チェンジ急成長! スイッチオン!
千里の道も一歩から。【初心者】の神殿で休憩をしっかり取り、回復したところで再びプルン狩り続行である。
ララルクスの町を離れて街道を南下し、プルン群生地の平原に出るとエテルナがえいや! と、胸を張る。
「先ほど倒した分の経験値は失われておりません。これも【初心者】の恩恵なのです! 当然ユニーク職位【超初心者】も死亡時の経験値ロストは発生しませんから!」
「お、おう。そうだな」
死亡時に経験値を失わない。失敗を恐れず試行錯誤できるのが【初心者】系職位の強みだ。
今日の目標はレベルアップ。具体的にはあとプルン十匹の討伐だった。
レベル2に上がればスキルポイントが手に入る。レベルに応じた技能樹形図が解放されてスキルを得られるのである。
剣士の挑発スキルで少し遠くの魔物を釣れるようになれば、レベル上げもはかどるに違いない。
「よし! やってみるか」
平原の向こうに三匹のプルンが身を寄せ合っていた。
なんということでしょう。見渡す限りプルンたちは三から五匹の群れを作っていやがるではありませんか。
しかも歌ったり踊ったりと楽しげだ。こっちはレベル上げで必死なんだぞ。
この陽キャならぬ陽魔物どもめ! 多勢に無勢は覚悟して、一番手前のグループとやり合うしかなさそうだ。
と、そのとき――
「あの、わたくしが魔物にちょっかいを出してみましょうか? 悪口を言ったり石をぶつけたり、近くの水源を汚染すると脅したりもできますよ。家族を人質にとるようなものです! ぐっふっふ!」
神の眷属が邪悪な企みをするんじゃない。
「汚染って守護精霊がしちゃいかんだろうに。そもそもできるようにも見えないし」
「具体的な方法はお教えできませんが、いっぱいお水を飲んだらその……できますから!」
やめなされやめなされやめなされやめなされ。
「却下だ却下。汚染源になるな」
「とはいえ悪い作戦でもないと思うのです。わたくしが魔物の注意を引きつけて結界魔法で防いでいる間に、アルヴィス様が各個撃破していく……これすごくないですか? 後世の歴史家が戦術理論として残してくれると思いませんか?」
自己評価高すぎィッ!
俺は地面に膝を着いて視線の高さを彼女に合わせると告げた。
「気持ちだけで十分だ。いろいろと考えてくれてありがとうな」
「あうぅ……良いアイディアだと思ったのですが……」
幼女の頭を撫でて気づく。提案しながらエテルナはかすかに震えていた。
「お前を囮に美味しいところだけもっていくなんて、名誉ある【超初心者】の名折れだろ?」
俺は【初心者】のイメージアップもしていかなければならないのだ。相応の戦い方というものがある。
幼女はプルルッと全身をわななかせた。
「べ、別にビビってないですけどぉ? 幼女だからって舐めないでくださいね! ふ、震えてたのはおしっ……汚染源とか関係ないですから! けど、確かにそうですね。わたくしがムキムキマッチョゴリラタンク幼女ならいざ知らずこうも可憐な姿では……」
「いやいや、幼女の時点で楯にはせんから」
「早く大人になりたいものです」
「焦らなくてもお前なら、いつか立派な守護精霊になるって。だから今は見守っててくれ」
褒めて伸ばすではなく、褒めて止める。これで聞き分けてくれ頼む。でないとこの近辺の水源が汚染されかねない。
「は、はい! アルヴィス様がそこまで仰るのであれば、満を持して待機いたしますとも」
幼女はエヘンと胸を張った。
自信たっぷりだが、満を持しての使い方はそれで合ってるんだろうか。
ともあれ、エテルナには安全な街道沿いに残ってもらい、俺は剣を抜くと平原へと走る。独り、プルンの群れに戦いを挑んだ。
突っ込みすぎず後退しながら囲まれないことを意識して、剣を振るう。
カウンターで一匹仕留めた時のことを思い出す。こいつらは飛び跳ねた瞬間に空中で無防備になるのだ。そこを狙って……斬る!
ほぼほぼ街道まで下がりきったが、一匹、二匹、三匹とリズム良く撃破した。
蒼天の元、パチパチパチパチと拍手が響く。
「お見事ですさすがですアルヴィス様! 死んでもただでは復活なさらないのですね」
敗戦の経験が活きたな。
「それもこれも復活できるおかげだ。ありがとうなエテルナ」
「わ、わたくしではなくすごいのはお母様なので……けど、その……ええと、お母様に代わってどういたしまして。ああ、アルヴィス様の【初心者】への感謝の気持ちが、わたくしにもスーッと効いて……ぷはーっ! これはありがたい」
口調が幼女らしくないぞ。度数の高い酒をあおったオッサンかよ!?
