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もう戻れない



 久しぶりに再会した、友人……しかし彼女は、ローニャを信じられないようなものを見る目で、見ている。


 なぜそんな目を向けられるのか。ローニャには、わからなかった。



「お前……」


「で……そっちの誰かさんは、誰なのかなぁ?」


「っ……!」



 ローニャの目は、ノットと対峙するように立つ女へと向けられた。瞬間、女の肩が跳ねる。


 ノットと対峙する彼女は……アンズは、かつてローニャと面識がある。だが、ローニャはその事実に気付かない。アンズもまた、同じように。


 それは、お互いがお互いを認識できないほどに、変わってしまっていたから……特にローニャは、ノットをノットと認識できただけで、奇跡なほどに壊れていた。



「……?」



 それでも、どこかで見たことがあるかも……程度には、思っていた。


 いったい、どこで会った誰であったか……それを思い出すより先に、ローニャの体が炎に包まれる。


 アンズによる、ノットの炎に焼かれたのだ。本来ならば、これだけでも死んでしまうであろう、威力。しかし……



「っはぁ……今の、痛かったよ……多分。でも、ね、意味ないんだ私には。もう痛いのも、苦しいのも……そういうの、なにも感じないんだ」



 ローニャにはとってはもう、痛みも苦しみも、大した意味などない。痛みこそ感じても、だからどうしたという程度なのだ。


 変わり果てた友人だった者の姿に、ノットが困惑した表情を見せた。青ざめている。



「お前……なにが、目的だ。ここで再会したのは、偶然だろう。けど……私を、どうしたいんだ。恨んでないとは言ったが……言っとくが、私はあの時あんたを見捨てたことを、詫びるつもりはない。なにをすれば罪滅ぼしになるとか、そんなことを受け入れるつもりもない。再会して混乱してたが、もし私の邪魔をするなら、あんたを……」


「だぁかぁらぁ、違うんだってば。ノット、私はね……言ったよね、ノットを恨んでないし、今幸せだって。言ったよね?」


「……じゃあ、なにがしたいんだ」


「また、昔みたいにさ、二人で、一緒に過ごそうよ」


「は……?」



 それは、まぎれもないローニャの本音。


 ノットに見捨てられ、落ちるところまで落ちてしまった。けれど、今ローニャは幸せだ。


 当初こそ、ノットを恨んだ。でも、もう、そんなことはどうでもいいのだ。また、二人で暮らそう……そうであれば、きっとまた楽しい日々が、待っているから。



「お前、なに言ってる……?」


「そんなにおかしなこと、言ってるかなー? 昔みたいに、二人で一緒に、ね? 今こ私の飼い主様なんだけど、いい人、なんだよ。ノットもきっと、気に入ってもらえるよ。右腕がないし体は所々凍傷の痕があるけど、そういうの、気にしない人だから、ねぇ?」



 ノットは、ローニャがなにを言っているのかわからない。こんなことを言う奴ではなかった……いや、そういう段階ではないのかもしれない。


 言葉が、通じているのに通じない……そんな、感覚であった。



「お前……もう、私の知ってるローニャじゃないな。完全に、おかしい」


「あは、おかしい? ノットがそれを言うんだ? 私を見捨てた、ノットが」



 二人の会話は、平行線だ。きっともう、交じり合うことはない……それが、お互いにわかってしまっているのかもしれない。


 ローニャ、ノット、そしてアンズ……三者の距離は一定で、しかし誰かが動けば即座に誰かが反応する。


 逃げようとしたアンズをノットが止めたように。ノットの意識を持って行ったアンズをローニャが睨みつけたように。



「私はもう、どうせ、あの時死んでるんだから……今は幸せだけど、別に、今の世の中に未練があるわけじゃ、ないし。殺すっていうんなら、好きにしなよ……ねぇ」


「いや、その……」



 アンズに殺すと脅されても、ローニャは顔色一つ変えない。それどころか、この場で殺して見せろと言う。


 その瞳には、もう光など映ってはいなくて……だから、だろうか。



「ノット……?」


「悪いな、死んでもいいなら……今ここで、私が殺してやる。どうせあの時私が殺したようなもんだ……今度はちゃんと、殺してやるよ」



 ノットに刺されても、刺される寸前になってもそれに気付くこともなかったのは。背中から腹部にかけて、ローニャを貫くのはノットの持つ日本刀だ……


 しかし、それを受けてもローニャは倒れない。この程度では死なない……それが、わかっているから。



「言ったじゃない。痛みは感じないんだって」


「痛みを、感じないって……程度が、あるだろ。お前、今まで、どんな生活を……」


「んー、言った通りだよ? ちゃんと聞いてなかった? それとも、私の話が嘘だって思ってたの? あの日から今日まで、いろんなことをされてきたこの体は、どんなことをされても耐えられるようになったんだー」



 刀傷は、確かにある。刀が抜かれた箇所から出血もしている。それでも……ローニャは、笑っていた。


 この程度の痛みで終われるのなら、ここまでつらい気持ちを重ねることも、なかっただろうに。



「ノット、そんなに私を殺したいなら……いいよ、一緒に、死のうよ」


「は……なにを、バカなこと言ってるんだ」


「? 本気だよ? ノットとなら一緒に死んでもいい」



 もし、一緒に死ねたなら……それはどれほど、幸せであろうか。それは、どれほど……


 ここに来て、ローニャは目を輝かせ、頬を染め……ノットに、歩み寄る。一緒に死ねば、なにも怖くないよと、そう言うように。



 チリィン……!



 ……それは、飼い主様がノットを呼ぶ際の、鈴の音。消え入りそうなほど小さく、しかしローニャには確かに聞こえるもの。



「お、おい、ローニャ……?」


「飼い主様が呼んでるから。行かないと……」



 この場に突然現れたかと思えば、用事ができたから帰るというローニャに、さすがのノットも唖然としていた。


 しかし、これはローニャにとって絶対のものだ……そこに、久しぶりに会ったノットがいようとも、関係ないことだ。



「おいローニャ待て、勝手に場を荒らしといて、勝手に帰るなんて……」


「うるさい」



 ドパッ……



「は……」



 積極的にノットに話しかけていたはずのローニャを、今度はノットが掴みかかる。しかし、ローニャはただ振り払った……その動作で手を振るうと、ノットの体が激しく出血した。


 まるでそれは、鋭い剣で斬られ、その傷口から血が勢いよく吹き出ているような……そんな、感じだった。。


 "飼い主様"のお呼びを聞き……心中しようとまで、言っていたローニャが、ノットをあっさりと切り捨てた。


 飼い主様の命令を邪魔する者は、誰であれ排除すると……そう、言っているかのように。

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