難癖を付けて同盟を遅らせた挙句結局小国を救えなかったのに一丁前に動揺している巨人王…
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