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ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚  作者: 所羅門ヒトリモン
第3部 鼓翼編

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#267「妖精解剖者」



 傲慢。


「──傲慢、だと? よりにもよって創造と文明を司るはずの女神が……人類の文明を愛すると公言して憚らない女神が……よりにもよって、僕を傲慢だと? そう評するのか!」


 ヴィクターの怒りは激しかった。

 カルメンタリス教の女神に呪われ、〝理知の剥奪と蛮性の肥大〟を刻一刻と味わうなか。

 呪われし男は女神を弾劾した。


()()が、慈悲だと? ふざけるなよ欺瞞者め……僕には分かったぞ……僕には見えたぞ……! オマエの正体、オマエの本性! ──そんなにも、不快だったか? そんなにも、癇に障ったか……!」


 命の三要素を、人が人の智識を以って解き明かす。

 なればその後に訪れるのは、人類がこれまで目にしたコトの無い新世界。

 人の手によって生み出された新たな知性体が、人とともに未来を形作っていく姿。


 ヴィクターには容易に予見できた。


 人と機械が、当たり前のように共存し合う社会。

 蒸気機械技術は間違いなく礎となる。

 この試みは必ず世界をより良くするだろう。

 パラダイムシフトである。

 普通に考えれば、疑う余地さえ無い。


「だってそうだろう……! たかが蒸気機関でさえ、この時代を変革する力があったんだ……!」


 ならば、それを越える進歩の先。

 より洗練され、より研磨された後進の方が、より優れた結果をもたらすのは自明の理である。

 人工の知能が、人々の傍らで常に良き隣人として存在し、且つ、自我を持ち得るために決して誰にも悪用されない存在であったなら。


「正しい技術が正しく運用され、正しき魂を宿す! これが『理想』でなくて、他の何だって言うんだ……!?」


 なのに、カルメンタリス教の女神は「否」だと。

 ヴィクターはまだ実際に造り上げたワケでもなかったのに、試みたコトそれ自体が傲慢()だと断定された。

 しかも、その罰はヴィクターに敢えて苦痛を与えるやり方だった。

 何が慈悲か。何が改悛の機会か。透けて見える。


「──下等な人間()が、自分と同じ領域に指先を引っ掛けたのが、単に我慢ならなかっただけだろうが……!」


 だから、わざわざ苦しみを与える。

 だから、わざわざ藻掻き呻く姿を晒させる。

 女神は知っているのだ。

 ヴィクターほどの智慧者から理知の光を剥ぎ取るのは、このうえない絶望を与えるコトになると。

 呪われた張本人ゆえに、ヴィクターには確信があった。


 ……あるいは、それは悪人の逆恨みにも似た()()だったのかもしれないが。


「けど、残念だったな……! 僕は諦めない……! オマエは僕に無駄に時間を与えるべきじゃなかった……!」


 どうあれ、ヴィクターは女神の呪いを他者に押し付けるコトに成功した。

 邪智の大賢、面目躍如。

 何者も追い詰められた時にこそ真価を発揮する。

 人生で最も冴えた日が何時だったかと訊ねられれば、ヴィクターはあの日、自身の脳が最も窮地に追いやられた極わずかな時間を指して、その残り二十一秒が奇跡だったと答えるだろう。


 何にせよ、結果は見ての通りだ。


 古代四大が一、西の超大国。

 アークデン・メガロポリスすら巻き込んで、異界の最厄地をも創り出し。

 無辜の民だろうが何だろうが、どれだけ犠牲にしたところで心は痛まない。

 むしろ、それまでヴィクターの智慧と技術の恩恵を、散々満喫して来た者たちばかりだ。

 恩を返して貰う。

 そのくらいの考えで、ヴィクターは自己保存を躊躇わなかった。


 当然である。


 ヴィクター・カリプト・グレムリン。

 ファミリーネームは本来カリプト。

 グレムリンの姓は、幼き日に妖精の友を解剖し、真の壊し屋(グレムリン)だと恐れられたから。


 妖精への友情はあった。

 妖精への親愛もあった。


 どれもヴィクターなりの、歪んだ感情でしかなかったかもしれないけれど。

 使い慣れた工具に向けるのと同じくらいの愛着は、たしかにあった。

 ヴィクターが誰かに、そんな気持ちを抱くのは実の肉親にすら無かったのに。

 ひどく稀な得がたい関係性。

 ただそれは、そのとき生じた知的好奇心よりも、残念ながら価値が無かっただけ。

 最初で最後の無二の友だちにさえ、その程度の感慨しか抱けなかった男がヴィクターなのだ。


 赤の他人に対して、どうして何かを想うコトがあろう?


