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ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚  作者: 所羅門ヒトリモン
第3部 宣戦編

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302/341

#302「大闘技決闘会」



 ガンドバッハ王は言った。


「だが、真の同盟会談を始める前に確認しなければなるまい。それぞれの意志と、どのような意図でこの場に参集したのかを!」


 然すれば、各国各陣営のスタンスは明白になり、それを以って顔合わせの儀式も完了する。

 これ以上いたずらに挨拶だのなんだのに時間をかけるのは、面倒極まりない。

 元より我らは古代に袂を分かった身。

 今さら必要以上に馴れ合う道理は無いと、ガンドバッハ王は明らかな消極姿勢──同盟に対するネガティブな反応を表出しながら宣言した。


「星辰天秤塔ッ!」

「はい。わたくしどもは最初に前置かせていただきますと、同盟の席に関しては距離を置かせていただきます」

「「なッ!?」」

「ご容赦ください。ご理解ください。わたくしどもは国ではなく、星占いの一団に過ぎませんゆえ」

「しかし! 貴方がたが現れたというコトは!」

「我らの同盟如何(いかん)によって、星のめぐりに何か決定的な影響が及ぶ!」

「そういうコトではないのか!?」

「ご容赦ください。ご理解ください。わたくしどもはただ傍聴し、傍観いたします。こうして下界に舞い降りたのも、すでに特例中の特例なのです。これ以上の発言も干渉も、すべて星見に悪影響を及ぼしかねません」

「──そん、な」

「今まで隠れ続けておいて、そんな説明で納得できると思っているのか!」

「ご容赦ください。ご理解ください。ありがとうございます」

「ッ……」


 一方的な『中立・傍観』宣言。

 光り輝く翼を折りたたみ、天使の代表と思われる女がトーリー王とザディア宰相に愛想笑いをする。

 繰り返された言葉には、没交渉の三文字が込もっていた。

 その様子をガンドバッハ王はニヤニヤと眺め、


「小国家連合ッ!」

「っ、は、はい! え、えー、我々としてはまず、偉大なるガンドバッハ王の大変慈悲深いご厚意に感謝するとともに、そもそも──ゲ……ッ、ゲイ、ゲイインっ、濁流! が! ふ、復活したという情報が真実なのか! そ、そこを確かめたいというのと、もしそれが真実なのであれば、庇護を求めたく思っております……」

