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ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚  作者: 所羅門ヒトリモン
第3部 宣戦編

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326/344

#326「同盟締結」



 山王の間に門扉を開くと、すでにそこでは試合が終わっていた。


「嘘だろ……? さっき始まったばっかだと思ってたのに」

「うわぁ!? メラン様!?」

「先輩!」

「なんと。ひょっこり戻りましたな」


 ちょうど、仲間たちがいる場所だった。

 クリス、フェリシア、カプリ。

 すぐ隣には、トライミッドの面々もいる。


「群青卿! よかった、ご無事でしたか!」

「おはよう、メランさん! ま、心配はしてなかったわ!」

「メランくん! どこに行ってたんですか!?」


 ザディア宰相、アイナノーア、ルカからも声がかけられる。

 軽く頷き、「いろいろあった」と答えながら、俺はとりあえずトーリー王とウィンター伯のところへ向かう。

 その後ろを、クリスや仲間たちがすかさず追いかけてくるのを感じながら、状況の把握に努める。

 星辰天秤塔──ルチアの話では、今まさに北の人界、その命運を左右するターニングポイントが訪れているらしい。

 メラネルガリアのほうも俺に気がつき、ザワザワと騒ぎ始めていたが、いったん何が起こっているのか確認を優先した。


 試合会場では、巨人の兄弟が倒れている。

 激しい戦闘が行われたのか、あちこちがすごい様だ。


 一方で、大剣を二振りとも大地に突き立て、両腕を組んで堂々たる佇まいで王子たちを見下ろしているのは、全身鎧の老騎士。


「グラディウス翁が勝ったのか」

「当然だね」


 トーリー王は言葉短く肯定を返した。

 若き賢君は試合会場に視線を投じたまま、静かにグッと拳を握っている。

 ウィンター伯はそれを見て、やや呆れた顔をしていた。


「まったく。口では勝利を疑わぬとヘラヘラしておきながら、これだ」

「ウィヌ。ボクだって自分が間違っているかもしれないと思う時は、あるんだよ?」

「軟弱者め」

「キミやグラディウスが剛強すぎるんだ。ともあれ、そのおかげでたしかに勝ったね」


 トーリー王が片眼鏡(モノクル)を光らせ、振り返る。


「おかえり、群青卿。一晩何をしていたかは、聞いてもいいのかな?」

「後で説明させて欲しい。それより、本当にこれは決着がついたのか?」

「フム。ま、ご覧の通りさ」

「貴公、その言い種だとある程度はこちらの状況を理解していると思っていいのか?」

「ええ。まだ咀嚼はしきれてないですが」

「では、とりあえず喜びたまえ」


 美貌の伯爵は顔の動きで前髪を直しながら、朗々と言った。


「ここに来てから、何もかもティタノモンゴットに振り回されてばかりだったが、さしものガンドバッハ王もこの結果は否定できまい」

「ああ、そうだね。ボクも否定させる気はないし、こうなったら何としてでも同盟を締結してもらうよ。──ああ、その前に」


 トーリー王が試合会場へ歩き出そうとして、いったん身体の向きを戻した。

 かと思うと、こちらに顔を寄せ、耳元で声を小さくする。


「詳しくはザディアから聞いて欲しいんだけど、どうも小国家連合とパランディウムが変な動きをしているみたいなんだ」

「らしいな」

「おっと? これももう知ってたんだね」

「具体的に何がどう、ってのは分かってないぞ」

「ああ、それはボクらも同じだ。だから、ちょっと注意しておいてくれないかな」


 よろしく頼むよ、と。

 顔を離し、トーリー王は自身の近衛や配下の者たちにも目配せをする。


「それじゃあ、ボクは今から勝利の対価をもらいに行ってくる。夜まで待つなんて、もうやってられないからね」

「試合終了の合図は?」

「まだ出てないけど、あれはもう終わりを認めてるでしょ」


 ウィンター伯の指摘に、トーリー王は玉座のガンドバッハ王を示した。

 巨人王はどさりと背もたれに身を預けて、堪えるように顔を片手で覆っていた。

 周囲の巨人たちも、沈痛な様子で静けさに満ちている。


 トーリー王は試合会場に出て、グラディウス翁の隣で今一度、同盟を訴えるつもりなんだろう。


 辺りを見回すが、特にこれといって不穏な兆候は見られない。

 いや、強いて言えば小国家連合が怪しいか。

 ルナールの男を先頭に、亜人たちも試合会場へ歩き出している。


 だが、それだけだ。


 トライミッドにいい印象を持っていない小国家連合からしたら、このままではトライミッドの思惑通りに事が進むと考え、声を発するために腰を上げたんだろう。

 念のため、亜人たちが過激な手段に訴える可能性を分析してみる。


(丸腰)


