#320「カイブツとトモダチ」
夜闇の王。
ダークエルフの主神、創造神であり、〈第五円環帯〉では月の神殿に棲まうと語られる神。
ギンヌンガは俺を、それを勘違いしているらしかった。
正確には、その転生体だと。
「じゃあ、アレか? 黒白の双子巨神の転生体が、モーディン王子とロフフェル王子で」
「うん」
「あのふたりも、神だった時の記憶がない?」
「うん」
「どっちがどっちなんだっけ?」
「アトラミシアがモーディンで、アリアンノルンがロフフェルだ」
「たしかに外見は黒と白だったが……」
それぞれ、黒と白の大理石を思わせる肌色をしている。
しかし、彼らに神性は無い。
神具を使えるみたいだが、神としての自覚も無いだろう。
「双子でもなかったぞ?」
「転生したんだから仕方ないだろ!? そういうズレは生じるもんなんだ! アリアンノルンなんか、男になっちまったし!」
「そうなのか」
黒白の双子巨神。
黒:アトラミシア(男・双子兄)。
白:アリアンノルン(女・双子妹)。
転生後は、
黒白の兄弟巨人。
黒:モーディン(兄)。
白:ロフフェル(弟)。
ギンヌンガの言うコトに則れば、こういう図式になるみたいだが。
さて、どこまで信憑性が高いものか……
「俺には、オマエが寂しさのあまりに、そう思い込んでるだけだって感じもするんだが」
「なっ!? ヒ、ヒドすぎるッ! アタシはゼッタイゼッタイ、間違ってなんかないっ!」
「でも現に、俺には夜闇の王……モルディガーンだっけ? ともかく、神様だった時の記憶なんて無いからな」
「ッ、ウワァァァァァアンッ!」
ギンヌンガはとうとう大声で泣き出してしまった。
深夜。
状況を考えれば、泣きたいのはこっちだと言いたいところではあるけれど、この半日ばかりで、どうもギンヌンガを憎めそうにない。
最初は塩対応で接していたが、時間が経つごとに心が抉られてくる。
今ごろ、同盟会談はどうなっているんだろうか?
感想戦はどうなったんだ?
明日の試合は、どことどこが戦うんだろう?
ヴァシリーサを呼び出すコトもできない。
ただ、俺が生きている以上、ヴァシリーサも無事なはずだから、それは向こうも分かっているはずだ。
なので、そんなに焦ってはいないと思うんだが、とはいえ早急に帰還したほうがいいのは変わらない。
俺はギンヌンガを慰めた。
「ごめん、ギンヌンガ。悪かったよ」
「ぅぅ?」
「いくら寂しそうだったからって、あんな言い方はよくなかったよな。謝るよ。この通りだ」
「……うん。いいよ。昔のアタシだったら、三十年は暴れて許さなかっただろうけど、アタシは変わったんだ」
「そうか……偉いじゃないか」
三十年も暴れられたら敵わないので、ツッコミは耐えた。
目下のところ、この裏世界で一番の手がかりはギンヌンガだけだ。
この調子で、ギンヌンガをどうにかこうにかあやしながら、帰還のための手がかりを探して行くしかない。
「へへ……オマエに褒められるの、初めてだぁ」
「まぁ待て。そのオマエって呼び方なんだが、ギンヌンガはモルディガーンを指して言ってるよな?」
「そうだぞ! だってそうだからな!」
「うん、うん……けどさ、困ったコトに俺にはモルディガーンの記憶なんて無い。記憶が無いのにモルディガーンって呼ばれても、自分のコトだとは思えないぜ。そこはいったん分かってくれないか?」
「うーん……じゃあ、なんて呼べばいいんだ?」
「いまの俺はメランズールって名前だからな。メランとでも呼んでくれ」
「メランかぁ……美味しそうな名前だなぁ〜」
「そうか? まぁ、とにかくさ? 俺をモルディガーンの転生体だって思ってるなら、転生後の名前で呼ぶほうが礼儀だとも思わないか?」
「礼儀か〜?」
「アトラミシアとアリアンノルンについても、今はモーディンとロフフェルって名前で呼んだほうが、周りも混乱しなくて済むだろ」
「むむむ〜、たしかに……そうかも〜?」
ギンヌンガはあまり、頭が良くない。
なんだかアホの子を言いくるめているようで、さらに罪悪感が湧いて来たが、ずっと別人扱いされるのも居心地が悪いしな……。
っていうか、モルディガーンって。
てっきり俺は、メラネルガリアのあの王宮の名前だと思っていたんだが?