「庇護か。然もありなん!」

「え、ええ……我々に大魔と戦う力などありません……トライミッド連合王国が、我々を最初から数に含めていなかったのは仕方がないのかもしれない……ですが」


 小国家連合の代表と思しい亜人──吃音を患っているのか、ただこの場に緊張を隠せないだけか。

 ややどもり口調のルナール(北狐の獣人)が、俯きがちにトライミッドを睨んだ。


「それでも……我々だって生きている。毎日必死に、懸命に脅威に抗いながら生きている……」

「……っ」


 耳が痛かったのは、トーリー王とザディア宰相だろう。

 大国の判断としては、当然、北方大陸(グランシャリオ)に点在する小国家群に招待状を送るべきか否か事前に検討があった。

 だが、小国は声をかけたとしても余力がない。

 第一、すべての小国に同盟への参加を求めるとしても、超大陸は広過ぎて絶対に〝漏れ〟が出てくる。

 そして、せっかく招待状を送っても、届く頃には小国が無くなっていた。そんな結果もありえる。


 同盟を急ぐ以上、トライミッド連合王国は最善を為さなければならない。


 今回の会談では、小国への支援も議題に含めてティタノモンゴットに足を運んでいる。

 だから決して、見捨てていたワケではないのだ。

 しかしそれを、今さら訴えたところで遅い。

 ティタノモンゴットは自分たちに有利になるように、先に手を回していた。

 もしかすると、同盟会談の開催をごねていたのは、こういう意図も含んでいたからかもしれない。


 ガンドバッハ王は「うむ、うむ」と満足そうに髭の上から顎をさすり、「では、メラネルガリア!」と続けた。


 セラスとティアに挟まれて、カゴから玲瓏と幼女の声が響く。


「ガンドバッハ王」

「む?」

「そなたには悪いが、我が国の意思は明白だ。そこにいる青き瞳の同胞。私にとっては不肖の弟だが、我らはそやつを信じる」

「仕方があるまい! 元よりそなたらは、ダークエルフゆえ!」

「然り。しかし、だからと言って何もかもが同盟に好意的なワケではないのも宣言しておこう」

「と言うと?」

「我が国は鯨飲濁流との戦いを、避ける方向に舵を切りたい」

「ハハハハハッ! メレク王の末裔! 種としてダークエルフは、セプテントリア王国の正統なる後継を謳っておきながらか!?」

「そうだ。鯨飲濁流が復活したのなら、我が国とて剣を執りたい。しかし、時期が悪かった」


 テルーズは一泊、そこで間を挟んだ。


()()()メラネルガリアに、かつての隆盛は無い。()()()()()はあるがな」


 一縷の希望。

 女王がそう口にした時、メラネルガリア軍全体が俺を注視しているのが分かった。

 セラスとティアが同時に、指文字で「あなたのこと」とメッセージまで送ってくる。

 

「……フン。一縷の希望、か。逆に、それさえ叶えばメラネルガリアは同盟に賛成という意味か?」

「もちろんだ。我が国が同盟に対して慎重にならざるを得ないのは、一点の憂慮がため。その一点が解決に導かれるなら、むしろ万難を排して大悪魔討滅に名乗りをあげよう」

「ほほぅ! 勇ましいな、クイーン・テルーズ! しかし、それでこそ我らが友たるダークエルフよ! 女だとて侮りはせぬ! たとえ道を分かつとも、同じ〈第五円環帯接続体(ティタテスカール)〉たる余は心より貴国の問題が解決されることを祈っているぞ!」

「感謝する」


 そして、ガンドバッハ王はトライミッドを見た。


「エルノス人どもよ。今回の会談、発起国である貴様らのスタンスは敢えて確認するまでもあるまい。ララヤレルンも同じくだ──だが聖地パランディウム」


 この場で唯一の海外国に対して、ガンドバッハ王は注意深い視線を送った。

 それはメラネルガリア、星辰天秤塔、小国家連合も同じだった。

 灑掃機構・三番、末妹たるプラチナム人形は沈黙を保ち続けているが、誰の目にも存在感を放っている。

 聖女アイヴィが、空色髪の聖騎士を伴い最前列へ出てくる。


「貴様らは何ゆえ、北へ来た? わざわざ〈中つ海〉を越え、この黒白の死世界に!」

「巨人王陛下、お答えいたします。平和のためです」

「なに?」

「聖地パランディウム。いえ、カルメンタリス教は人類文明を悪魔よりお守りいたします」

「……聖女と言ったか。古代にも貴様と同じ肩書を持つ者が、そっくりそのまま同じ言葉をメレク王に吐いておったわ」

「おや、そうなのですか?」

「メレク王は言っておった。胡散臭くてかなわん! とな。余も同じ想いだ!」

「まぁ……」

「貴様らが何を企み北に来たのか? どれだけ薄ら寒い戯言を嘯こうとも、余は見張っておるぞ!」

「悲しいです……誤解です、巨人王陛下」

「黙れ! ここは北方大陸(グランシャリオ)で最北の人界! 余の国だ! 異教の入り込む余地など無い! 下がれ!」

「…………」


 聖女が下がっていく。

 取り付く島も無い。

 ガンドバッハ王はエルノス人だけではなく、どうやらカルメンタリス教にも隔意を抱いているようだ。

 意外に感じたが、トライミッド連合王国がカルメンタリス教を国教としているので、当然と言えば当然なのかもしれない。

 それとも、やはりこれも古代に起きた何らかの切っ掛けに理由があるのだろうか?