 全員が、武器を非携帯。

 気づかれないよう死霊を飛ばして視界共有で確認したから、間違いなかった。

 もちろん、武器の有無だけで危険性は語れないが……亜人たちは全員とも〝戦う者〟に見えなかった。

 一般人。

 ただの村人と言われても、不思議には思わない。

 反面、トーリー王の側には選りすぐりの職業戦士が充分以上にいる。

 なにより、試合会場には憤怒の剣、グラディウス翁もいる。


「あの、メラン様っ」

「なんだ、クリス?」

「その、昨日の件は──」

「群青卿! 少し良いですか!?」


 クリスに話しかけらていたが、横からザディア宰相が割って入って来た。


「悪い、いいか? クリス」

「あ、はい──」

「いや、すみません! ですが、急ぎお伝えしておきたい話がございまして!」

「亜人たちと、聖騎士たちの件ですか?」

「ええ、さすがお耳がお早い」


 小柄な大貴族は、ヒゲを撫でつけるフリをしながら口元を隠し、小声で話し始める。

 俺もしゃがんで、声を低く落とした。


「先ほど、陛下からもお聞きしたかもしれませんが、小国家連合の亜人たちが何人か、ターリアの外に出ております」

「ターリアの外に?」

「はい。行方はまだ分かっておりませんが、どうも国境の方に向かったらしいと報告が上がっておりまして」

「聖地の騎士たちも、同じくそっちへ?」

「どうやら、そのようです」

「理由は?」

「分かりませぬ。ですが、とても怪しい……そろそろ次の報告が上がってくる頃合いなのですが、国境というのが何とも……」

「分かりました。俺も死霊を放ちます」

「助かります。引き続き、我々も注意を払いますので、ララヤレルンも同様にしていただけると。ああっ、メラネルガリアのご心配は要りません」

「と、言うと?」

「いえ、お恥ずかしながら、我々も彼女たちから教えていただき分かりましたので……」

「──なるほど」


 やはりこのあたりの動きとなると、トライミッドよりメラネルガリアのほうが上手になるのか。

 長年の鎖国体質で、内輪同士で磨かれた諜報・謀略スキルだと思うと、何とも褒めづらいのが難点だな。

 しかし、状況はだいたい理解できたかもしれない。


(このまま何事もなく、同盟が結ばれる)


 だから、ターニングポイントなのか。

 それとも、何か好ましからざる事態が巻き起こるからターニングポイントなのか。


(絶対に──後者だろ、これは……!)


 俺も馬鹿じゃない。

 こう言うとき、ただ何もせず自分とって都合のいい展開が起こるなんてコトは、まったく信じられない。

 安易な期待と楽観視は、〈大雪原〉、永久凍土地帯(ヴォレアス)城塞都市(リンデン)に置いてきた。

 ザディア宰相との密談を終えて、すっくと立ち上がる。


「…………」


 山王の間は、やはりまだ不穏の兆候を見せない。

 きっと、巧妙に息を潜めているだけだと分かっているのに。


「メラン様……?」


 キョロキョロと落ち着きのない俺を怪訝に思ったのだろう。

 クリスが、「どうされましたか?」と心配そうに尋ねる。

 フェリシアとカプリも、俺の異変を感じ取ったのだろう。


「先輩……もしかして徹夜しましたか?」

「え? あ、ああ……」

「おや。さすがフェリシア殿は目敏い。ダークエルフのクマに気がつくとは」

「ほんとうだ……! メラン様、今朝までいったいどうされていたんですか!?」

「いろいろあった。詳しくは後で説明させてくれ。今はそれよりも、何か不味そうな感じがないか、注意を払ってくれないか」

「先ほどの、トーリー王とザディア宰相との内緒話の件ですかな?」

「もう話は聞いてるのか?」

「おやおや。お忘れですかな、メラン殿」


 ワタクシの耳は、望むと望まざるに関わらず風の噂を集めてしまうのですよ。

 カプリが指をくるりと回し、ニヤッとする。

 フェリシア、クリスも短く頷いた。

 情報は共有済みらしい。助かる。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!


