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奴隷を育てる施設



 その日から、ローニャの新たな生活が始まることとなった。


 ローベルトの言った通り、家の中には数人の子供たちがいた。ローニャより少し年下の者、年上の者……どちらかと言えば、男の子よりも女の子の割合が、多い。みんなで一緒に暮らすなんて、楽しそうだとローニャは思った。


 しかし、一つ気になったことがある。子供たちみんな……目が、死んでいるのだ。その理由が、当初はわからなかった。こんな広いお家に住んで、どんなこんな目をしているのだろう。その目はまるで、スラム街で暮らす人間のもののようだった。


 彼らが、そんな顔をしている理由……それは、すぐに、わかることになる。



 ガシャンッ



「キャッ……」



 ある時、食器を洗っている際だった、不注意で皿を割ってしまた。すると、ローベルトに叩かれるのだ。頭を、お腹を、お尻を……しかし、不思議と顔だけは、叩かれなかった。


 皿を割る、だけではない。なにかを失敗すると、決まって叩かれるのだ。ローニャだけではない、誰であろうと、他の子の前であろうと。


 温かいご飯は食べられる、寝床もある……だが、なにかを失敗すると、それだけで暴力が飛んでくる。だからこそ、子供たちは必要以上にびくびくしているし、特にローベルトの前では肩に手を置かれただけでも震えてしまうほど、過敏になる。


 次第に、ローニャは気づいた……ここは、ただ身寄りのない子供を匿っているだけの場所ではない、と。


 そして、その予感が確信に変わったのは……子供たちの中でも年長の、パニャという少女がここから居なくなったときだった。



「パニャ、お前の買い手が見つかったぞ。以前ここを訪れた御曹司だ」



 ある日、ローベルトが珍しく笑顔で、パニャの頭を撫でていた。以前、この家を訪れた男がいた。三十代くらいであった記憶だ……彼は、ここにいる子供たちをまるで見物(ねぶみ)するように、一人ひとりを見て回った。


 その日はそのまま帰っていったが……どうやら、その男性はパニャをお気に召したらしい。後日手続きに訪れた際、パニャを見ていた。当時のローニャには、それがどんな意味を持った視線であるか気づかなかった。ただ、里親が見つかり、良かったねと思っただけだ。


 後になって思えば、男は、パニャをいやらしい目で見ていた。まだ十代そこらの少女の身体を。



「パニャ、寂しいけど、新しいお家でも元気でね!」


「う、うん」



 里親の話を受け、パニャは嬉しそうどころか震えていた。嬉しさに震える、というわけではない。顔は青ざめ、しかし御曹司やローベルトに気づかれないように努めていた。


 ここでの生活は、気をつけてさえいれば不自由はない。だが、御曹司、お金持ちともなれば、そこに貰われればこことは比べ物にならない生活が待っているだろう。バラ色の人生だ。なのに、どうしてそんな顔をしているのか、ローニャにはわからなかった。


 ……いや、気付こうとしなかった。



「うっ……ぐす……」



 その日の夜、パニャは人知れず泣いていた。ローニャには、いや誰にもわからないだろう、彼女の心中は。


 パニャはローニャより年上であり、この家にいる期間も長いようだ。だから、パニャは自分より先に家を出ていった子供たちを、何人も見てきた。初めのうちは、みんなどこかに貰われていってそのことに、なんの疑問も抱かなかった。


 寂しいが、みんな、幸せになってくれたらいい……そう、思っていた。その気持ちが、崩れてしまったのはいつからだっただろう。


 パニャはある時、家の敷地の外に、見知った顔を見た。仲の良かった子だ。彼女は明るく、パニャを始め子供たちみんなの中心的存在だった。


 そんな彼女が……見る影もなく、暗い表情へと変貌していた。この家にいた時よりも、だ。そんな顔、見たことがなかった。



『……パニャ』



 そう、口を開く彼女の声は以前のような元気はなかった。彼女は話した……あの日、男に買われてからというもの、自分の生活が一変してしまったことを。……悪い方に。


 温かい食事、気持ちのいい寝床……あの頃より、豪華な生活をしていた。だが、それだけではなかった……男は、彼女に女としての奉仕を求めてきた。毎日のように、痛がる彼女を気にすることもなく。


 朝、昼、晩……男が求めれば、彼女はどこでだって、その身体を触られる。少女だった彼女の身体は、すっかり大人のそれへと変えられていった。望んでいない成長を、強制された。


 それを聞いたパニャは、悟った……ここに、子供しかいない理由。子供ならば、自分の好きなように調教し育てやすい。ここで家事を学んでいったのも、買われていった家先で買い手の奉仕をするためだけのもの。里親探しの家なんて表向きだ、実際には……奴隷を、育てるためのもの。


 男の子よりも女の子の比率が多いのも、そういった理由だろう。それを悟った瞬間、パニャは絶望した。



「……」



 事の重大さを知ったパニャは、みんなにこのことを話すか迷った。知らずにいて後々地獄に落ちるか、知って覚悟を決めるか……


 結果、みんなにこのことを話した。その事実に、子供たちはショックを受けた。逃げられない運命を呪った……以前ここから逃げようとした子供が、見つかりひどく叩かれた。それ以来、脱走なんて選択肢は消えていた。


 それから、ずっと素知らぬ顔で生きてきたが……ついに、この日パニャは買われてしまった。この先、自分になにが起こるのか、想像するのも恐ろしい。


 パニャは、ローニャにもみんなと同じことを話した。それを聞いたローニャは……不思議と、ショックはなかった。その言葉の意味することを、本当には理解していなかったのかもしれない。


 買われ、ここから居なくなる……その事実だけを噛み締め、ローニャはパニャを見送った。



 ……それから、ローニャがこの家を去ることになるのは、さらに三年が経過した頃だった。

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