禁術の始まり【前編】
本編第241部分
【追憶番外編】とある人物のとある罪
のお話を膨らませたものです。
……これは、千年を超えるほどに昔の話。人間はもちろん、人間よりも寿命の長い魔族、長寿であるエルフ族さえも誰も知らない、話。
世に禁術と呼ばれる術が生まれるに至った、最初の物語だ。
「今日もいい天気……うん、いい研究日和だな」
その村は、平和な村だった。そこに一人の、男がいた。少年から青年へと成長する時期にいる男は、平凡な人間で、魔力を持っていない。魔法は使えないのだ。
しかし魔法という現象に興味を抱く、好奇心の強い人物だった。
そんな男には、一人の幼なじみがいた。女の子だ。彼女は人間ではなく獣人であると同時に、優秀な魔法使いでもあった。
それどころか、十七にして村でも一、二を争う実力を持っていた。そんな幼なじみがいることが、男にとっては自分のことのように誇らしかった。
両親はおらず、独り暮らし。しかし持ち前の明るさから、村の人間と仲が良かった。
ひねくれものの男とは正反対だ。
「あんたはいつでも研究に没頭しているでしょうが」
「ははは。なあシア、今日も頼むよ」
「……仕方ないわね」
男は、魔法に興味津々だ。本当ならば自分で魔法を使い、研究したいが、男には魔法の才能が、悲しいほどにまったくない。
そして幼なじみの彼女シアは、男に対して特別な感情を抱いていた。そんな彼女が、男のために一肌脱ぐのは、必然でもあった。
当然、自分の気持ちは隠しているし、男も鈍いから気づいていない。
「シアちゃんったら、また彼のお手伝い? お熱ねぇ」
「そ、そんなんじゃないですよっ」
……まあ、周囲にはすっかりバレていたらしいが。
仕方ないと言いつつ、まんざらでもないシアは、魔法の研究をしたいと言われれば目の前で魔法を披露して見せた。どんな魔法があって、どんなことができるのか聞かれれば、実際に答えて、試してみた。
男を空中に浮かしたり、火傷をしない程度の火を浴びせたり、逆に自らが体を張ったこともあった。
「おぉ、すげえ、すげえなぁ!」
男は自分が魔法は使えないが、それを悲観することはなかった。一生懸命に研究に打ち込むその姿は、村の人々から見れば奇怪に映ったかもしれない。
だがシアには、そんな男の姿が、とても輝いて見えていた。だから、力を貸してあげたいと思った。
それに、それは研究でもあったが、シアにとっては男と遊んでいる気分でもあった。
魔法を使って、その目新しさに男は目を輝かせる。それが、シアには楽しかったのだ。
「あははは!」
……やがて、年月が経つ。数年だ。一般的にも、二人は子供から大人へと言われる年齢へと成長していく。
その間も二人の関係に変化は訪れなかった。シアにとっては不服だが、同時にこの関係が好きでもあった。魔法の研究という間柄は変わらず続いていたのだ。
魔法研究に熱心な男が、幼なじみの力を借りて研究する。彼がなにをしているのかシアにはさっぱりだったが、そんなものどうでもよかった。
彼女は、優秀な魔法使いだった。幼くとも村一番を誇る彼女の力は、この数年の間にまた一段と上がった。
「いやあ、いつも悪いねえシアちゃん。大助かりだよ」
「いえ、これくらい」
シアの魔法は、村のみんなの役に立つことが多かった。重いものを運ぶ、火を起こす、小規模なら雨も降らせる……それは村の助けとなり、シアもまたみんなの役に立てることが嬉しかった。
シアの魔法は、ただ日常生活を有意義にするために、使われることが多かった。家事に、料理に、力仕事に……あらゆる面で、魔法は役に立った。
これより遥か未来、人々と魔族の間で戦いが起きる……その際、魔法というものはほとんど、戦いの道具として使われることとなる。
しかし、本来魔法とはこういった、生活の役に立つためだけのものであることが、望ましいのかもしれない。
「よ、シア。今日もよろしく」
「ん……うん」
今日も今日とて、シアは男の研究に付き合う。しかし、最近ではシアの反応に、少しだけおかしなものが見えるようになった。
男に声をかけられる度、若干頬を赤くして、猫耳はピコピコと動き、尻尾はゆらゆらと揺れる。
獣人特有の、動き。それが負ではなく、正の感情から来るものでることは、おそらく本人以外が知っている。
……先ほど、二人の関係に変化は訪れなかった、と記載したが、これは正確には誤りだ。
この数年の間に……というか、わずか数日前に、それはあった。その日は、男とシアは、二人で酒を飲んでいた。
男は、魔法の研究に進歩があったと喜んでいた。どうやら、魔力を持たない自分でも、魔法が使えるようになるかもしれないというもの。
男の態度に、シアも喜んだ。彼が楽しそうなら、シアも楽しい。
楽しくて、楽しくて……つい、酒を飲みすぎてしまい……
一夜の過ちを犯した。
『……やっちゃった……?』
翌朝、目覚めたシアは昨夜の出来事を思い出し、顔を赤らめた。しかも、ベッドの上には裸の自分、隣には眠っている裸の男。
そっと、お腹を擦る。これが夢ではなく現実。それを理解した瞬間……あろうことか、シアはその場から逃げ出した。
そして、その数時間後。魔法研究の時間、いつも通りの時間、いつも通りの場所で男に会う……シアはどんな顔をして会えばいいのかわからなかったが……
いざ、顔をあわせる。すると、これもあろうことか……男は、昨夜の出来事をきれいさっぱり忘れていた。
『いっつつつ、昨夜飲みすぎたか……シアも、いつの間に帰ったんだよ。
……って、顔真っ赤だぞ。大丈夫か?』
この始末である。そりゃあ、昨夜はこれまで見たことがないほどに酔っぱらっていたし、これまで見たことがないほどに激しかったけれども。
シアにとっては、覚えてなくてほっとしたような、はたまた残念なような。
「ん? シアどうかしたか?」
「なーんでもない。……ばーか」
たった数日前の出来事……その出来事を機に、二人の関係が変わることなんてことはなく。
関係が変わるほどの出来事はあったのに、二人は以前のままだ。
まあでも、それでもいいかと、シアは思っていた。いつか、気持ちの整理がついたときにでも、研究が一段落してからでも、あの時の出来事を、事細かに説明してやろう。
そしてこの研究バカに、既成事実でも突き付けてやろうか。
「なんだよさっきからニヤニヤして……気持ち悪いやつだな」
「ふふっ、なんでもないよ、ばーか」
……それから、シアが亡くなったのは、わずか数日後のことだった。
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