 そのとき、山王の間に大昇降機の音が届き始めた。

 足音はしない。

 代わりに、空を羽ばたく翼の風切り音がする。

 これは有翼種の音だ。


「ルチアたちも来たか」

「ルチア……?」

「星辰天秤塔の代表だよ。訳あって、アイツらは味方だって分かった。秘紋の『髪』もくれてな」

「え、ええっ!?」

「ほ、ほんとうに一晩で何があったんですか……!?」

「後でいろいろ、落ち着いた時に説明するよ」


 俺たちが若干騒ぎ始めていると、トーリー王がついに試合会場の真ん中へ辿り着いた。

 同時に、小国家連合も会場に足を踏み入れるが、トーリー王が拡声石で声を発するほうが早い。


 山王の間にいるすべての者が、その光景に注目する。


 俺はさりげなく、聖地の観客席にも注意を向けた。

 小国家連合が怪しいのは分かったが、それを勝手に追跡しているパランディウムの連中も怪しい。

 仮にも援軍を名乗っておきながら、ヤツらはどうしてメラネルガリアのようにトライミッドに情報を共有しないのか。

 聖女、聖騎士団長、灑掃機構。

 いずれも澄ました顔で、まっすぐ試合会場を見ている。


「ガンドバッハ王! 試合の結果は、今この場にいるすべての者が見届けた! よもやこの期に及んで、この結果を受け入れられないほどの恥知らずではないでしょう!」

「……エルノス人」

「そうです! ボクらエルノス人が、貴国に勝利した! 三日前、貴方は言いましたね!」


 ──メレク王は〝共存〟を目指したから失敗したのだ! ならば余は、〝支配〟こそが正しい道だと考える! 最も強き国に弱き国々が従い、身を粉にして尽くし、最後に一国が残っておればいい!


「あの主張に則るならば、最も強き国というのは少なくともティタノモンゴットではない!」

「……左様。そう声高に叫ばずとも、余とて認めようではないか」

「では! 今一度、敢えて申し上げましょう! ボクらに必要なのは、支配ではない!」

「ならば! 貴様らはいったい何が必要だと言うのだッ!」


 ガンドバッハ王が、徐々に語気を強める。


「大悪魔の脅威に抗うために、手を取り合って対抗するとは言うがッ、そこに共存などありはしないッ! 同じ戦場で異なる種族が窮地に陥りッ、どちらか一方だけを救えるとなればッ、どいつもこいつも最終的には異種族ではなく同種族を救うッ! 余は実際に見てきたのだッ!」

「なるほど! それが貴方の、我々への隔意ですか!」

「たわけぇッ! たった数言で、余の怒りを知ったように吐かすでないわッ! 似たような話は当時、腐るほどありふれておったッ!」

「だったら、共存ではなく利害の一致と考えてはいかがか!」

「利害の一致だと……!?」


 怒鳴り合いに近い話し合い。

 巨人王は威勢を放つが、もはやその姿勢に三日前ほどの芯は無い。

 自ら設定し、自ら開催を決めた大闘技決闘会で、文句のつけようがない敗北を喫した以上、ガンドバッハ・ティタノモンゴットはもはや負けを認めている。

 そういう王で、そういう男で、頑固であってもそれだけではない人物なのは、奇しくも皆が把握していた。

 トーリー王は訴える。


「ボクもまた、古代王のニノ轍を踏むつもりはありません。無理に協力、共存を掲げたところで、綻びが生まれるのは歴史が証明している」

「ならば、貴様が掲げる利害の一致に基づく同盟とは何なのだ」

「ガンドバッハ王、当たり前の話ですよ。貴方がたは高潔で、純粋で、それゆえに同盟を善良的……いや、友情的なものだと捉えすぎている」

「なに……?」

「自分たちが危なくなったと思ったら、自分たちを優先してくれていいんです。過去に何が起きたのか、ボクもまだ少ししか調べられていませんが……貴方がたの高潔さと純粋さに報いられるほど、エルノス人は身綺麗ではない。メラネルガリアだって、そうだと思いますよ?」

「…………貴様」


 水を向けられたテルーズが、フンと鼻を鳴らすのをガンドバッハ王も見たのだろう。

 その様子に頷き、トーリー王は両手を広げて笑う。


「こう言っちゃなんだけど、同盟なんて自分たちに利益があるから結ぶ。利益が無くなったから抜ける。そのくらいの気構えで、考えるべきじゃないかな〜」

「陛下!」

「おおっと! 今のは王としての発言じゃなく、ボク個人の発言ですからね!」

「だとしても問題発言ですぞー!」

「…………ふざけたエルノス人どもだ」


 おどけるトーリー王とザディア宰相の悲鳴に、ガンドバッハ王は気勢を削がれたのだろう。

 わずかに口を閉ざす。

 が、次に口を開くと、


「……結局、それで?」

「ん?」

「利害の一致とは、具体的になんだ?」

「! うっは! 今のは、同盟にご納得いただけたという意味で捉えて良いですね!?」

「くどいぞッ! 余たちは負けたのだッ、これで貴様らの賢しげな言葉に耳を貸さぬのでは、醜態どころではないッ!」


 ガタンっ!

