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【超初心者】レベル1からの旅立ち

 ララルクスの町を出てすぐ。街道から少し離れた平原で俺は独り、魔物相手に剣を振る。


 水に魔力が宿って生まれた魔物――プルン狩りだ。普段は手出ししない限り襲ってこないのだが、戦いを察知すると集まってくる。

 あっという間に三体に取り囲まれて劣勢に追い込まれた。


「そこですアルヴィス様! 剣をもっと速く振るって! ああもう! 指示ばかりじゃ我慢できません! わたくしも参戦いたします!」


 十分距離をとったところから幼女が吠えた。今にも駆けつけそうな勢いだ。


「来るなエテルナ! 危ないから!」


 彼女をかばって戦う余裕は無い。

 プルンは倒しても倒してもきりがなかった。


 一匹ずつ討伐したいのに、すぐさま三体に囲まれる。

 三連続の体当たり。いや、同時攻撃に晒された。

 水の入った革袋でぶん殴られたような衝撃を……なんとかこらえきる。


「よくもアルヴィス様を! もう許しはしません。この拳で悪を粉砕してみせましょう!」


 両腕をぐるぐると回す駄々っ子パンチで幼女が後方から跳びだそうとした。やめて! マジで!


「危ないから下がってろ! お願いします!」


 エテルナの足がピタリと止まる。


「くううぅ……つらいです。わたくしが手出しをしては修行にならぬとはいえ……守護精霊なのに圧倒的無力……」


 幼女はその場に膝を屈した。そこまで落ち込まんでもいいだろうに。

 と、思った刹那――


「アルヴィス様! 後ろ!」


 振り向きざまに剣で薙ぎ払う。死角から飛びかかってきたプルンにカウンターの一撃が決まり、凶暴水饅頭がパーンと弾けた。


 やっと倒したところで、平原の向こうから二体のプルンがこちらに気づいてぴょんぴょんと近づいてくる。


 ああもうなんでだよおおおおお!


 本当にきりが無い。さっきから休む間もなくこの繰り返しじゃねぇか。

 呼吸が乱れる。身体が重い。一番弱い【初心者】向けの魔物でも、多勢に無勢で劣勢だ。


「なあエテルナ。俺が死んだらお前はどうなるんだ?」

「アルヴィス様が最後に祈りを捧げた【初心者】の神殿で復活しますから、わたくしも転移魔法ですぐに追いかけることになるかと」


 立ち上がると両手の拳をきゅっと握り脇を軽く締め、フードのウサ耳を揺らしてエテルナは口をへの字に結んだ。


「なら安心した」


 次の瞬間――


 プルンの体当たりが俺の側頭部を捉えて、首がもげるような衝撃が走った。


「アルヴィス様ッ! アルヴィス様アアアアアアッ!」


 倒れた俺にプルンが群がりボコボコに殴りまくる。

 途切れゆく意識の中でエテルナの絶叫が遠のいていった。




 ひんやりとした空気を肌に感じて目を覚ます。


 気づけば石床にうつ伏せになっていた。顔を上げる。見覚えのある兎のレリーフが壁に刻まれた小部屋だ。


 手に力が入らない。呼吸を整える。なんとか身体をひねって仰向けになった。ぼんやり天井を見上げる。

 どうやら一度死んで蘇ったらしい。


 敗北感でいっぱいだ。

 クソザコ水饅頭ことプルン相手に文句無しの惨敗。俺、こんなに弱かったんだな。


 いや、落ち込んでいる場合じゃない。敗因を考えろ。


 平原で戦うとすぐに囲まれる。三匹以上を同時に相手にするのは危険だから、一匹ずつ釣って安全な場所までおびき寄せてから倒す……そんな工夫が必要だ。


 挑発のスキルがあれば戦いやすくなるかもしれない。とはいえ、スキルを覚えるにもレベルが上がらなければ始まらなかった。


 スキルポイントはよ……はよ……。


 って、そういえば……エテルナはどこだ?