 とはいえ、これで改めてすべての参加者の顔合わせが済んだ。


 最後のはどちらかと言うと警告に近かったが、ガンドバッハ王のおかげで、これから同盟会談に臨む上での問題点がかなり浮き彫りになったと言える。


 当初の想定では、俺たちは同盟締結に漕ぎ着くまでに「どうティタノモンゴットを納得させるか?」が一番の問題だと考えていた。

 いや、その事実は変わっていないものの、現在のこの状況、俺たちは想定していたより遥かに困難な会談に臨む覚悟を迫られている。


 中立・傍観を表明した『星辰天秤塔』──しかし本当に中立の立場なのか?

 ティタノモンゴットとの関係や、なぜ今になって急に姿を現したのかが気になる。

 そこはかとない他種族への傲慢さも、感じ取れる者は密かに感じ取ったはずだ。


 鯨飲濁流復活に疑問を呈し、それが事実であるなら庇護を求める『小国家連合』──あの様子では実質、ティタノモンゴット側と考えていい。

 トライミッドに対する心証が悪く、同盟が結ばれたとしても真に団結できるかは大いに不安。

 会談中、彼らから信頼を勝ち取る必要がある。


 一方で、この場で唯一の味方と言える『メラネルガリア』に関しても──いくつか懸念が浮上して来た。

 鯨飲濁流との戦いに消極的な姿勢を示し、引き連れてきた軍隊も一万未満。

 質に自信があるのだとしても、女王自ら「時期が悪い」と明言し、問題を抱えていることを隠しもしなかった。

 一縷の希望=俺だと伝えられたが、今の彼女たちが何を求めてこの会談に足を運んだのか。

 それを確認しないと、手放しで喜んでいい味方だとは決して断言できない。


 加えて……


「では、最後にティタノモンゴットの意思を表明しよう! 余はこの同盟に関して、そもそもが反対だ! 仮に鯨飲濁流の復活が事実なのだとしても、思い出せ! セプテントリア王国はすでに滅んだのだ! 姿形・話す言葉が違うモノ同士で手を取り合うのは、不可能なのだと過去に証明された! では何故、同盟会談の開催を承知したか? 決まっておる!」


 息を吸い込み、胸を膨らませ、ガンドバッハ王は山のごとく怒鳴った。


「メレク王は〝共存〟を目指したから失敗したのだ! ならば余は、〝支配〟こそが正しい道だと考える! 最も強き国に弱き国々が従い、身を粉にして尽くし、最後に一国が残っておればいい! ……つい先程まで、ダークエルフとだけは対等に手を結んでも良いと思っておったが、すでにそれはメレク王の子孫によって断られた! よって……!」


 山王の間、整列する巨人兵たちが一斉に足を鳴らした。


「余はここにッ、古代の慣習に倣い『大闘技決闘会』の開催を要求する──ッ!!」

「「「ウオオオオオオオオオオオ──ッ!!」」」


 負けたならば、文句は言わない。

 勝ったものに誰もが従う。

 暴論も暴論、野蛮な発案。

 しかし、それはとても単純で極めて明快(シンプル)な解決策にも見えた。


 中立・傍観であるならば、星辰天秤塔は棄権。

 小国家連合も、代表戦士を持たないだろうから棄権。

 メラネルガリアもすでに戦力不足は露呈した。


 翻って、トライミッド連合王国・ララヤレルンには最強の名に見合う戦力がある。

 聖地パランディウムに貸しを作れば、灑掃機構すら頼るコトができるだろう。


 ならば……? 


「これは……やられたね」

「謀りましたな、ガンドバッハ王……!」

「黙れ、エルノス人! この後に及んで貴様らにチャンスを与える余の寛大さ、高潔さ、慈悲深さに咽び泣いて感謝せよ! 先刻、我ら巨人が古代で最強とは呼ばれなかったと吐かしたな!? であれば、たしかめるがいい!」


 北の五大、真に頂点に立つのは何処なのか。

 ただ顔を突き合わせて、文句を垂れ合うだけの同盟会談など端から開催するつもりはない。

 力。

 力だけが、常冬の荒野で頼れるもの。


「我らは何に集い、この命を託すのか。憤怒の剣に群青卿、どちらも存分にかかってくるがいい! 余、ガンドバッハ・ティタノモンゴットが血を分けし息子たち──()()()()()()に敵うものならばな……!」


