二人の戦い
「お、らぁ!」
「ぐはっ!」
少女の膝打ちが、男の顔面にヒットする。よろついたところを、回し蹴りの要領で頬に蹴りを入れ、ぶっ飛ばす。
後ろから迫ってくる気配を感じ、姿勢を低くしそれを回避。そのまま地面に手を付き、逆立ちをする形で一気に足を振り上げると……狙ってか偶然か、踵は男の金的にヒットした。
「っ!?」
「おっとっと、わりぃわりぃ」
急所に一撃を入れられた男は悶絶し、その場に倒れる。逆立ちから前転をするようにしてその場に立ち上がった少女……ノットは、膝を付き股間を押さえている男の顎を蹴り上げ、意識を奪う。
二十はいた、国の警備隊の男たち……それはすでに、ノットの手によって壊滅させられていた。
立っているのは、三人。他にもスラム街の人間を含めればまだ数はあるが、あれらは戦いどころか喧嘩も満足にできない連中だ。
気性は偉いが、痩せこけた体に加え空腹で力が入らない。喧嘩できるのは同じ土俵の、人間同士……今のノットの敵ではない。おおかた、ノットとローニャの居場所を伝え、報奨でも貰おうとしたのだろう。
二人には国で多額の懸賞金がかけられている。しかし自分たちで捕まえるのは無理、ともなれば分け前は減るが、通報するだけでも金は貰える。そういう考えだ。
ちなみに、残ったローニャはというと……
「おとなしく、しろ!」
「わ、わぁ!」
ノットに比べ捕まえやすいと思われたのか、スラム街の人間に襲われている。しかし、捕まらない……右へ左へ避け、うまく回避しているのだ。
そして、痺れを切らした相手の動きが大きく、雑になってくる。生まれる隙、そこをローニャは狙い、男に足払いを仕掛ける。
頭に血が上り、自分よりも格下だと思っていた少女の反撃に、男は反応できない。無様に転んでしまい、その頭を肘で打たれ気絶する。
「あっはは、ローニャもなかなかやるもんだろ!」
その様子に、ノットは満足気に笑う。ローニャは気弱だし、所詮ノットの後ろに隠れているだけの金魚のフン……そうでは、ない。
彼女は確かに戦いに向いていないし、こうして自衛ならばできる。ノットにできないことも、ローニャにならできる。そもそも、ノットはなにもできない人間を守って食わせてやるほど、お人好しではない。
「くそ、なんてことだ。応援は……」
「ダメです、ここから離れようとしたものから、狙われます」
残る三人、そのうちの一人が、冷や汗を流す。最初は、簡単な仕事だと思っていた。街を騒がせているこそ泥、それを捕まえれば、昇進に繋がると思った。
なぜだかわからないが、小娘二人にこれほど多額の懸賞金がかけられているなどと……疑問には、思った。しかし相手は単なるこそ泥だ。それよりも、目の前のチャンスに、舞い上がった。
年端も行かぬ少女、捕まえてそれで終わり。盗人を捕らえれば国民からは感謝され、手柄を上げれば王から評価される。出世の、第一歩だと、そう思っていたのに……
「俺が時間を稼ぐ、その間に応援を呼びに行け!」
初めは、二十人もいらないと思った。たかが小娘二人だ。しかし、今日は特にやることもなく、部下も暇を持て余していた。運動がてら、ちょうどいいと思った。
相手は盗みを働くだけの貧民の少女。対してこちらは、日々訓練を重ねた兵士。少々大人気ないが、一気に潰させてもらおうと……そう、思っていたのに。
一人、また一人とやられていく。これはまずいと思った。ここにいる全員、このまま全滅させられてしまう……そうなる前に、応援を呼ばなければ。たった二人の盗人、それも少女なんかに、応援を呼びに行くなど考えられない。なんたる屈辱。
だが、応援を呼んででも、この少女たちは今までにここで捕まえなければと、本能が告げていた。なのに、応援を呼びにこの場を離れようとした兵士から、真っ先に狙われる。あの少女の、凄まじい速さによって。
「くっ……!」
途中から、油断はなかった。初めは、楽な仕事だと油断していた。だがやられたのが半分になったところで、これはいけないと気を引き締め直した。
それでも、少女の速さは目で負えない。これでも、時には魔物と戦うこともあったのだ。なのに人間の、それも小娘に……
いや、よそう。そうやって盗人だ小娘だと見下すから足をすくわれるのだ。業腹だが、認めざるを得ない。相手は、訓練を積んだ兵士を凌駕する力の持ち主であり、おそらく自分よりも……
「ぐわぁ!」
「……!」
強い……そう、考えていた最中に、悲鳴は上がった。今、応援を呼びに行こうとした兵士だ。
考え事はしていた。だが、意識はそらさなかった、、視線も少女に向けていた。なのに……見えなかった。いつの間に、自分の背後にいる部下を倒し、そして……
……自分の首筋に、ナイフを押し当てているのかさえも。
「お仕事ごくろーさん。惜しかったな……もうすぐにでも、アタシらはここを出ていくつもりさ。あとちょっと来るのが遅ければ、あんたらはこんなにならずに済んだのにな」
ノットは、人を殺したことはない。ローニャもだ。これまで、いろいろなことをしてきたが殺人だけは、したことがない。それは、してはいけないことだとわかっていたからか、それとも単に必要を感じなかったからか。
今だってそうだ。ほぼ全員動けなくしているが、殺してはいない。骨は何本かイッているだろうが、命があるだけ随分マシというものだろう。
もっとも、人を殺したことがないというだけで、必要に迫られれば……やるだろう。もはやノットにとって、なにが正しくてなにが悪いことなのか、善悪の区別はつかなくなっていた。
「行こうぜ、ローニャ」
「うん」
「なに、ま……っ!」
兵士からナイフを引くが、代わりに太ももにナイフを突き刺す。兵士は立っていられずに膝をつくが、二人は素知らぬ顔で、去っていく。
ちなみに、兵士に情報を流したスラム街の人間も、ボコボコにしておいた。
二人は、この国を後にした。