新しいお仕事
「はい、これで良し!」
「わぁー!」
新たな生活……その第一歩として、ローニャは『制服』に手を通していた。タロットたちが着ていた、かわいらしい衣装だ。
ここでは、ナルハンドの世話をするため、この『制服』が彼女たちの普段着となる。住んでいるのは屋敷の主ナルハンドだけらしいが、これだけ広ければ掃除も大変だ。
そのための正装なのだと、ローニャは教えられた。
「ふふ、サイズもぴったりね!」
どうやらこの服を作ったのはタロットらしく、事前にサイズを聞いていたのだという。そういえば、ナルハンドが一度目に訪れた時、体のサイズを計られた。
思えば、あの時からローニャが選ばれることは決まっていたのだ。
「あ、ありがとうございます!」
「ふふ、そんなに緊張しないで。これから、いろいろと教えていくわね」
ローニャを教える立場となった、メイド長のタロット。彼女は優しく、ローニャを指導してくれた。部屋の掃除、料理の作り方、食器の洗い方……事前に、あの施設でやっていたことだから、覚えるのに苦労はなかった。
他のメイドたちとも、挨拶する。みんな人のよさそうなメイドさんであり、ローニャはすっかり安心していた。
そして、早いもので……屋敷で過ごして、数日の時が過ぎた。
「今日は、こんな時間にご主人様の部屋になんて……なんだろう」
その日、夜遅くにナルハンドの部屋に訪れるように、言いつけられていた。普段通りなら、空き部屋の掃除をしているころだ。
広い屋敷であり、ちょくちょく客人が来るため、綺麗にしておかなければならない。しかし、今日はその役目はない。
初めてのことに、ローニャは戸惑ったが……先に、タロットがナルハンドの部屋に行っているらしい。きっと、ここでの生活に慣れてきた自分に新しい仕事を教えてくれるのだろう……そう、思っていた。
なぜ、こんな時間に呼び出されたのかは、わからないが。
「……よし」
部屋の前にたどり着き、一息。髪を軽く整えてから、扉をノックする。
「ろ、ローニャです」
「……あぁ、入ってくれ」
少しして、部屋の中からナルハンドの声。それを聞いて、ローニャはゆっくりと扉に手をかけて……押して、開ける。
そして、目にした光景は……
「失礼します。あの、御用というのは……っ」
部屋の中に足を踏み入れたローニャ……その言葉が、途中で止まる。最後まで放たれることはなく、喉の奥に引っ込んでしまう。
目にした光景は、それほどまでに驚愕のものだったのだから。
「んっ……」
「おぃ……ん、来たかい、ローニャ」
ベッドに腰掛けるナルハンドは、室内に入ってきたローニャへと視線を向ける。その視線はいつもと同じもの……に、見えた。しかし、いつも通りなのはナルハンドだけ……ローニャが驚愕したのは、別のものだ。
視線を、落とす。そこには、タロットがいた……床に膝をつき、ベッドに腰掛けたナルハンドの、ちょうど下半身辺りに顔が来る形だ。
問題なのは……ナルハンドはズボンを、そして下着を脱いでいること。そして、露になったソレをタロットは、愛しそうに触って……舐めている。
「ご、ごめんなさい!」
数秒の沈黙の後、ローニャは顔を真っ赤にして、部屋を出ようとする。気付かなかった、二人がそんな関係だったなんて。
ローニャも、それがなにを意味しているのか、この数年で理解はした。きっと、二人は恋人同士なのだ。自分は、きっと時間を間違えてしまったのだ。
そう考えつつ、ローニャが部屋から出ようとしたところで……
「待つんだ、ローニャ」
「……!」
そう、ナルハンドから待ったがかかり……ローニャは、足を止めた。
「中に入るんだ。それから、扉は閉めてね」
「……は、はい」
どうしてか、その言葉に逆らえなかった。ここで、ローニャはナルハンドに良くしてもらった……だから、だろうか。
無意識に、彼の言葉に逆らえなくなっているのは。
「あの……こ、これは?」
ローニャは、二人の行為から目を外しつつ、聞いた。というか、さっきからタロットがこちらになんの反応も見せてくれない。
ローニャの存在に気づいていない……なんてことはないだろう。ただ、ローニャに意識を割くのさえ惜しいと言わんばかりに、ソレを……
「ほら、タロット。説明してあげて」
「ん……はい」
ナルハンドがタロットの頭を軽く叩く。そうしてようやく、タロットは顔を起こし、ローニャに視線を移した。
その視線は、ローニャの知らないものだ。今まで、あんなに優しくいろいろ教えてくれた人が……今は、ただ女の目を、している。
「あ……」
立ち上がり、ローニャへと近づいてくるタロット……ローニャは、不思議と逃げ出せない。よく見ると、その服は多少乱れ、豊かな胸元がこぼれ落ちそうになっている。
そのローニャの視線を、タロットは気にすることなく……
「いらっしゃい、ローニャ。今日からあなたも、新しいお仕事を覚えるのよ」
ローニャの頬に手を添え、どこか色っぽさを感じさせる声で言った。
新しい、仕事……それに、今のタロットの姿。それを見れば、おのずとローニャにもそれがなにを意味しているのか、わかった。
「も、しかして……お仕事、って……」
「そう、ナルハンド様……ご主人様への、ご奉仕」
ローニャの想像したものは、そのままタロットに肯定されてしまう。主人への奉仕……というのならば、聞こえはいいだろう。だが、それがマッサージなど身の回りのお世話でないことくらい、ローニャにもわかった。
いや、身の回りのお世話であることには、変わりはないのかもしれない。ただ……
「おし、ごと……タロット、さんみたいな、ことを……するん、ですか?」
「もちろん」
……それが、夜の……もっと言えば、下の世話だと、いうことだ。
その事実を突きつけられ、ローニャは固まってしまった。そういうことを、想像していなかったわけではない……実際、買われたばかりの頃は、そういう目的で買われたのだと思っていた。
だが、ナルハンドの人柄に触れ……なにより、タロットや他のメイドたちの笑顔を見ていたら、そんな悪い想像は吹き飛んでしまったのだ。
こんなことをしているなんて……感じさせない、笑顔だったのに。
「……!」
そこで、ローニャは気づいた……気づいて、しまった。
タロットの笑顔は、嘘でも、まして作り物でもない。主人への……ナルハンドへの奉仕を、幸せであると、本気で思っているのだと。
「さあ、ローニャ。こっちに来なさい」
頭がうまく、働かない……そこに、まるで溶け込むようにナルハンドの声が入り込んでくる。
逃げる……どこに? この数日で屋敷の構造はだいたい頭に入ったとはいえ、まだ広すぎてわからない場所もある。出口を探しているうちに……そうでなくても、部屋の外に、逃がさないように他のメイドが控えているかもしれない。
具合が悪いと断る……どうやって? 今日健康体であることは、みんな知っている。それにたとえ受け入れられたとして、この場しのぎにしかならない。その後逃げるのも、難しいだろう。
つまり、ローニャにもう、逃げ道は……
「は、はい……」
ここから逃げ出す方法が、思い浮かばなくて……ローニャは、震える足をゆっくりと踏み出していった。




