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二人の子供



「……ニャ……ロー…………ローニャ!」


「ふぁ!?」



 耳元で、誰かがなにかを言っている、その声の大きさはどんどんと大きくなっていき……叫ぶほどとなった声の大きさに、少女は眠っていた意識を一気に覚醒させ、飛び起きた。耳元で叫ばれたせいだろう、寝起きの頭の中はキンキンと響き、脳がぐわんぐわん揺れているようだ。


 暗闇の中にあった意識、それが今は、視界の先にある見知らぬ天井を見上げている。背中に感じるのは、固い布の感触。



「おいローニャ、そろそろ起きろよ。昼になっちまうぞ」


「……ん」



 ぼーっとする頭、キンキンする耳……そこに、先ほど耳元で聞いた声が、今度は優しく入り込んでくる。自分のことを呼んでいる。それは苛立ち、というよりも呆れに近いニュアンスだ。


 何度呼んでも起きない相手につい叫んでしまったが、それもいつものことだと、思い直したのだろう。


 目を何度かぱちくりさせ、声の主の方へと視線を向ける。そこには、床にあぐらをかいて座っている女の子がいる。



「……ノアリ」



 彼女が誰なのか、考えるまでもなくローニャは、彼女の名前を呼んだ。彼女は、ノアリと言う。


 そこで、ようやく思い出してきた。不明確だった記憶が、だんだんと確かなものに。ここは空き家で、昨夜忍び込み寝床としていた。寝そべっていたのは布団だが、これが固くて床で寝るのとそう大差がないほど。でも、布の上に寝転がるのは久しぶりだったので、布団にして寝たのだ。


 とはいえ、ノアリの様子からローニャはすやすやとぐっすり眠っていたのだろう。自分がどんな寝顔をさらしていたのか、考えるのも恥ずかしいローニャは少し顔を赤らめた。



「ごめん、今何時?」


「言ったろ、もう昼になる。見ろ、太陽が真上に上がっていってる」



 ノアリが指差すのは、割れた窓の先。眩しい太陽が空に昇っており、その位置からも、昼になるという彼女の言葉は正解のようだった。


 時間を確認する術は、太陽の傾き具合。それを確認するのが手っ取り早い……というか、それくらいしか今の自分たちには確認する手段がない。



「今日も毎度のごとく、生活のためにあれやこれや手に入れなきゃいけないんだからな。ちゃんと脳ミソ覚ましとけよ」


「う、うん」



 男勝りな口調のノアリは、おとなしめなローニャとは対照的に勝ち気で、活発で、行動的だ。自分にはないものを持っているノアリを、ローニャはうらやましく思っていた。


 同時に、自分では決して彼女のようにはなれないだろうなというのも、わかっていた。



「ほら、食いな。昨日の残りだ」


「あ、ありがとう」



 そう言って渡されたのは、昨夜半分ほど食べて残しておいたパンだ。それを口に含むと、簡単には噛みちぎれないほどに固く、また口の中に含んでもパサパサだ。


 口の中の水分がなくなってしまう。が、飲み物はない。仕方ないので、パンを何度も噛むことで唾液を出し、それで飲み込んでいく。


 もしも食べ物に困っていない者ならば、このパンはとても食べられたものじゃないと捨てていただろう。だが、ローニャたちはそれができない立場にある。


 そもそもとして、このパンはこの空き家で見つけたものだ。当初はカビが生えていたほどで、それを払い見た目には問題ない状態となった。そんなパンを食べねば生きていけないほど、二人の生活は切羽しているということだ。



「ん、ノアリは……?」


「アタシはもう食った。いやー、くそマジいけど、食えるだけマシってもんだな」



 そう笑うノアリは、なんと強いのだろう。とても食べられたものじゃないというほどのものでも、前向きに捉えている。


 事実、食べられるものがあっただけ恵まれている。これまで生きていた中で、空腹で過ごした期間は決して短くない。とはいえ、この空腹生活で見つけた技がある。


 ひとつのものを、たくさん噛むのだ。元々、食べるものが少なく、口が寂しくないように何度も噛んで誤魔化していたのだが、どうやら何度も噛むことで空腹も誤魔化せるというのがわかった。


 もっとも、それは根本的な解決にはなっていないのだが。



「やっぱり、盗んだものの方がおいしいね」


「まあなー、これは盗んだもんじゃなく落ちてたもんだ。だから、堂々と食っても誰にも文句を言われる筋合いはない。けど……いつから放置されてたのか、まずいのなんのってな」


「うん。あむ……」



 二人の生活は、主に盗みでその日その日を食いつないでいる。よって、いつも人に見つからないように隠れて素早く食べるのが基本だ。美味しい食べ物でも美味しくない食べ物でも、味わう暇もない。


 一つの場所に留まるのはリスクが高いため、ある程度長居するか、危険だと判断すれば活動地点を移動する。


 国から町へ、町から村へ……移動する間、盗みなどはできなくなってしまうため、自然とサバイバル能力が身に付く。だが……常に食料を手に入れられるわけではない。モンスターを狩って食べようにも、モンスターの生息しない地域もあるし、ノットとローニャに近づこうとしないモンスターもいる。


 そんなのをわざわざ追いかけたりはしないし、怯えないモンスターはまず二人の手に負えない。そのため、空腹とは、常に隣り合わせだ。


 さらに、人里でないところでは『魔物』が現れる危険性がある。魔物とは詳しくはわからないが、狂暴な獣とのこと。モンスターとはまた違うようだが、ローニャにはよくわかっていない。が、以前遠目から見たことがある。その経験を踏まえるならば、モンスターよりも獰猛のようだ。


 なので、できることならば安全な場所を確保したいのだが……うまくは、いかないものだ。



「ん……ごちそうさま」



 パサパサのパンを食べ終え、ローニャは手を合わせる。こんなものでも、ローニャたちにとっては大切な食料だ。感謝の気持ちは忘れない。


 それを見て、ノットはケラケラと笑う。



「毎度毎度ご丁寧なこったなぁ」


「だって……ご飯食べられるのは、ありがたいでしょ? 感謝しないと」


「感謝ねぇ……無駄なことだな」



 ローニャの行いをノットは一蹴し、大きなあくびをする。その仕草に、ローニャは苦笑いを浮かべる。


 ローニャとノアリの性格は、正反対だ。おとなしめで慎重なローニャに対し、ノットは何事にもおおざっぱだ。食料のありがたさに感謝するローニャに、そもそもこんなことをしないと食料を得られないことへの不満を露にするノット。もちろん、ローニャにも不満がないわけではないが、それを大っぴらにしないだけだ。


 正反対な二人、だがだからこそ、うまくいくこともあるのかもしれない。ローニャだけならばなにもできずに死んでいたかもしれないし、ノットだけならもっと早い段階で誰かに捕まっていただろう。


 このくそみたいな生活の中で、お互いに出会えたことが……ローニャとノットにとって、一番の幸せだったのかもしれない。

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