 玉座から腰を上げ、〝(マウンテン)〟が宣言する。


「余、ガンドバッハ・ティタノモンゴットが巨人王として認めようッ! 北の人界同盟、その盟主たる資格はトライミッドにあるとッ! 業腹だがな──!」

「え、ええっ? いやべつに、盟主とかはどうでもいいんですけど……」

「たわけぇッ! 貴様も北方大陸人(セプテントリオン)の王ならば、自らが締結に導いた同盟の旗頭として、背筋を伸ばすがいいッ!」

「わ、わぁ……」

「ティタノモンゴットの兵士たちよッ! 我が民にして友たちよッ! 余の決定に不服がある者は、明日までに異議を申し立てよッ! 余は挑戦を受け入れるッ、この王冠と玉座を懸け、いつでも名乗り出るがいい──そう報せを出すが良いッ!」


 ドシン! ドシン! ドシン!

 了承の足踏みを、巨人たちがいっせいに鳴らす。

 トーリー王は頬を掻きながら、「なんか、えらいこと言ってる……」と戸惑っていた。

 グラディウス翁はそんな王に、ガハハハ! とバンバン背中を叩いている。


 ……まだ細かい話は協議を重ねる必要があるだろうが、この流れ、完全にティタノモンゴットを同盟に引き入れられたと見ていいだろう。


 よくも悪くも、巨人たちは〝強さ〟に重きを置いている。

 決して揺るがぬ、巌のような力にこそ生きる希望を託す考え方。

 典型的な北方大陸人であり、だからこそ頑固でもあったワケだが、一度認めさせてしまえば心強い味方になる。たぶんそのはずだ。


(ギンヌンガのせいで、モーディン王子とロフフェル王子とは、結局なにも話せてなかったけど)


 俺がどうこう手を回すまでもなく、今回は頼りになる人間が多かった。

 そういう話に、なるんだろうな。

 倒れて意識を失っていた兄弟たちが、巨人の衛兵に助け起こされ、目を覚ます。


 ()()()()()


「クソ……どこだっ? なにが起こる……!?」

「メラン様っ?」


 俺は必死に辺りを探った。

 密かに解き放っている死霊の数は百から千へ。

 どんな兆候でもいい。

 何か不審なものがあれば、なんでも報告しろと命じて──なのに。


 山王の間の入り口で、ルチアたち星辰天秤塔も不吉な予感に囚われ、四方八方に目を凝らしている。


 俺の様子がおかしいからだろう。

 メラネルガリアからも、釣られて周囲を警戒し始める者が現れて。

 けれど、嫌な予感が膨らみ続ける一方で、何も不審な物は見つからなくて。


「ダメだ……こうなったら、ヤツらに直接──!」

「メラン様!?」

「先輩?」


 何かしらの情報を掴んでいるだろう聖地の人間。

 その観客席に、俺は一気に跳ぼうとした。

 この場で一番、危険性が高いとすれば灑掃機構を有するパランディウムだと思ったからだ。

 カルメンタリス教の総本山が、人類に仇を為すとは考えづらかったが、怪しい動きをしているのは事実!