 そのときは、貴様らが望む惰弱な同盟の締結も止むなし。

 全面的に認めて、協力してやる。

 獰猛に笑う巨人の老王の威圧に、若きニンゲンの王が同じく獰猛な笑みで応えた。


「……言質は、取りましたよ?」


 つまり、そういう話になるらしかった。





────────────

tips:騎士たちの夜・Ⅲ


 飲み会を続けていると、ジャックとレオナルドは互いにどうしてこの場にいるのかの話になった。

 いつの間にかクリスとアレスは眠っていて、起きているのはふたりだけだ。

 「オレぁアレよ。騎士長だからなぁ、領主様の護衛ってヤツさ」

 「なるほど。僕は父に命じられてね。オマエも聖地と繋がりを深めろって」

 「あー、アンタのオヤジって、たしか……」

 「そうだね。リンデンの騎士長なら知ってるか。いろいろと迷惑をかけてる」

 「じゃあ、アンタも?」

 「僕? いやぁ、実は違うんだ。表向きはそういうコトにしてあるんだけど、本当はただアイナノーアと旅をしてみたかったっていうのが一番かな」

 「ほーん?」

 「あとは、歴史が動く場面を自分の目で見てみたかったっていうのと、本物の英雄がどんな人物なのか興味もあったし、ティタノモンゴットも観光できたらいいなって」

 「ケッコー俗っぽい理由もあるんだな」

 「そりゃあね? 王族だからって、皆が立派な人間ってワケじゃない」

 「オレぁイイと思うぜ? そのほうが親しみやすくてよ」

 「そうかい? でも、なんだか申し訳なくてね」

 「あん?」

 「僕もね? 自分が歴史に名を残せるような人間じゃないってのは、分かっているんだ。けど、心のどこかで諦めきれなくて」

 「諦め、きれない? あー、歌物語の英雄みたいになりたいって話か?」

 「うん」

 「やめとけやめとけよ! あんなの人間じゃねえって!」

 「でも、思うんだよ。こんなにも凡俗で、こんなにも普通な僕だけど、やっぱり彼女と同じ場所に一度でいいから立ってみたい。……いや、心の有り様だけでも近くに駆け寄るべきだって」

 実際にはそれが、ただ彼我の距離を浮き彫りにするだけであっても。

 「僕にも当たり前の道徳心や、誰もが持ち合わせていて当然の良識がある。だからさ」

 この旅のどこかで、ささやかなものであってもいいから、何かしらの形で彼女や皆の助け──いや、支えになれたらな、と考えている。

 考えてはいるが、

 「理想の自分をどれだけ夢に思い描いても、現実っていうのは精子みたいに苦々しいものだろう? たとえば、大魔に襲われたアイナノーアを、こう、カッコよく僕が助け出す! みたいな展開とかさ……頭のなかでは最高なんだけど、実際には大惨事だろうし……ほら、こんなコトを考えてる時点で僕は本物じゃない。トーリーくんやザディアくんみたいに、真剣な人たちに申し訳ない」

 「精子の味を知ってるとは恐れ入った! だがたしかに……大魔の前に出てお姫様を救いたい、か。そりゃアンタにゃムリだ!」

 「そ、そうだよ? だから申し訳ないって言ってるんだ!」

 「ハン。オレぁリンデンの人間だからよぉ、いまの話はちょぉっとイラっとしたぜ」

 「あ……すまない」

 「まぁいいけどな? しかしアンタ、オレの従士並にガキっぽいな!」

 「え!?」

 「強大な魔物から乙女を救い出して惚れられたいなんざ──そりゃ大抵のゴロツキが娼婦を買って忘れるもんだぜ」

 しかし、誰しも最初はそんな夢を描いて剣を握り、村を飛び出る。

 ジャックがなぜリンデンで騎士になったのか?

 「ま! 元気出して行こうぜ! オレたちみてぇなどうしようもねぇ人間でも、ちったぁマシなところがあるんだからよ!」

 「うん」

 夜はそうして、更けていった。



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