#318「人違い巨女」
「──で、オマエは?」
「アタシ、アタシだ! なんだよ〜、忘れたとは言わせないぞ〜?」
「はぁ? 初対面だと思うが?」
「ええー!?」
巨大な爪が、万歳仰天。
後ろに引っくり返りそうな勢いで仰け反る。
〈ギニェルガーブの封祠堂〉に引き摺り込まれ、気づいたら遺跡の奥でひとり。
異界の門扉も開けられないので、なんらかの上位存在が柱になっている異界に囚われたのは確定している。
なんだなんだと出口を探すこと小一時間。
ようやっと広々とした空間に出たかと思えば、そこにはヘンなのがいた。
〝デカい〟
第一印象はそれに尽きる。
目測で八メートルほどはあるだろうか?
二番目の印象は、〝長い〟だ。
クリームソーダ色の髪の毛。
雪をかぶったモミの木みたいなモサモサ髪が、顔どころか全身を隠しきれてしまえるほどに長い。
長すぎて、自分の髪の毛を全身タイツみたいに巻き付けている。
そして三番目の印象は、やっぱり〝デカい〟だ。
巨大な頭身をすっぽり覆えてしまう長大な髪の毛。
その隙間から、これまた異様なデカさの手が出ている。
いや、手というより、さながら重機と言ったほうが正確か。
その腕は手首のあたりから鉱物の凝固体・結晶体のようになっていて、指や爪は鋭く研磨されて人工的にそういうカタチを整えられたようになっている。
小一時間ほど前、クリスを弾いて俺を引っ張り込んだ爪と同じものだ。
声もさっきと同じ。性別はあるとすれば女。
素顔は見えない。
しかし、ときどき前髪の隙間から天青石色がチラリと覗く。
透明に近い淡い水色は、恐らく瞳だろう。
と同時に、そこから少し目線を下に下げると、ギザギザした歯並びもチラッと見えた。
頭には、間違いなく特注だろう。
ヴァイキングが被っていそうな二本角のヘルムを被っていて、ただしツノだけが自前くさい。
有角の巨女。ギザ歯。怪物の爪。クリスマスツリーみたいなモッサリ具合。
魔物の気配はしない。
ただ、この世界には人外なんて、天の星と地上の木々を掛け合わせた数くらいいるからな。
よく分からないが、察するにコイツが封印のヌシだろうか?
人語を解するってコトは、対話はできそうだが。
「オマエの名前は、ギニェルガーブか?」
「ん?」
「この遺跡は、〈ギニェルガーブの封祠堂〉って呼ばれてるんだろ? なら、封印されてるオマエから名前を取ったんじゃないのか?」
「えー! なんだよそれ! 今はそんなふうに呼ばれてるのかぁ?」
「違うのか?」
「違う違う! もうっ、なんだよ〜、ホントに忘れちまってるじゃないか! オマエまでかよ〜!」
巨女はショックだと言わんばかりに、「ウワァァン!」と騒ぐ。
あいにく、モサモサクリームソーダヘアーのせいで泣いているのかどうかは分からない。
ただ、感情表現はひどくストレートなタイプのようだ。
話している言語はエルノス語だが、エルノス人には見えないし、人間にも見えない。
どうも誰かと、俺を勘違いしているみたいだな。
「オイ、泣いてるのか?」
「な、泣いてないぞ! ちょっと目に髪の毛が入っただけだ! 分かるだろ!?」
「そりゃ納得しかないが、とりあえず名前を教えてくれ」
俺の名前はメランズール・ラズワルド・アダマス。
「そっちは?」
「ぅぅ……意味わからん名前言った……誰だよそれぇ……ホントに思い出せないのか?」
「初対面だからな」
「違うのに……頼むから思い出してくれよ〜!」
「しつこいな……いいから、さっさと名前を言えよ」
「……言わない! 思い出して欲しいから言わない!」
「じゃあ、モサモサ」
「へ?」
「モサモサって呼ぶしかないぞ」
「……くっそー! せめてゲルダとか、テキトーなカワイイ名前で呼べよな〜!?」
アタシは、ギンヌンガ。
「巨大な爪のギンヌンガ! 皆の嫌われモノのギンヌンガだ……!」
「嫌われてるのか……斬新な自己紹介だな。誰と俺を勘違いしてるんだ?」
「勘違いなんかしてないぞ! そんだけ夜をプンプンさせて、オマエがアイツじゃなかったら、いったい他の誰なんだって話だろうが!」
「だから、誰なんだそれは?」
なかなか素直に答えを教えてくれない。
ギンヌンガは未練たらしそうに俺を睨み(たぶん)、万歳仰天させていた爪を地面に下ろすと、それを脚立や椅子のようにして座った。
俺たちが同じようにすれば、ただ単に手を尻の下に敷くだけの動作なのだが、ギンヌンガがやると多脚型のクリスマスツリーみたいなシルエットを作った。
スターの代わりに、ヴァイキングヘルムが飾られている。
「まぁ、言いたくないならいいや。なんで俺を引き摺り込んだんだ? あ、いや、理由はなんとなく分かった」
「……」
「人違いだろ? 俺を誰かと勘違いして、だけど封印の外側には出られないから、どうにかちょっかいをかけて中に引っ張り込んだ。そうだな?」
「ちーがーうー! 人違いでも勘違いでもない〜!」
ギンヌンガは恐らく、歯を剥き出しにして子どもみたいに唸っている。
しかし、俺を引き摺り込んだ犯行自体は、どう考えてもコイツが犯人だ。
単なる怪異と言うには人格が強い。
加えて、存在感も結構な強さだ。
正体はなんだ……?
