【挽歌】のエレイン
エインヘリャル 汝の御魂は
ヴァルキュリャの手に導かれ
汝らがため主が造りたもうた
ヴァルハラへ征くでしょう……
怒号、喊声、炸裂音。様々な音が飛び交う中で、その男は歌を口ずさむ。周りの喧騒など聞こえないかのごとく、悠々と戦場を闊歩する。恰好の餌食とばかりに襲いかかってくる敵兵はしかし、彼の得物にいなされる。
剣にしては柄が長く、槍にしては穂先が大きい。グレイブと呼ばれるその武器は、正規兵には縁がない。鎧兜も見慣れぬもので、腕章の色と紋章によって、ようやく味方と判断できる。
その男は傭兵だった。エレインという名のその男は、攻撃を受けてなお歌を止めない。ナメられていると思い激昂した相手が、剣の切っ先を向けて突っ込んでいく。エレインは冷静に穂先を合わせ、反らす。勢い余って崩れた相手の鎧の隙間に、その刃を叩き込む。噴き出した血の池に、敵が一人沈んでいく。
歌に誘われるかのごとく、敵兵が次々とエレインを襲う。しかし、彼の歌は止まらない。止まるのは、敵の生命活動のみ。彼が歩いたその後ろには、敵が散らした紅い華が道のように続いていた。
やがて空に、赤く輝く信号弾がどちらからともなく打ち上がる。
戦闘終了の合図。この日の戦闘が、終わりを告げた。
「――あれは本当に、挽歌なのですか?」
戦終わりの駐屯地で、まだ少年といってもいいような年若い兵士が、エレインに声をかけていた。そうだという返事に、彼は首を傾げていた。
「本当ですか? 戦士の魂が戦乙女に導かれてヴァルハラへ行く……鎮魂歌あるいは戦士の賛歌と言うべきものでは?」
その問いに、エレインは笑う。
「何も知らなければ、そう聞こえるかもしれない。だが……ヴァルハラがどういったものか、知っているかね?」
曰く。ヴァルハラとは、主神が神々の最終決戦に備えるための駐屯地。その日が来るまで、集められた戦士達は殺し合いと生き返りを繰り返し、己の武を鍛えるのだという。
「死してなお、戦の駒となるために、殺し殺され生き返り、その繰り返し。そんな場所へ行くことが、悲しい以外の何だというのか。それを是とする信仰が、悲しい以外の何だというのか」
「……なぜ、戦場でそれを歌うのですか?」
「主には、自戒かな。『戦士の栄誉』が待っていることを忘れないように……初陣で、初めて殺した敵が持っていた、家族からの手紙。そこで初めて、そういうものがあると知った。自分がその『栄誉』に与らないように歌うのさ」
――今日もまた、戦闘が始まる。その戦場に、グレイブを持った男が立つ。
【挽歌】のエレイン。
彼の武勇とその歌は、まだ止まらない。