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ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚  作者: 所羅門ヒトリモン
第3部 鼓翼編

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269/344

#269「IGNITION」



 視界が鮮明(クリア)になる。

 と同時に、目の前の女の醜い外見が明らかになる。


 焼け爛れた顔。

 火傷痕をありありと残した。

 疾うに薹の立った年嵩の魔法使い。


 こんな顔、普段だったらいの一番に扱き下ろせるだけ扱き下ろして侮辱している。

 煙が消えた以上、デモゴルゴンの邪視を阻む障害物も無い。

 殺すのも辱めるのも、完全に黄衣の女怪の自由。

 しかし、


「……いま、()()()()()()……?」

「聞こえなかったか? ならもう一度言ってやる。たかが一万なんぞ、白嶺の魔女の足元にも及ばん」

「…………ッ!」


 再度吐き捨てられた、聞き捨てならない言葉。

 黄衣の女怪が何より敵視していた魔物の忌み名に、それまでの愉悦は完全に吹き飛んでしまっていた。


 白嶺の魔女。


 闇の公子、鯨飲濁流と同格であり。

 かつて黄衣の女怪が、一度として勝利を果たせなかった魔物。

 あの女のせいで、どれだけの煮湯を飲まされたコトか。

 どれだけの屈辱を味わう羽目になったか。


 ──偉大なる我らが主に相応しいのは、黄衣のヤツめではなく白嶺の方ではないか?

 ──バカを言いやがれ。オレはあんなクソ女、認めねぇ!

 ──だがもし王妃を決めるとなれば、候補はやはり黄衣のヤツめか白嶺だと思うんじゃがなぁ。

 ──おいおい。オマエたち言葉には気をつけろォ……ロドリンドに聞こえてる。

 ──おっとっと! これは失礼……

 ──ゲイインサマ!


 外道鍛冶も鉄鎖流狼も、エリヌッナデルクではふざけたことばかり。

 偉大なる闇の公子、あの最高にクールで痺れる吸血鬼に相応しいのは、どう考えてもロドリンドだけなのに。

 白嶺の魔女。白嶺の魔女? あんな、根暗で悲観的で、頭の先から足の爪先まで何もかもが冴えない田舎女の方が、鯨飲濁流の妻に相応しい?


( ワ タ シ は 女 王 よ ! )


 黄衣の女怪よりも上に立つ女の魔物など、存在してはいけないのだ。

 ゆえに、


「──言ってはならないコトを、言ってしまったわね」

「ほう?」

「もう魔力もスッカラカンなくせに、最後の最後までつくづく嫌味の巧い女……ワタシはね、アレとワタシを比べたヤツは、この手で直接、絶対にブチ殺すって決めてるの」

「なんだ。せっかく顔を見せてやったのに、邪視は使わんのか?」

「ええ、使わない。そんな楽な死に方は与えてあげない。光栄に思いなさい?」


 カツ、カツ。

 ヒールを鳴らし、すでに魔力切れ状態であろう女に近づく。

 退治家の女の手には斧槍の軍旗が握られているが、()()()()()()()()()

