#296「嘘つき姫と尻顎王子」
ザワザワ、ガヤガヤ。
ザワザワ、ガヤガヤ。
いつの間にか、かなりの耳目が俺たちの元へ集まっていた。
「いやはや! それにしても! 聞きしに勝る覇気! お会いできて本当に光栄です、群青卿! 僕はレオナルドと言います!」
「ダァトのプリンスですね。ご丁寧に、こちらこそ光栄です」
「ああっ、光栄だなんて! 社交辞令だとしても、とても嬉しいです! 貴方は知らないでしょう?」
「え?」
「貴方のように真に高貴なる血を引く方から、新たなる英雄が生まれたコト! 僕は耳にした時、本当にワクワクしてしまいました! まるで伝説のキング・セプテントリア! 古代の王の再来ではありませんか!」
レオナルド・ダァト。
種族はハーフドワーフ。
青みがかった黒髪は天然の巻き毛。
綺麗に割れた顎は、失礼を承知で言えばケツアゴそのもの。
間近で見る顔は男性ホルモン過剰で、とても顔が濃い。
皮脂の分泌も多いのか、顔面と髪の毛がかなりテカテカしている。
が、第一印象はとても礼儀正しかった。
アイナノーアと共に俺のところまで近づいてきて、この王子は真っ先に挨拶をして来たが、なんとその挨拶の仕方は〝メラネルガリアの礼儀作法〟に則ったものだったのだ。
両の拳を独特に噛み合わせる抱拳礼。
どうやら英雄オタク的な気質を備えているようではあるが、異種族に対して最初のコミュニケーションを図る際に、初手で〝歩み寄り〟を示すとはなかなかやる。
俺もトライミッド式のお辞儀をして、相応の礼儀を示さなければならなかった。
「姫殿下も、ご機嫌麗しゅう」
「オホホ。やめてください、メランさん。私と貴方の仲ではありませんか」
「おお! そう言えばおふたりは、先ごろ戦友になられたのですよね! 西の戦場では、背中を預け合って命を守り合い、とても深い絆をお育みになられらたと伺っています!」
「……ん?」
「オホホホホ! いやですわ、レオナルド。深い絆だなんて、恥ずかしい!」
「おお! すまない! でもアイナノーア! キミが羨ましいよ! 僕にも特別な力があれば、後世に名を残せる英雄になれただろうに! キミのように美しい伴侶を得て、さらに歌物語を華やかせられただろうに! ……僕なんて、群青卿が相手ではまったく勝ち目がない!」
「うーん──?」
ザワザワ、ガヤガヤ。
ザワザワ、ガヤガヤ。
ダァトのプリンスは興奮していて、もの凄い大声で話す。
そのせいで、近くの兵士たちはもちろん、下手をすればリンデンの天幕にまで言葉が届いていそうだった。
「フェリシア様というお方がいらっしゃるのに……メラン様?」
「待て、クリス。俺もよく分からんが、これは何者かによる意図的な情報改竄だと思うぞ」
小声でショックを露わにする黄土色の護衛に、とりあえず無実をアピールする。
俺はもちろん、すぐにアイナノーアを見た。
エリンの姫君はニッコリ満面の笑みを形作りながら、頻りにウィンクをしていた。
……コイツ。
「失礼、プリンス・レオナルド。どうやら何か、盛大な誤解が「あるワケありませんわ! そうだメランさん! せっかくの機会ですから、少しふたりだけでお話ししましょう!」……オイ!」
グイッ!!
アイナノーアが俺の腕に腕を絡めて、強引に歩き出す。
周囲は当然、どよめいた。
「オホホ! ごめんなさいね、レオナルド。そういうワケだから、私たちはちょっと向こうに行ってくるわ!」
「あ──ああッ! そうだよね、邪魔をしちゃあいけないね! 大丈夫、ここは僕に任せてくれ!」
「ありがとう!」
アイナノーアは手のひらから電流を流し、抵抗しようとした俺の機先を制した。
かと思えば、バチバチバチバチィッ! と白光を明滅させて、一気に空へ飛び上がる!
俺を引っ張ったまま、体重差をまるで感じさせない高速移動。
クリスが地上で慌てふためく声がした。
しかしそのまま、俺たちは王族の天幕からかなり離れたところへ着地してしまう。
ズザザザザザザ──!
舞い上がる雪煙と山肌の破片。
人気のない岩場。
連合王国の陣ではなく、聖地の騎士たちの陣にまで来てしまった感じだな。
アイナノーアの腕を振り解く。
「オイ」
「ごめんなさい! でも、これには理由があるわ!」
「はぁ?」
「まずは言い訳を聞いて欲しいの」
両手を合わせて、勢いよく頭を下げながらアイナノーアは情状酌量を求める。
初っ端からとてもスピーディな自己弁護の始まりだが、きちんと謝られた以上はこちらも耳を傾けざるを得ない。
問題は、どんな言い訳が飛び出てくるかだ。
「言い訳って、なんだよ」
「ありがとう。まず、事情から言うとね? 嘘をついちゃったんです私」
「それは分かってる。なんであんな嘘をついたんだ?」
俺とアイナノーアが、まるでデキてるかのような嘘。
ルカの件も気になって仕方がないところなのに、コイツは何を考えているのか。
こんなふうに俺を攫って、いったいどういうつもりだ?