「いや、いい。もういい。とりあえず、出口を教えてくれ」
「えっ」
「外に俺の護衛がいるんだ。今頃、慌てふためいて可哀想な感じになってるだろうから、慰めてやんなきゃならん。王子たちと約束もしてたし、俺は忙しい。イタズラには目を瞑るから、素直に出口を教えてくれ」
「……ダメだ!」
「なんでだよ……」
俺は森羅斬伐を取り出した。
「うわっ!? なんだよその斧! おっかなすぎるぞッ!?」
「大人しく出口を教えてくれんなら、強引に出ていくコトになる……」
「ギャー!? アタシをぶっ殺す気か!? でも残念だったな!」
「あん?」
「この封祠堂は、さっきまでオマエがいたターリアには繋がってないんだっ」
「……なに?」
「ここはアタシを閉じ込めるためにオマエが作った、アタシ専用の裏世界! アタシだって、もうずっと昔に暴れ回った後なんだぞ? それでも壊れなかった。アタシを殺したって、表側には戻れないもーん!」
もーん、て。
「じゃあ、もういいよ」
「へっ?」
「事象地平線」
「!? ギャ、ギャギャギャ〜〜〜〜〜!?」
「“闢くは黎明穹・夜明け前の群青”」
「正気かよオマエェェェェェェェェェェェェ!?」
叫ぶギンヌンガを背中に、俺は遺跡をぶっ壊すつもりで英雄奥義を放った。
群青色の黎明光が、世界を斬り裂く斬撃となって瞬く。
なのに。
「……オイ、どうなってる?」
「……うぅぅ、だから言ったじゃないか〜。ここはもう、アタシがずっと昔に暴れ回った後なんだって」
世界を斬り裂く斬撃も、世界を裂く爪も。
「そういうの、最初から織り込み済みでオマエが作ったんだろ〜?」
「たしかに斬撃は通った。なのに、無かったコトになった……!?」
「だって裏世界だし。裏面でどんだけ暴れ回っても、表面には関係ないんだ」
ここは一度入れば二度と出られぬ世界の裏側。
見えている景色は表側とそっくりだが、よくよく見れば裏返し。
驚愕する俺に、ギンヌンガは「ハァ」と溜め息を吐いて言った。
「覚えてないなら、早く思い出してくれ。あ〜あ、オマエがいればやっと出れると思ったのにな〜」
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tips:ギンヌンガとギニェルガーブ
いつからか、アタシには妙なチカラが備わった。
子どもを脅かすオバケみたいなチカラだ。
なんだっけ? たしかアイツは、信仰って言ってたっけ?
信仰ってなんだろう?
ずっと巨人たちを見て考えた。
考えるくらいしかやるコトがなかった。
そしたら、信仰ってアイツやアトラミシアとアリアンノルンとかに向けられる祈り? みたいな感じだった。
でも、アタシはアイツらと違って嫌われてる。
だって、こんなオバケみたいなチカラ、どう考えてもカイブツ的だ。
アタシは昔から、いつだって皆の嫌われモノなんだよな。
アイツらがイイヤツで、アタシがワルモノ。
昔はそれで、ヤケになって暴れ回ったりしたっけ?
だから懲らしめられたんだよな、たしか。
もう反省したよ。もう暴れたりしないよ。
約束するのに、どうしてアイツらはまだ、アタシを出してくれないんだろう……
皆、どこへ行っちゃったんだ?
アタシが反省して、暴れたりしないって約束したら、絶対に迎えに来てくれるって言ってたのに。