まさか種族古来の神から、名前を取っていたなんてな……ウェスタルシアの王宮も神話から名前を借りていたし、建てた当時にそういう慣わしでもあったんだろうか。
閑話休題。
「じゃあ、メランって呼ぶな?」
「ああ。オマエより、ずっとそっちのほうがいい」
「名前で呼び合うなんて、なんだかトモダチみたいだな! ハッ! ってことはアタシたち、トモダチか!?」
「ギンヌンガが望むなら、友だちだ」
「ええ〜ッ!? ホントかよ〜!?」
両手をあげて万歳仰天。
ギンヌンガはビックリすると、わぁ! とカラダを仰け反らせるクセがあるみたいだ。
天井に爪があたり、「アイタッ!」と引っ込める。
「ス、スゲ〜、アタシ、トモダチできちゃった……!」
「うん、うん。よかったなギンヌンガ」
「あ、ああ! しかも、アイツの転生体とだ……世の中、ナニが起こるか分からないモンなんだな〜!」
「うん、うん。そうだなギンヌンガ。ところでギンヌンガ」
「なんだ!? トモダチのアタシに、何か用事か!?」
コイツ、自己紹介ではこれから寂しがり屋を名乗ったほうがいいだろ。
巨大な爪が、バンッ! と床に叩きつけられ、前のめりに接近される。
「裏世界について、知ってるコトを教えてくれないか?」
「ン?」
「俺を引き摺り込んだのは、ギンヌンガも外に出たかったからだろう? どうもそういう口ぶりだったよな?」
「ああ! オマエ──じゃなかった! メランがアイツの記憶を忘れてなかったら、すぐに出してくれると思ったんだ!」
「じゃあ、この裏世界を作ったのは夜闇の王・モルディガーンって理解でいいよな?」
「さっきから、何回もそう言ってるぞ?」
「よし。ってコトはだ」
この世に万古不易、永久不変の物など無い。
たとえ神が手掛けた謎のカイブツ専用の牢獄だとしても、〝作られた物〟ならどこかに綻びがあるはずだ。
カルメンタリス教の灑掃機構だって、鯨飲濁流を撃滅し切れなかったくらいだしな。
頭の弱そうなギンヌンガだけじゃ無理でも、俺が加わるコトで何か脱出のための希望が見出せるかもしれない。
ナチュラルに酷いコトを言ってる自覚はあるが、先に酷いコトをされたのは俺だ。
それに、
「ギンヌンガの爪は、世界を裂くって言ったよな?」
「? そうだぞ?」
「俺の森羅斬伐についても、一目見ただけでどんな代物か分かったんだろ?」
「ああ。アタシと同じだったし……あっ!」
「どうした?」
「お揃い!? これって、お揃いってヤツじゃないか!?」
わぁ! ギンヌンガは再度、万歳仰天。
微笑ましいが、今は真剣な思考を続けさせて欲しい。
和みたいワケじゃないんだよ。
だいたい、世界を裂く爪って言われて俺は、まだ驚きから抜け切れてないんだぞ……?
そりゃそんな爪を持って暴れ回っていたら、閉じ込められても仕方がないとは思ったが。
「うん、うん。……つまり、最強の武器がふたつ、ここには揃った」
「おお〜」
「ひとりだけじゃ無理でも、ふたり一緒になら無理じゃないかもしれない。いや、絶対に無理なものかよ」
「おお〜!?」
「分かるか? 俺がギンヌンガを、ここから出してやる」
「!」
さあ、そのためにはまず情報収集だ。
この裏世界が、どんな仕組みで成り立っているのか?
まずはそこから、解明しよう。
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tips:ギンヌンガのドキドキ
初めての経験だった。
初めての感情だった。
ずっと封印のなかで、眺めるばかりだった。
世界には、たしかにそういうものがあるんだとは知っていたけれど。
自分には一生、手に入らないものだと諦めていた。
「アタシの手は、壊すか引き裂くかしかできないからな〜」
こんなカイブツが、誰かとトモダチになったりできるはずがない。
誰かが優しく、手を差し伸べてくれるはずもない。
だって、触れたら壊される。触れたらズタズタだ。
アトラミシアもアリアンノルンも、アイツだってギンヌンガを厄介者だと指差した。
暴れてばかりのギンヌンガ。何をするにも壊してばかり。
アトラミシアは世界を支え、アリアンノルンは世界を廻し、アイツは月へ到達した。
ギンヌンガ以外は全員、偉大な神様だった。
出来損ないのギンヌンガ、恐ろしい爪のギンヌンガ、醜いカイブツ、嫌われ者のギンヌンガ。
「アイツの転生体だけど、転生体のほうがイイヤツかもしれない!」
まぁ、相変わらず、いけすかない顔をしているのは変わっていないけど。