まあ、エテルナが喜んでいるならヨシ。
こうしてコツを掴んだ俺はプルンの群れを撃破していった。
一度パターンを掴めば案外、挑発スキル無しでもどうにかなるものだ。
平原から街道に後退しつつ十匹目を倒したところで、俺の全身を光が包む。
「おめでとうございますアルヴィス様! レベルアップです!」
街道で待っていたエテルナがぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んだ。
プルンの打撃で受けた痛みがスッと引いていく。どうやらレベルが上がると全快するらしい。
「これでレベル2か。上がるまでが結構しんどいな」
レベル1からレベル2になるのに一日がかりだが、これがレベル10となると単独でおよそ三ヶ月かかる……ってのは、あながち嘘でもなさそうだ。
その先、例えばレベル20からレベル30になるのに何年……いや、十数年とかかるんじゃないか?
俺は天を仰いだ。青く澄んだこの空は、あの人に……名前も知らない漆黒鎧の冒険者につながっているのだろうか。
天命を全うするまで冒険者は死ねないという。その天命とは寿命の事だ。
【勇者】を目指すなら長生きしなきゃな……俺。これからは食べるものにも気を遣い、きちんと睡眠や休息も取るようにして健康第一でいかないと。
うんうん、冒険者は身体が資本なのだから。
「アルヴィス様アルヴィス様! さっそくスキルをチェックいたしましょう。普通は【初心者】のスキルが解放されていくのですが、アルヴィス様は【超初心者】なのでいきなりやりたい放題選び放題なのです! まさにスキルのハーレムプレイなのです!」
俺の元に駆け寄ってエテルナが嬉しそうに目を細めた。
例え方に問題があるような。
「おう、そうなのか」
頭の中で念じて【ステータスウインドウ】を手元に浮かべる。
スキルに関する項目が選択可能になったので、そこに指先を添えると表示が切り替わった。
取得可能スキルが札状になって並ぶ。表示が重なって見えなくなっているものもあった。他に何も書かれていない札も無数にある。まだ取得できないスキルだろうか。
「なんだこりゃ……ずいぶんととっちらかってるな」
樹形図のように系統ごとに整頓されてはおらず、道具箱をひっくり返したような散乱した表示だ。
俺が几帳面な男なら卒倒していただろう。
緩い性格で良かった。
表示札を指先でかき分けて、最初に取ろうと思っていた剣士系の挑発スキルを掘り出す。
プルン相手なら無くてもどうにかなりそうだが、先々のことを考えると必要だよな。
万が一、エテルナに魔物の注意が向いた時にも使えるはずだ。
と……その裏側にもう一枚、スキル札が隠れていた。
最初は何も書かれていなかったのだが、うっすらと文字が浮かび上がって読めるようになる。
「なんだこれ……ええと……急成長?」
エテルナが横から【ステータスウインドウ】をのぞき込もうと背伸びをする。俺はしゃがんで彼女に見せた。
「あっ! これは【超初心者】固有のパッシブスキルですね。パッシブ系は取得しただけで自動的に効果を発揮し続けるスキルですから」
ここぞとばかりにエテルナは楽しそうに解説する。
「ほうほう。それでどんな効果があるのかわかるか?」
「えーと急成長ですからつまりその……あくまで単純計算なのですが……」
幼女は虚空で算盤を弾きながら唸るように呟いた。
「取得経験値が1000%……十倍になります」
「ぽちっとな」
俺は迷わず急成長スキルを取得した。デメリットを聞いてからでも遅くは無い。が、せっかく【超初心者】になったのだから専用スキルは獲得しておくに限る。
「早いです! 即決すぎますアルヴィス様! でもそういうところ、嫌いじゃないですよ!」
「もしかして……つーか、やっぱり副作用とかデメリットとかあるの?」
エテルナは目を閉じると黙り込む。
え? マジでヤバめなスキルだったのか?
幼女は下唇を噛んで溜めに溜めた。めっちゃ涙目じゃねぇかやめてよ本当マジで。
そんな問題のあるスキルなら固有スキルなんかにしないでくれってばルクス様!
「おい! なんだよ不安になるだろ! ハッキリ言ってくれよエテルナ!」
「ん~~! デメリットは……」
「で、デメリットは?」
「アルヴィス様が強くなりすぎてしまうことでしょうか?」
幼女の涙がスウッと引っ込んだ。あっ、こいつ……まさか嘘泣きか? 嘘泣きなのか?
「そ、そうか」
だいたい俺が強くなるだけなら、デメリットにならんではないか。
ともあれ早く強くなりたい俺にとって、これ以上無い完璧なスキルだった。
「なあエテルナ。他の固有スキルについても教えてくれないか?」
「ええと、ちょっと無理かも……。レベルが上がってみないとどんなスキルが発現するかわかりませんから。そもそも今回の急成長もアルヴィス様だから生まれたスキルというべきかもしれないのです」
なんとも曖昧なことで。
って、え? 俺だから生まれたって?
「俺が欲しいと思ったから生えてきたみたいな感じだな」
「それが【超初心者】なのです。理由の説明は求めないでくださいアルヴィス様。でないと、わたくし泣きますから。幼女を涙目にするのは罪悪感を覚えますよね?」
嘘でも本当でも小さな女の子が泣く姿は見ていてつらい。
強すぎるからそれ、禁止カードにしませんか?
「わ、わかった。そういうものなんだな」
幼女はにっこり笑顔で「はい! そういうものなのですよ!」と大きく頷いた。
ともあれ俺はとんでもないスキルを手にしてしまったようだ。
この分だとレベル10到達まで十日と掛からないな。