 白マントの退治屋と言えば、現代では刻印騎士団が有名であるも、斧槍の軍旗に刻印は無かった。


「ワタシに喧嘩を売るなら、せめて印具くらい用意しておくべきだったわね。不良騎士」

「ハッ! さすがに見当はついたか。ま、たしかに私は見ての通り不良の刻印騎士だとも」

「不良なだけじゃなくて、驕りも過剰なクソ女だったって覚えておいてあげるわ」


 通常魔法だけで大魔、黄衣の女怪に挑んだ愚か者。

 最後に格の違いを思い知らせて、殺す。

 黄衣の女怪は、何もデモゴルゴンを従えるだけが脅威の魔物ではないのだ。


「──“黄熱華・洎夫藍(クロケア・モルス)”」

「……」


 ただ冷たく、黄衣の由縁を明かす。

 古代中期、浸蝕道の植物に『黄熱華』と呼ばれた洎夫藍(サフラン)があった。

 生きているモノには何でも寄生し、黄熱病に似た症状と共に黄色い華を咲かせる種だった。

 根も茎も葉も、何もかもが黄色くて。


「この花は〝サフラン色の死神〟とも呼ばれたわ。でもこれ、とっても鮮やかな黄色でしょう?」


 良い染料になるから、ある染物師がこれを使って服を仕立ててみたらどうかと考えてしまった。

 服はとても綺麗な仕上がりになって、結構な流行になった。


「今もその服を着てるんだけど、結論から言って……みーんな死んだわ」

「……ゴフッ!」

「浸蝕道の植物を甘く見すぎていたのね。服が流行ったところはほとんど全滅。ワタシも死んじゃった」


 だから、


「……どう? アレと違って、ワタシの魔法は綺麗な()でしょう? 花になって逝けるなんて、詩みたいで素敵よね?」


 一面の花畑。

 洎夫藍色の黄熱地獄。

 焼け爛れた肌も、火傷痕のひどい顔も、何もかもを覆い尽くす寄生植物の猛威。

 かつてロドリンド・コルティジャーノを殺した死の具現を以って、大魔は人間を殺した。

 白嶺の名を出された以上、愉悦よりも殺意を優先せざるを得なかったからである。


 ガクリ、と膝から崩れ落ちる女騎士。


 うつ伏せに倒れた死体を見下ろして、女怪は「さて」と仕事に戻ろうとした。

 結局、相手の素性もエル・セーレンにいた理由も、何も分からないまま片付けてしまったが、きちんと殺し終えたしもうどうでもいい。


 大切なのは遺体を見つけるコト。


 頬に左手を添え、恍惚な笑みでしばし蕩然。

 腰をくねらせ右手で肩を抱き、夢想するのは鯨飲濁流によくやったと褒められる未来。


「あぁ、待っていてね? ワタシが一番乗りで、アナタの役に立ったのよ……?」

「気色悪いアバズレが。まさか鯨飲濁流に同情する日が来るとはな」

「──え?」


 瞬間。

 黄衣の女怪は本当に虚を突かれて、呆然になった。

 その隙を、死んだはずの女が容赦なく苛烈に刈り取った。


 足元から斧槍の軍旗が、女怪の胴を一気に差し貫くッ!


「な──ガァッ……!? なん、で……!?」

「分からないか? ……いやまぁ、分かるはずもないよなぁ」


 ベロニカは立ち上がり、身体に繁茂していた黄熱華を毟りながら、黄衣の女怪を空中に磔にする。

 ただし、その身体は今や赤く輝いていた。

 焼け爛れた肌、火傷の痕、そのすべてが真っ赤に燃える炎のように。


 “黄熱華・洎夫藍(クロケア・モルス)”は無効化され、タバコの紫煙が墓所内に再び(くゆ)り始める。


 視界を阻む煙。

 途端、先ほどよりも勢いを増して渦巻く業火。

 デモゴルゴンの叫び声。

 腹を刺されて宙に持ち上げられた黄衣の女怪は、何が起こっているのか分からずただただ瞠目する。


「ま、魔力が回復した……? まさかアンタ、この一瞬でワタシと同じ──」

「バケモノになったと? そいつは笑えない冗談だ」

「あグぅぅッ!?」


 斧槍の軍旗の穂先が、時計回りに捻られる。

 魔性の気配は無し。

 ベロニカは死んでなどいない。

 ではどうして、使い尽くしたはずの魔力が復活しているのか?


 答えは簡単だ。


「アンタ、()()()──!?」

「勘違い女。ようやく気づいたか」


 ベロニカは魔力切れなど起こしていなかった。

 戦闘の途中で、あたかも魔力が無くなってしまったかのように見せかけていただけで。

 思い上がった魔物が、気持ち良く勝利を確信する方向に流れを誘導していただけ。


 すべては対魔物戦闘のセオリーである。


「人間が派手な魔法を使い続ければ、大抵の魔物──特に人から転じた魔は、魔力切れを予期して静観の構えに入る」

「ッ……!」

「しばらくして魔法をわざと弱め、案の定と言わんばかりに魔力切れの演技も見せれば、油断した馬鹿はペラペラ気持ちよく自己陶酔カマして、こっちの殺傷圏内(リーサルレンジ)にフラリってな寸法でな」

「この……ッ! じゃあぜんぶ、アンタの思うツボだったって言いたいワケ……!?」

「はぁ? さっき言っただろう。私は刻印騎士だ。魔物退治の専門家だぞ」


 人類がこれまで積んできた対魔物戦闘の経験値。

 魔法使いが戦闘の最中に魔力切れを起こして、無惨に殺される事例が過去にどれだけあったと思っているのか?

 まして刻印騎士団は、その基本理念に〝格上殺し〟を誓った刻印魔法のスペシャリスト。

 それがどうして、先人の無念を未来に残さないと思う?


