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勇者を名乗る者たち



 アンズ・クマガイ……ローニャを助けてくれた少女は、そう名乗った。


 あの町は、魔物の大群に襲われた……人々は抵抗虚しく、凶暴な生き物の前に為す術なく、命を散らしてしまった。


 魔物は、町に住まうすべての人間を殺した。切り裂き、噛み砕き、中には餌として……その場にいる人間を、殺し尽した。


 その場にいなかった、ローニャを除いて……町中の人間は、いなくなってしまった。



「ほとんどの魔物は、獲物がいなくなったことで移動したようだな。だが、死体を漁ったりして、残っていた魔物が……」


「ちょっとグレゴ、デリカシーないの!?」


「す、すまん」



 現在、ローニャはアンズたちに連れられ、道を歩いていた。町を出て、先ほど帰ってきたばかりの道を、ローニャは歩いていた。


 あのまま、死体が転がる町に置いておくわけにもいかない。だから、ひとまず隣町に……そう判断しての、ものであった。


 隣町は、ローニャは今日初めて行ったわけではない。これまでも何度か、訪れている。


 顔見知りだって、何人かはいる。



「ごめんね、このバカが」


「……いえ」



 親しかった人たちを殺され、傷心している……無理もないだろう。そう思ったアンズたちは、必要以上にローニャに話しかけることはなかった。ローニャも、自分から口は開かなかった。


 だが、ローニャが黙ったままなのは、別の理由があった……



『なんで、助けたんだ』



 口を開いたら、そんなことを……言ってはいけないことを、言ってしまいそうで。


 この人たちが、善意で助けてくれたのはわかっている。魔物に襲われている人がいれば、迷わずに助けに行く……そういう、目をした人たちだ。


 現に、彼女らは勇者パーティーとして、魔王とやらを倒す旅をしているらしい。正義感の塊のようなものだ。


 だから、彼女たちが魔物に襲われていたローニャを助けるのは、当然のことなのだ。



「…………でも、余計」


「ん、どうかした?」


「……いえ」



 自分を助けてくれた少女、その顔を直視できない。


 あのまま、死んでしまいたかった。この体はすでに汚され、この心も……身も心も、もはやボロボロであった。


 壊れ行く町や、並んだ無惨な死体を見て……ローニャは、胸の高鳴りを感じていた。久しく感じることのなかったそれは、高揚だ。


 自分に親切にしてくれた人が、見るも無惨な姿で最期を迎えた。悲しいはずなのに……確かに悲しいはずなのに、ローニャの心は、確かに高鳴っていた。



「……」



 ここで、終われる……そう、思った。自分で命を絶つ勇気も持てなかったローニャが、ついに終わりを手にする……寸前まで、いったのだ。


 襲われている人は、助ける……助けられた人は、命を拾った事実に感謝し、強く生きることだろう……そう勘違いした、お人好しに助けられなければ、今頃は……



「あ、見えたよ!」


「!」



 アンズが、はるか前方を指差す。そこは、わずか一時間前まで滞在していた、町の形があった。


 そういえば、隣町なのに魔物には襲われていないのか。ローニャはぼんやりと、思った。



「あの町は、無事みたいだね」


「そうね。まあ魔物の思考は、めちゃくちゃだから考えてもわからないわ」



 そんな会話が、聞こえた。魔物は、なにを考えているかわからない……近くに町があっても、そこを素通りすることだって、なくはない。


 さすがに目の前に人間を前にして素通りはしないだろうが、魔物の生態とは、まだまだわからないものばかりなのだという。



「僕たちも、休めそうだね」


「そうだねー」



 勇者パーティーとやらも、さすがに死体の並ぶあの町で休む気にはなれなかったようだ。単純に、ローニャを運ばなければという気持ちもあったのだろうが。


 今のローニャを一人にはできないと、こうしてご丁寧に送り届けてきたわけだ。



「ローニャちゃん、大丈夫? この町は知ってるんだよね?」


「えぇ……ご主人様のお使いで、何度か来たことが」


「ごしゅ……ご、ご両親、は?」


「いません」



 生まれた時から、ローニャは一人だった。物心ついた頃には、盗みを働いていた。両親の顔なんて知らないし、生まれたときから一人だった。


 その後、行動を共にした子はいた。けれど裏切られ、奴隷として育てられ、売られて、買われて……激動の人生の中で、両親のことなど記憶の欠片にもない。


 だから、ローニャにしてみれば両親がいないことは当たり前のことで、気にすることもないのだ。



「そ、そうなんだ……ごめんね、つらいこと聞いちゃった」


「? いえ。気にしてませんから」



 聞かれたことに、素直に答えただけ……だというのに、聞いた張本人たちは、気まずそうな顔をしていた。なんなのだろうか。


 別に、謝る必要もないが……気にする必要はないと、一応伝えておく。



「とりあえず、宿を探そっか。それとも、ローニャちゃん、どこかあてがある?」


「……いえ」



 それなりに顔を知っている人はいるが、村がなくなったのでしばらく泊めてくれ……なんて言えるほど、仲のいい人はいない。


 それに、とりあえずここに来ただけで、この先のことなど、なにも考えてなどいないのだから。



「じゃあ、宿を取ろう。私たちもしばらく滞在するつもりだから、今後のことを考えようよ」


「……はい」



 初めて会ったばかりの自分に、こんなにもよくしてくれる……いい人たちだな、とローニャは思った。


 いい人たち……少なくともこの人たちは、いいことをすることで、いいことをしたと満足している人種なのだろう。そう、思っただけだった。

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