 まさか逃げ遅れたんじゃなかろうか? 本人は強いと言っているが精霊といっても幼女なんだぞ。


 こんなところで倒れてる場合じゃない。


「ぐううおおらあああああああ! 動けよ足いいいいいい!」


 全身が悲鳴を上げようと構わず無理矢理起き上がる。俺が助けにいかずに誰がエテルナを守れるっていうんだ。

 一歩踏み出そうとしたのと同時に、部屋の奥の扉が開いた。


「あっ! アルヴィス様まだ立ち上がってはいけません。冒険者は寝るか座るかしていれば、一日くらいで全快しますから! ほら寝てください石床で恐縮ですけど」


 ふかふかのベッドなんて贅沢は言わないが、恐縮するならもう少しこう、あるだろ……ござとか!


 小さなコップを包むように持ったエテルナがぴょんぴょんと駆け寄ってくる。


「なんだエテルナ……無事だったのか」

「なんだとはご挨拶ですね」

「いやその……良かった」


 と、思ったのもつかの間、身体が重くなり膝から崩れるように俺は地面にへたり込んだ。


 あーもう動ける気がしない。今の気合いが最後の力だったみたいだ。


 身体に力が入らんぞ。思い出したように全身に鈍痛がわき上がる。忘れてて欲しかった。いっそ気絶した方がマシな苦しさだ。


「わたくしの事なら心配ご無用です。それよりもお辛そうです……」

「俺はいいからさ。心配くらいさせてくれよ。ちびっこなんだし」


 幼女の頬っぺたがぷっくりと膨らんだ。


「わたくし見た目は子供ですけど、頭脳と愛と心意気と包容力は一人前の守護精霊ですよ? 胸も身長もこれから成長予定ですし、現状でも普通の人間の女の子よりは全然強いのですから」


 エテルナは手にしたコップを一度床に置くと、腕まくりして力こぶを作って見せた。晒した二の腕は白く細くぷにぷにのぷるぷるである。


「筋肉なんてついてないじゃないか」

「心の筋肉……ココキンがすごいのです。ともかく、加勢が必要な時はいつでも猟犬のようにけしかけてくださいね?」


 行け! 守護精霊エテルナ! 魔物の喉を食いちぎれ!

 って、違うだろうそれは。


「最初から戦闘に巻き込むつもりはないぞ」

「さ、さすがアルヴィス様。すべての戦闘経験値を自らのものとして成長せずにはいられないのですね? このエテルナ感服いたしました」


 いや、そうじゃなくて。


「大げさな奴だな」

「戦いはもとより、膝枕も添い寝もして差し上げますので、遠慮なく申し付けてくださいませ」


 石畳しか無い神殿に幼女膝枕が実装された。使う機会はなさそうだ。


「しかしなぁ……俺の成長の事を差し引いても……」


 幼女である。再三再四、見た目で判断すべきではないのかもしれないが、幼女を前線に出して良いものか。連れ歩くだけで罪悪感を覚える今日この頃。皆様いかがお過ごしだろうか。


「わたくし、いざとなれば結界魔法も使えますし、専用の転移魔法でいついかなる場所にあっても【初心者】の神殿に戻れますから。こうしてちゃんと帰ってきたのが何よりの証拠です!」


 エテルナはエヘンと平らな胸を張る。揺れない儚い動じない。

 人間の尺度で測っては失礼かもしれないな。色々と。


「ともかくエテルナは怪我してないんだな」

「はい! 全然余裕でぴんぴんビクンビクンしてます。まさに水揚げされた大魚のようにピッチピチ! むしろアルヴィス様がボコボコのボコですから。けど、これを飲めばお加減が良くなりますよ。はぁい口をあけてくださいねぇ苦くないですからそれ、一気一気♪」


 リズミカルに煽るな。


 置いたコップを再び手にして俺に渡し、幼女はにっこり微笑んだ。

 虹色の光を放つ液体が揺れている。口に入れて良いものには見えない。


「なあ……これ飲めるのか?」

「虹色が消えてしまう前にぐいっと飲んでくださいませ」


 エテルナの青い瞳がじっと俺の顔をのぞき込んだ。

 虹汁である。禍々しさこそないものの、光る水を飲むのには抵抗があるぞ。

 幼女の視線が「早く早く」と俺を急かす。こういうキラキラした期待感たっぷりの目には弱い。


「ちょ、ちょうど喉がカラカラだったんだ。いただきます!」


 ぐいっと飲み干した途端に全身が光に包まれた。


 あっ……これヤバイやつだ。

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