「──人界の守護者を、舐めるなよ」

「ッッッ……!」


 啖呵に、黄衣の女怪は歯軋り混じりの苦鳴を漏らした。

 墓所内に渦巻く業火の流れは、今やベロニカと黄衣の女怪の周りを残して、完全に大火で満たされている。


 長寿種族でもないニンゲンにしては、あまりに破格の魔力量。


 だが真に恐れるべきは、ベロニカ・レッドフィールドの胆力と言わざるを得ない。

 魔力切れを装うだけならば、ベロニカは女怪の前に姿を晒す必要は無かった。

 少量の煙は残しておき、邪視の能力から身体の主要な部分を隠す程度の防衛策は張っておくべきだった。

 けれど、ベロニカはそれをしなかった。


 賭けに負ければ、ほんの些細な気まぐれひとつで容易にデモゴルゴンに変えられていたのに。

 敢えて全身を晒し、限界まで油断を引きずり出し。

 そのうえで黄衣の女怪が最も殺意に染まるよう、〈目録〉の知識を活かして白嶺の魔女の名を出す。


 黄衣の女怪が白嶺の魔女に敗北し、以降、白き死の伝説を抹消しようと各地で暴れているのは退治屋界隈では常識だ。


 フェリシアの故郷が襲われたのも、北方大陸(グランシャリオ)に数多と傍流が広がる白き死の伝説に、智慧の女神ミナの名が残されていたから。

 ベロニカがフェリシアを拾えたのも、当時からベロニカが黄衣の女怪の痕跡を追跡していたからである。


 挑発は成功した。


 黄衣の女怪はまんまとベロニカの間合いに入り、直接手を下すほどの至近距離に。

 大魔の魔法を敢えて喰らう必要は無かったが、そこはベロニカの個人的な意地だった。

 このクソったれのバケモノを殺す時は、ただ殺すだけじゃなく驕慢を踏み砕いてからブチ殺したい。


「火刑台は完成した」

「ギッ、ガあぁァァァッ!」

「逃げたいか? だが残念だったな……オマエは()()を印具ではないと判断したようだが、どんなに不良の騎士だろうと、どんなに偽りの騎士だろうと、刻印騎士団に所属する騎士はただの一人も例外なく! すべからく刻印魔法の使い手だッ!」


 刻印は、最初から目に見える場所に刻んである。

 焼け爛れた肌。

 火傷痕の痛ましい顔。

 今や真っ赤に炎を灯す紅蓮の祈り。


「私の刻印はちょっとだけ皆と違ってな……この身に刻んだ熱のすべてが、オマエを否定してやるとも……!」


 黄色い花のせいで死んだ?

 知るかボケが。

 花は燃える。

 戦場に黄色は無い。

 ならば私の死に様に花の入り込む余地も無い。

 ただ真っ赤に、鉄風雷火が爆ぜて燃えて。

 黄衣の女怪の魔法(生前)など、無価値だと教えてやる。


「イヤっ! ちょ、やめ──ッ!?」


 “我が斧槍の(ルベル・)軍旗に集え(ベッルム・)深紅の戦火(ウェクシルム)


 刻印魔法に、詠唱は必要ない。


 ゆえに発動は即座に。


 ベロニカがこれまで経験したすべての戦場の災いを、一点に研ぎ上げ凝縮して解き放った。


 否。


 励起した千の呪句(ノロイ)は、エル・セーレン全異界の空に煉獄の炎柱すら確認させる。

 舞い散る火の粉が、軍旗のようにはためきながら風に(そよ)いだ。




────────────

tips:“我が斧槍の軍旗に集え深紅の戦火”


 ルベル・ベッルム・ウェクシルム。

 刻印騎士団〈炎の隊〉隊長にして、ララヤレルン支部長ベロニカ・レッドフィールドの刻印魔法。

 異常刻印であり、肉体に刻まれた火傷が魂に呪文を刻みつけている。

 斧槍の軍旗は帝国軍人時代に愛用していたもので、この魔法のおかげで自由に召喚が可能。

 古びた斧槍には深紅の襤褸布が巻き付いており、それはかつての戦場で識った戦火の証。

 発動時には〝戦災〟の概念を深紅の炎として創り出し、ベロニカを中心に円心状の大火波を広げながら、討ち滅ぼすべき敵に戦場の不運や凶運を苛烈に叩きつける。




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