「──神性だ。とにもかくにも、神性が必要なんだ」


 エル・セーレンに幽閉された後。

 自らの肉体を半機械化させ延命に延命を重ね、擬似的な不老すら実現した後でも。

 ヴィクターの頭の中にあるのは、ただひとつ。


 〝女神の灑掃機構、理想の少女像(マイ・フェア・レディ)を超える〟


 自身が手掛けた特製のワポルマキナを以って、完璧な被造物を今一度。

 足りないモノは神性だけだった。

 肉体と魂は用意できていた。


 ゆえに『探索』が始まって、しかしそれは、()()()()()()では至難を極めると判明し……


「……僕の欲しいモノは、()にしかない。それが分かったから、霧を利用した」


 グレムリン・エンパイアに満ちる大気汚染(スモッグ)は、物質化した〝女神の呪い〟だ。

 その特性は、思考にかかる靄。

 イコール、理知の剥奪と蛮性の肥大。


 そして、アロガンテ・シティの都市神は治水と灌漑を司る瓶人(かめびと)だった。


 ヴィクターが呪いを押し付けた際、都市中の水分は呪的感染を避けられなかった。

 だが、同時に都市神の記号を受けて〝人の手で制御できる性質〟を併せ持つようになっていたのだ。


 意図した展開ではなかったが、不幸中の幸いと言う他ない。


 要するに、そのまま放置していれば人間を強制的に変異させる毒霧を、ヴィクターは無害化も出来たし現世へ干渉するための装置に組み込むのも容易だったのである。


 架空の神性など、ヴィクターは端から眼中に入れていなかった。

 しかし、思わぬところで好都合が発生した。


「霧を濃縮し、限界まで毒性を高めた『水』を造った僕は、エル・セーレンのなかで小規模のミニチュアエル・セーレンを用意し、今度は逆の事象を発生させた」


 すると、たしかに現世へ通じる穴が開いたのである。

 世界から爪弾きにされる特性を、極限定的ながらも利用する方法。

 穴は残念ながら帰還が叶うほどの大きさではなく、持続時間もわずか0.5秒ほどで、『水』の濃縮にも長時間が必要だったために、そう何度も使える手段ではなかったが。


「それでも、外に漏れ出た霧に触れてしまったモノを、こちら側に引き落とすコトには成功した」


 様々なモノが吸い込まれては折り重なった。

 内、ヴィクターが期待を寄せたのは以下の三つだ。


 強欲の都ゴルディア、黄金の邪神。


「残念ながら、あったのは黄金ばかりで邪神はとっくに立ち去った後だった」


 が、代わりに良い物を見つけられた。

 最後の希望、ラスト・ホープ。

 