「まさか本気で、俺に惚れてるワケじゃないだろうな……」
「え、えっと……それは違うんだけど、さすがに私もそんなに嫌そうな顔をされると、乙女として傷つくっていうか……」
「あっそ」
「あっそ!?」
「まぁ大方の事情はなんとなく分かった」
「嘘でしょ!?」
「どうせアレだろ? あのダァトの王子様に言い寄られてたかなんだかで、困ったアンタは人身御供に俺を選びやがった。違うか?」
「あ、合ってる! 合ってるけど言い方!」
ムキーッ! 嘘つきプリンセスが地団駄を踏む。
さっきまでは妙なお嬢様口調だったし、アイナノーアなりに王宮じゃ、困ったしがらみを抱えているんだろう。
知ったこっちゃないけども。
「じゃ、俺は今すぐ戻って誤解を解いてくる」
「慈悲は無いの!?」
「無い」
「断言! 私こんなに可愛いのに! 普通は嘘でも喜ぶところじゃない!?」
そういうところが、アレなんだよなぁ……
「あいにく、女には苦労してなくてな」
「うっわッ! 敵! 敵なんですけど! 今の!」
「どういうコトだよ……」
「女の敵ってコトよ! だいたい、元はと言えばメランさんにも非があるのよ!?」
「へぇ? そりゃ面白い。なんだよ。聞かせてみろ」
「ほぅら! その顔、ぜんぜん自分に悪いところが無いって顔! 信じられない! 西方大陸じゃ少しは仲良くなれたと思ったのに、挨拶も無しで帰っちゃうんですものね!」
ギャースカギャースカプンプンプン!
「あー……」
たしかに、言われてみればそうだったか?
どうせすぐ会えるって分かってたし、意識からストンと抜けてたかもしれない。
「なるほど。たしかにそれは悪かった」
「フン! 今さら謝ったって遅いですよーだ!」
「じゃ、誤解解いてくるな?」
「待って待って待って待って待って! あれー!? 今の流れで!?」
「てかべつに良いだろ。俺の記憶じゃ、帰って来てすぐにそっちだって、お肉お肉お肉! って腹の虫を優先してたはずだぞ」
「仕方がないでしょー!? 向こうじゃそんなに食べれてなかったんだから!」
「ウェスタルシアの王宮で、結構食いまくってた気がするけどな」
「旅先のごはんと実家のごはんは別だもん!」
とうとう幼児退行しかけた口調で憤慨されてしまった。
お姫様の現実を知ったら、ジャックの恋は冷めるだろうか?
目を覚ましたアイツがさっきの騒ぎを知ったら、割とガチで斬りかかって来そうで面倒くさい。
「はぁ。分かったよ」
「え、本当!?」
「こうやって話してるのも面倒くさくなって来た」
「めっちゃ嫌われてる!?」
「つーか、ダァトの王子様の何が気に食わないんだよ?」
可哀想に。あのレオナルドとかいうハーフドワーフ、アイナノーアには割と本気で好意があったように見えた。
一瞬の感情だったが、このお転婆が俺の腕をグイッとやった時、ショックを受けた顔になってたからな。
本人とコイツに自覚があるのかは知らないが。
「連合王国だろ? エルノス人同士で結婚するのは当然じゃないのか?」
「それはそうなんだけど、彼ってああ見えて愛人がもう十人はいるのよね」
「は?」
「ダァト王族の陰口みたいになるから、メランさんにも黙っててもらいたいんだけど……レオナルドのあだ名は〝底無しスタリオン〟なの」
「…………つまり、精力旺盛?」
「そう! 彼、夜がものすごく激しいみたいで、落とし子もたくさんいるのよ!?」
「なるほど」
「しかも、昔は兄妹みたいに遊んでたの! 怖いでしょう!?」
ヒィ〜! と両肩を抱いて震え上がるアイナノーアは、顔までゾッと青ざめさせていた。
要するに、昔は兄妹みたいに遊んで身内みたいに思っていた相手が、大人になったら自分に性欲を向けてきた。
アイナノーアの視点だと、レオナルドはそういうふうな男になるワケか。
「たしかに、男性機能に優れてそうな感じではあったが……」
「オエーッ! ていうか、メランさんも見たでしょう? レオナルドって、英雄とか歌物語とかが大好きなのよ」
「趣味は人それぞれだろ」
「で・す・け・ど! 彼との縁談話が出てきたのって、私が聖槍の担い手だって知られてからなのよね! 分かる!? 私の気持ち!?」
「………………ふむ」
さすがに、会ったばかりの他人にどうこう言うのは気が引けるが。
「そう聞くと、ギルティ寄りではあるか……」
「でしょう!? だからお願いメランさん! この会談のあいだだけでもいいから、私の恋人的なフリをしてくれない?」
「断る」
「嘘! なんで!?」
