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禁術の始まり【後編】



 村の人間は誰一人、男の行いを喜んではくれなかったのだ。

 それどころか、なんてことをしたのだと、周りから口々に責め立てられた。死者を生き返らせるなど、正気の沙汰ではないと。


 男は困惑した。なぜ、誰も喜ばない。なぜ、こんなに責められる。きっと彼女の両親がいれば、喜んでくれたに違いないのに。あぁ、彼女の両親は、彼女を捨てたのだったか。


 彼女の姿を見せても、誰も喜ばない。それどころか、みな恐怖している。


「あのときの、姿のままだ……どうなってんだ」


「く、来るな! お前もだ、なんて愚かなことをしたんだ!」


 村人の目は、まるで化け物を見るような目だ。シアも、男も。

 あれから何十年。当時、彼女が死んだことを悲しんだ者は大半が死んでいる。生きていても、老いていく自分と比較し、当時のままの姿の彼女は、さぞおそろしかっただろう。


 確かに、シアが死んだことは悲しい。だが、彼女の死を反省した人々は改めて、自分たちの力だけで生きることを決意して、今日まで暮らしてきた。

 暮らしてきたのだ。


「ふざけるな! お前たち、ここから出ていけ!」


 ……死者を生き返らせた男と、当時のままの姿のシア。人々の反応は、男に取っては予想だにしないものだった。

 そして、気持ちが冷めていくのを感じる。


 もう、この村は自分を受け入れてはくれない。生き返った彼女にも、生き返らせた自分にも、村の人間はまるで、化け物でも見るような目を向けている。

 そしてそれは、おそらく間違ってはいないのだ。


 そう感じた男は、彼女とここを出ていくことにした。どこか、遠くへ……そこで、魔法の研究をして、二人で暮らせれば、それで……


「わかったよ、出ていく。行こう、シア」


「そいつはシアじゃない! 化け物だ! お前もだこの……」



 ザクッ……!



「ぇ……」


 村から去るため背を向けた男に、最後まで罵倒が浴びせられる。どうやら、死者を生き返らせることは、予想以上にまずいことだったらしい。

 男は村人の言葉に反応することなく、シアの手を取ろうとして……その手が、空を切った。


 直後、聞こえたのは……肉を裂くような、音。反射的に振り返った男の目に映ったのは……


「ぁ……え……」


 先ほど、馬頭を浴びせていた村人の腹に……腕を突き刺している、シアの姿だった。

 腕を引き抜き、その腕にはべったりと、血が付いている。


「し、シア……ぁ……!?」


 ……男の腹には、穴が空いていた。なにかが、突き刺さったような感覚……それは、視線を向ければすぐにわかる。彼女の腕が、男の腹部を貫いていた。

 光の灯らない瞳が……男を、冷たく見下ろしていた。


「なん、で……」


 疑問に答えてもらえるわけもなく……男はそのまま、絶命し……倒れた。

 生涯の半分以上を費やし、ようやく生き返らせることができた彼女に、命を奪われた。……最期、男の目に映った彼女は……笑っていた。


「ひ、ひぃいいいい!」


 ようやく、事態の深刻さに気付いた村人たちは怯え、逃げるが……彼女の残虐は、それに留まらなかった。

 怯え叫ぶ村の人間を、次々に殺していった。その身で、または魔法で、使えるものは彼女にとって、これ以上ない凶器となって。


 村の人間を殺して、殺して、殺して……


「あは、あはは……あはははははは!」


 赤い雨に濡れ、村人を殺し尽くした彼女は、村を出ていく。どこか目的地があるのか、わからない。彼女がなにを考えているのか、そもそも生前の記憶があるのかさえわからない。

 だが、生前好きだった男を……殺し、挙げ句頭を踏み潰したことをなんとも思わないほどに、彼女は狂っていた。

 いや、狂ってしまっていた。それだけは、見てそう感じていた。


 村の人間を殺し尽くした……しかし、ただ一人だけ生き残りがいた。男や彼女と同じ時を過ごした、男性だ。

 彼は、死んだふりをしていた……それは、関係ない。生きている者も、死んでいる者も、等しく彼女に蹂躙されたのだから。


 彼は最後の生き残りとなったのは事実だ。そして、自分も殺されてしまう……そう、覚悟した。

 しかし……


「……っ……」


「……?」


 彼女は、急に動きを止めて……なぜだか、軽くお腹を擦った後、ゆっくりと村を去っていった。

 その後ろ姿を見送る男は、なにが起こったかわからない。もちろん、彼女自身も。


 ……彼女のお腹の中で、なにかが暴れ……とん、と、誰かがお腹を蹴った。小さき命の存在に、きっと、誰も気づかない。


「は、ぁ……!」


 ただ一人、生き残ってしまった男性は。

 彼女が狂ってしまった……いやもしかしたら、彼女を生き返らせようと考えた男が、すでに狂っていたのかもしれないと、思った。


 男性は、村から逃げ……逃げて、逃げて、逃げて。そうして別の村にたどり着き、目で見たことを話した。死んだ人間が生き返り、村の人間を殺したと。

 涙ながらに訴えて、そして……


「あははははは!」


 誰も、信じてはくれない。当然だ。この目で見た当人だって、あれが夢ではないかと思っているのだから。

 ならばせめて、記録に残しておこうと、男性は思った。



『生き返った死者が、村を蹂躙した』


『村の人間は皆殺しにされた』


『私も殺されるかもしれない』


『怖い、恐ろしい』


『毎晩夢に見る』



 ……日記のような、それともただ自分の感情を書きなぐっただけのような、手記。それは男性が毎日、死ぬまで書き続けたもの。

 それは忘れてはならないという使命からか。それとも、彼もまた狂気に取りつかれてしまったのか。


 男性が寿命を迎え死んだあと、手記がどうなったのかは誰にもわからない。彼が最後暮らしていた村のどこかに隠したのか、誰かに託したのか、男性と共に眠ってしまったのか。


 それとも、男が彼女の死体を掘り起こしたように、何者かが男性の墓から手記を持っていったかもしれない。


 行方のわからなくなった手記……その最後の一ページには、他よりも大きな文字で、文章となってこう書かれていた。



『生き返った獣人の彼女が、今もどこかで死ぬまで殺戮の限りを尽くしているかもしれない。

いやそもそも、生き返った彼女には寿命があるのだろうか。

あぁ、なんて恐ろしい……死んだ者を生き返らせる、なんて行為は神に唾する行為だ。

絶対に試してはいけない。

だが、誰も信じてはくれない。

だからせめて、ここに書き記す。

オリジ村の悲劇を繰り返してはならない。

死者を生き返らせる禁断の行為を……"禁術"を』

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