「エル・ヌメノスの尼僧の遺体。これはさすがの僕でも、利用するのに躊躇いを覚えた」


 何せ、どんな願いも叶えられる流れ星だ。

 完璧な被造物を造り上げるためとはいえ、一部品として消費するのはもったいないにも程があったし。

 一部品として扱うにしても、あまりに馬鹿げた性質を持っているため、ヴィクターのプライドや設計思想に反した。


 軽率にパーツに落とし込んでしまえば、出来上がるのはヴィクターが望んだ『自作』ではなく、


「僕が無意識の内で願った、理想の少女像を超える〝何か〟になってしまうかもしれない」


 人の手ではなく、結局は神の手による被造物に。

 よって、ヴィクターはコレに手を出すのは控えた。

 欲しいのはあくまで神性だけ。

 望みは自分の手で叶えてこそ。

 それに時を待てば、いくらでも他の候補は現れる……ラスト・ホープには作品が完成した後、現世への帰還だけを叶えてもらおうとヴィクターは決めた。


 それから千年、二千年、三千年……


「やがて四千年の月日が流れ頃」


 エル・セーレンには大魔が訪れた。

 黒詩の魔女である。


「あの子どもは、とても厄介だった……」


 魔女は最初に、エル・セーレンに積み重なっていた全ての異界を巡ると、助けるべき子どもと倒すべき大人の識別を行い、もちろんヴィクターは敵対された。

 途中までは「お友だち……?」と判定に怪しさが残っていたのに、カリプトの正体やらが暴かれた時に決別が確定してしまったのだ。


 黒詩の魔女は恐らく、精神性を見てジャッジを下している。


「不思議な話だ。僕の心なんて、僕自身でさえあるかどうかも分かっていないのに」


 魔女の目には、幼いと映ったなんて。

 最終的には敵対されているから、詮無き話ではあるけれど。

 一番の問題は、魔女が遺体を奪ったコトだった。


「焦ったさ。そりゃあ焦った。僕は長年エル・セーレンでひとりだったから、誰かに大切な物を奪われる可能性なんて、ストンと失念してしまっていた」


 ゴルディアであれば、下手に場所を移すより安全だと考えたのもあった。

 が、魔女の魔法は邪神の残した異界法則を上回った。

 というより、魔物は生き物ではないため、黄金化の対象からそもそも除外されていたのだ。

 少なくとも魔物が能動的に触れただけでは、黄金化のルールは働かない。


 ラスト・ホープは現世へ帰還するための重要な役割を持っている。


「魔女が何を考えているのかは知らないけれど、必ず取り返さなきゃならない」


 幸い、黒詩の魔女は遺体を自分で使うために奪ったワケじゃなかった。

 ヴィクターが一番恐れていたのは、魔女がエル・セーレンから現世へ帰還するため、早々に流れ星を瞬かせてしまうんじゃないか? という危惧。

 しかし魔女は、遺体を〈領域〉に持ち帰って何処かへと隠しただけで、エル・セーレンに留まり続けた。


 大魔との戦いが始まった。


 カリプトの軍勢。

 古代兵器を搭載したワポルマキナ。


 すべては黒詩の魔女と戦い、奪われた遺体を取り返すため。


「──なんて、たったそれだけの理由でここまでの準備を済ませるはずもない」


 黒詩の魔女がエル・セーレンに訪れてから、他にも大魔は訪れていた。


 『外道鍛冶』

 『黄衣の女怪』

 『堕ちた大魔法使い』


 三体の大いなる魔。

 主な折衝相手は単眼巨躯の老爺であるルーブルが務めていたが、この魔物たちは自らを〝闇の公子の手勢である〟と語り、ヴィクター同様、尼僧の遺体を求めているらしかった。


 またしても新たなる障害である。


 求めるモノが同じならば、いずれは争い合う定め。

 ヴィクターはすぐさま抗戦の構えに入ったのだが、そこで思わぬ打診が向こう側からあった。


「待て待て。魔女には神性がある。呪文の原初(オリジン)じゃ」

「……なに?」

「黒詩の魔女は儂らよりも格上じゃからなぁ。ここは一時、契約と行こう」


 ヴィクターもルーブルらも、尼僧の遺体を欲している。

 しかし遺体は、鯨飲濁流と同格である黒詩の魔女が隠してしまった。

 魔女を打倒するには協力関係を結んだ方が、成功率が高い。


 ──利害の一致と、魔女に宿りし神性の情報。

 

「協力は一時的なものだ」

「フッフッフ、無論、分かっておるとも」


 エル・セーレンの王と、闇の公子の配下。

 同盟は斯くして締結されたのである。


 ……もっとも。


「ルーブルを除けば、黄衣の女怪も堕ちた大魔法使いも、ロクな会話は出来なかった」


 女怪はヴィクターに興味を持たず、〝墓所探し〟の名目で早々にゴルディアに向かって、黄金集めに執心したし。

 そもそも遺体が奪われているという前提も、墓所の在り処がとっくに判明している事実も、いくら説明したところで頭の中に入れているとは思えなかった。

 マトモな会話が成立しているように思えるのは表面上だけで、中身は典型的な人から転じた魔。


 聞きたいコトしか聞かないし、見たいモノしか見ない。


 ヴィクターをして歪んだ認知能力と評価するほかない。


「だとしても、あのクソ女っぷりはきっと生前からだろうが……」


 高慢な性格も、気位の高さも。

 魔物に堕ちて一層手が付けられない〝害悪〟になっている。


 一方で、堕ちた大魔法使いはベクトルが別だ。


 ヴィクターは刻印騎士団の長、憤怒の剣など一度も聞いたコトが無いが、ゼオメイガスは死してなおも復讐に取り憑かれている。

 闇の公子の命令には素直に従っているようだが、同格である外道鍛冶や黄衣の女怪に指図される謂れは無いと。

 エル・セーレンでは単独行動(スタンドプレー)に走っていた。


「……でも、何もかももう終わりだ」


 ヴィクターはついに見つけた。

 抜け落ちていたピース。

 足りていなかった最後の欠片。


 鋼鉄の肉体()はある。

 水銀蒸気の(血液)もある。

 もはや完璧な被造物に嵌め込むべき部品は、精神(神性)だけ。


「黒詩の魔女、ヴァシリーサが有する呪文の原初(オリジン)を確保する」


 神秘の解体者。

 かつて妖精の友を解剖したのと同じように、第八の神秘もまた解体してみせよう。

 想定外のイレギュラーなど、立ち入らせてなるものか。


「誰にも邪魔はさせない……何にも計画は阻ませない……駆け巡る蒸気の血潮に誓って僕が命じる──平伏せ世界」


 総攻撃だ。

 エル・セーレンの王が、ヴァシリーサの〈領域(レルム)〉に侵攻を開始した。




────────────

tips:グレムリン


 人間の道具、特に機械に対してイタズラを仕掛ける妖精の通り名。

 天性の壊し屋であり、しかし言い換えれば、それは〝どうやったら物が壊れるのか仕組みを完全に把握している〟とも取れる。

 幼き日のヴィクターは、そんな友だちから多くの学びを得ていた。

 なのに殺した。



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