アイナノーアは目を丸くして仰天していた。
この流れ、たしかに俺も心揺れ動くものを自覚せずにはいられなかったが、残念ながらキャパシティオーバーなんだよな。
「悪いな。俺も俺で、そういう揉め事の真っ只中なんだよ。しかも、もうじき故郷のメンツとも向き合わなきゃいけない可能性がある」
「サイテー! 男なんてサイテーだわ! でも悔しい……! メランさんしか頼れるひとがいない!」
「まだ諦めないのか……」
「諦めたら、この旅のどこかで孕まされるかもしれないんだもの」
「こら。女の子がそういうコト言うんじゃありません!」
「あら。女の子扱いはしてくれるんだ!」
しまった。最近ヴァシリーサの教育方針を考え込む時間が多いから、つい迂闊な発言をしてしまった。
アイナノーアはニンマリと得意げな顔になっている。
「ツンケンしちゃって、メランさんも本当は私を可愛いって思ってるんじゃないのー?」
「うぜー。ちょっと殴っていいか?」
「暴力!? 照れ隠しだとしてもサイテーな男すぎるわ!」
「うっせぇブス」
「ブブブ、ブスゥ!? ちょっと! どんだけ嫌われようとしてるワケ!? 絶対嫌ってなんかあげないわよ!?」
「チッ……」
面倒くさいなこの女。
俺がシラケた目で舌打ちすると、アイナノーアは怯んだのか。
「わ、分かったわよ……じゃあこういうのはどう?」
「あん?」
「実は絆を育んだと思っていたのは私だけで、メランさんは私を好きになってなかった」
「それこそが事実だ」
「まだ続きがあるの! いくら私でも泣くわよ!?」
「で?」
「私は片想いなんだけど、さっきみたいに猛アタックを仕掛けている真っ最中で、メランさんも少しづつ少しづつ攻略されかかってる……かもしれない状況! っていう感じ!」
途中で「はぁ?」と圧をかけたら、最後が曖昧になった。
「こ、これなら、後は私がひとりでどうにかするから、メランさんに迷惑はかからないはずよ……!」
「……本当か? 本当に、迷惑はかからないか?」
「ぐぐぐ……なんなら、槍に誓うわよ!」
連合王国人にとって建国の象徴でもある三叉槍に誓うのか。
だったら、いいだろう。
「分かった。それで手を打ってやる」
「ホッ。助かったわ。これでしばらく、うるさいのに黙っててもらえる……」
「うるさいの?」
「あ、こっちの話ですわ。オホホ」
お嬢様口調がこれほど似合わない女もいない。
「ったく。じゃあ俺はもう行くぞ?」
「あ、送ってくわよ? 無理やり連れて来ちゃったの私だし」
「オマエは本物のバカなのか? 一緒に戻ったらもっと騒ぎが大きくなるだろうが」
「あ──それもそうね!」
てへ! アイナノーアはウッカリしてました! とでも言わんばかりに舌を出して笑った。
その時だった。
付近の空で、紫電が駆け上がった。
灑掃機構。
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tips:ドワーフ・ブラッド
主人を見失ったクリスは急いで白光の後を追いかけようとした。
だが、その肩をガシリと押さえる強い力がある。
「すまないが、アイナノーアの好きにさせてやって欲しい」
「殿下。申し訳ありませんが、手を離していただけないでしょうか」
「キミは群青卿の近衛かな。心配せずとも、彼は英雄なのだから少しくらいキミが傍にいなくとも、問題は起きない」
「……かもしれませんが、メラン様は僕を必要な護衛だとおっしゃってくださいましたので──失礼」
「え?」
肩を押さえていた手を力づくで振りほどく。
「なっ──貴様、無礼であろう!」
「よせ! いいんだ。今のは僕が悪かった。ララヤレルンの騎士に、命令はできない」
「ありがとうございます。それでは」
一礼し、背中を向けるクリスは実のところ、レオナルド・ダァトを知っていた。
無論、レオナルドのほうはクリスを知るはずもない。
ララヤレルンの騎士。そう認識しているのが何よりの証拠。
ダァト王家は昔から変わらない。
黄土色の軽装鎧が、昔、どこの家に仕えていたのか。
どこの家の血を、引いているのか。
撒いた種が多すぎて、撒き散らされた血も多すぎて、いちいち覚えてなんかいないのだろう。
「けど、もう関係ない」
今のクリスは、たしかにララヤレルンの騎士だ。群青卿を護衛するたったひとりの近衛だ。
ドワーフの血にも感謝している。
持て余してばかりだった頑丈なカラダも、今ではハッキリ使い道を得た。
「僕は、メラン様の騎士だ」