 亜人たちの脅威度がまったく低いからこそ、俺はそちらを優先した。


「悪いな、ちょっと行ってくるっ」

「あっ、また……!」


 跳躍し、着地する。


「ぬっ!?」

「なっ、オマエは群青卿……!」

凍屍者(ドラウグ)……!?」

「待てっ! 聖女様に許可なく近づくなど……!」

「構いませんよ」


 聖女が聖騎士たちを下がらせる。

 ここには死霊も入れない。

 聖具で武装した人間の集団ばかりで、怪しいものがあっても見つけられない。


「どうしたのです? 群青卿」

「アイヴィ様。ここは私が」

「いいのです、スカイハイ。礼儀正しいはずの群青卿が、こうして礼儀を失した行動を取っているからには、何かそれなりの理由がおありなのでしょう」

「──」


 腰から聖槌をぶら下げた騎士は、無言で下がる。

 だが、その手はいつでも腰元の武器を抜ける位置にあった。


「礼儀を失したのは申し訳ない。だが、急ぎ聞きたい話がある」

「良いのですか? あちらでは、今まさに同盟が結ばれようとしておりますが」

「聞きたいのは、小国家連合についてだ」

「まあ。単刀直入なお方」

「素直に話してもらいたい。何を掴んでる?」

「それは、やはりこちらではなくあちらを見たほうが、お分かりになるかと」


 聖女が困ったように眉を下げ、たおやかに試合会場を示した。

 すると、そこでは小国家連合がたしかに会場の真ん中へ近づいていた頃だった。

 ルナールの男が、声を拡げる。


「同盟はっ! 結んじゃダメだ……!」


 山王の間が、にわかに沸き立ち初めていたからこその、それは冷水。


「ガンドバッハ王……ガンドバッハ・ティタノモンゴット……! これじゃあ話が違う……我々はオマエが、同盟を結ばないと言ったからッ! ()()()()()()()()()()()()()()()()……これじゃあダメなんだ……これじゃあダメなんだよォォォォォォッ!」

「なっ、なん……?」

「リックノック? そなた、急になにを……」


 ルナールの男の、名前はもちろん知っていたのだろう。

 トーリー王も驚いていたが、それ以上にガンドバッハ王が亜人の豹変に、目を瞬かせて動揺した。


「同盟はダメだと……? だが、そなたも見ていただろう。これは今さら、拒みようが無い」

「ああっ! ああっ! ああァァァっ! だからダメなんだッ! これじゃあもうッ、私たちは妻を、子どもを、家族をををおヲヲヲをおおをおををお」

「っ!?」


 明らかな、異様。

 明らかな、異常。

 ルナールのリックノックは、もはや人声を発さず天を仰いで自らの目を掻き毟り。

 他の亜人たちもまた、似たような狂変を果たして叫びを上げ始める。

 涙、苦鳴、悲嘆、絶叫。

 ただ狂を発したにしても、それは尋常ではない異変。

 拡声された狂声は、山王の間を一気に戦慄せしめた。


 ──直後、亜人たちが急にバタリと、試合会場の床に倒れる。


 ルナールのリックノックただひとりを残して、糸が切れたマリオネットさながらに。

 ガンドバッハ王が、声を失いながらも……数瞬を挟んで、言った。


「リックノック……?」

「──ああ、そうダァ……俺がリックノックさんだぁ……()()()


 ()()()()()()()()()()()()()!?


「!?」

「ヒヒヒヒヒヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ! はじめまして! あるいはお久しぶり! 俺を覚えているか!? 北方大陸人(セプテントリオン)ッ!」


 その、耳障りな嘲笑(こえ)

 その、忘れもしない赤色だけの眼。

 ルナールの姿形をしていても、魂から香り立つ決して嗅ぎ間違えようのない悪臭。


 ()()()()が、そこにいた。


「ア〜、まったくヒドいんじゃないかァ? せっかくゲーン・ダッドリューって名乗ったのに、どうしてネルネザゴーンには招待状をくれなかったんだよ? ハブか〜? イジメなのか〜? 俺たちもまた、北の五大に数えられてるはずなんだがなァ……?」


 ふざけた物言いも、いっそ感動するほど変わらない。

 冷静さなど、一瞬で沸騰して消えた。





────────────

tips:国境線の異変


 亜人たちが狂を発し、狂態を晒したのは山王の間ばかりではなかった。

 ティタノモンゴットの国境線、そこでも異変は発生した。

 「な、なんだ!?」

 「コイツら急に、どうしたんだ……!?」

 ある者は喉を掻き切り、ある者は腹を裂いて臓物を晒し、ある者は耳を引きちぎり、ある者は指を食う。

 そうして血をぶち撒け、一様に人ならざる声をあげる彼らに、国境を守る巨人たちは動揺した。

 動揺し、魔的な気配を覚え、亜人たちに攻撃を仕掛けた。

 しかし、

 「許せ、北の野蛮人。これも人界のためだ」

 「な──」

 「……クソ、が……」

 亜人たちへの攻撃を、直前で阻んだのは聖地パランディウムの聖なる騎士たちだった。

 彼らは巨人たちを気絶させると、続いて空を見上げ──

 「ッ、ターリアに戻りますよ……!」

 自分たちを監視していた星辰天秤塔の天使たちへ、恐怖を与えた。

 聖騎士たちの目には、信仰という名の狂気が宿っているようだったからだ。

 「──誓い申し上げる」

 「おお、文明の光」

 「いと聖なる光の炉」

 「偉大なるカルメンタ様」

 「我らは貴方の永遠の信奉者であり」

 「悪魔の敵である──!」



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