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守護精霊は少女ですか? いいえ幼女です

「じゃあソレでお願いします!」

「即決ですね。ただ……この職位にはいくつかデメリットがあります。その説明を聞いた上で納得してからでも決めるのは遅くありません」


 普段の俺なら「良いから早く」となるのだが、神様がわざわざ言うのだからちゃんと聞いておこう。

 俺は膝立ちから正座に座り直した。


「謹んでお聞かせくださりやがってください」


 我ながら、もう少し敬語を使い慣れておけば良かったと思う。

 が、神の声は気にする素振りもない。


「肩肘を張らず普段通りでいいですよ」

「お、おう……ともかく話を聞かせてくれ! ください!」

「わかりました。この職位は【ユニーク職位】といって、世界に一人しか存在できない孤高の存在です。先駆者もおりません。どのような道をたどればいいか、教えてくれる者はいないのです」


 自分で道を切り開いていかなきゃならない。

 真の冒険者って感じがする。むしろやりがいがあるじゃないか。頷く俺に神の声は続けた。


「使えるスキルに関しては、初級職位のものになります。やはりそれぞれの専門職位には及びません」


 なるほど。初級ってことは基本技だけ使い放題なのか。鍛え方次第ではやっぱり中途半端にしかならないっぽいな。


「構いませんですとも!」

「最後に……これは私と……幸柱神ルクスとの()()()な特別契約になります。悲願が成就するまで途中で破棄することはできません」

「悲願ってなんですか?」

「ええと……お恥ずかしいのですが……信仰を取り戻すまでです」


 声はどことなく申し訳なさそうだ。


「ルクス様が困ってるなら俺、力になるよ!」

「本当によろしいのですか? 重い荷を背負うことになりかねませんが……」


 もともと冒険者になれば後には引き返せないのだ。


「見込んでくれたルクス様のためになるなら喜んで。それになにより【ユニーク職位】なんて面白そうだしな!」


 短い沈黙を挟んで神の声が告げる。


「では、幸柱神の【ユニーク職位】にてアルヴィスのアカウントを作成します。あと少しだけ待っていてくださいね」


 まばゆい光が幾度も明滅を繰り返した。そのたびに身体を波動のようなものが包み込む。


「契約を完了しました。目を開ければ交神は終わりです。お疲れ様でした」

「あの、ルクス様……俺で良かったのか?」


「これまでたくさんの【初心者】を送り出してきましたが、貴方のような人は初めてでした。きっと貴方なら初心を忘れるべからずという気持ちを、多くの冒険者たちの心に蘇らせてくれるでしょう。さあ、目を開けてくださいアルヴィス……」


 ゆっくりと光が止んでいくのをまぶたの向こうに感じながら、俺は目を開いた。

 先ほどとなにも変わらない。聖堂は静謐に包まれ女神像が薄ぼんやりと白い光をまとっている。


「あのー神様? ルクス様? いらっしゃりやがりますか?」


 返事はなかった。足がしびれる前に立ち上がる。

 今までと何が変わったということも無く、本当に冒険者になったのか実感も湧かない。

 というか俺は【初心者】じゃない何になったんだ?


 開いた両手をじっと見る。と――


「こっち! こっちです! 聞こえてますか? わたくしの声が届いていますか? 今、心の中にではなく普通に呼びかけています!」


 声に導かれるように前を向く。

 女神像の台座の裏から小さな女の子が顔を覗かせ、こちらを熱心に見つめていた。

 兎の耳のようなものがぴょこんと飛び出した白いフードを被っている。


 こぼれた前髪は銀糸の光沢で、サファイアのように澄んだ青い瞳が印象的だ。

 どことなく似ている……気がする。服装や髪型は違えども顔つきや体系が女神像を二回りほど幼くしたような雰囲気だ。


「ここは幸柱神ルクス様の神殿だぞ? まだ職位の契約をするには早いんじゃないかちびっ子よ?」

「ち、ち、ちびじゃありませんがッ!? お母様の言いつけで、あなたを見守ることになったのです」


 少女……というか幼女がぴょこんと台座の影から飛び出した。

 なんか小動物みたいで可愛いな。

 幼女は腰に手を当てグッと胸を張る。


「これからよろしくお願いしますね! アルヴィス様!」

「はぁ? これからって……なんで?」

「なんでもなにもお母様との電撃的な独占契約が結ばれたからには、娘のわたくしが冒険について行くのは当たり前というものです」


 お前の中の当たり前を何も知らない他人に押しつけるんじゃない。

 っていうか、誰が誰のお母様だって?


「俺はお前みたいな幼女の母親なんて知らないぞ?」

「先ほどまで楽しそうにお喋りしていたでしょう? 人妻と!」

「ひ、人妻って」


 幼女はぷくっとほっぺたを膨らませた。


 前略、幸柱神様。

 この子どこの子誰との子?


 さらに言えば人妻である。神様なら神妻にならないのか? いや、神様だからって神様と結ばれるばかりじゃないか。って、違う違う。


 きっと既婚者という意味で人間の俺にわかりやすく伝わる言葉を選んだんだろう。

 そうに違いないとは思うのだが……。

 一度深呼吸を挟んでから幼女に確認する。


「えーと、お前はもしかして自分が幸柱神ルクス様の子供だとか言わないよな?」

「お前ではありません。わたくしは幸柱神ルクスが【ユニーク職位】の守護精霊……エテルナと申します! 以後お見知りおきを!」


 ムフーっと鼻息荒く言うと幼女はドヤ顔になった。


「以後お見知りおきって言われてもなぁ……」

「よろしいですか? 【ユニーク職位】は特別が故に孤高の存在。右も左もわからないアルヴィス様の道を照らす光となるために、こうして遣わされたのです」

「そ、そうか。がんばれよ!」


 踵を返そうとすると幼女の声が呼び止める。


「お待ちを! 他人事のようにスルーしてはなりません。わたくしたちの道はたった今、こうして重なり合ったのです。さあアルヴィス様。ともに世界に【初心者】の素晴らしさを知らしめるため、世直し行脚と参りましょう!」


「参りましょうって、本当に俺の冒険に着いてくるつもりなのかよ?」

「無論です。だってわたくしは純情可憐な守護精霊なのですから」


 ぷにぷにっとした頬を両手で包むようにして、幼女は目を細めた。

 なんだかつついてみたくなるほっぺただ。やったら町の警備兵に捕まりそうだが。


 精霊というのはもっとこう、薄ぼんやりと浮かび上がる半透明の霊体的なものをイメージしていたのだが、まごうこと無く幼女である。


 ぴょんぴょんと跳ねながら壇上から俺の元にやってくると、青い瞳がじっと見上げた。


「どれほどダメ人間だったとしても、お母様が選んだお方です。必ずやわたくしが立派な【超初心者】に育成して差し上げますねアルヴィス様」

「ん、今なんて言った?」

「ですから育成して差し上げます……と」

「その前だよ。超……なんだって?」

「これからは職位【超初心者】といえばアルヴィス様というのが世界の常識になりますので、どうかその自覚をお持ちください」


 そんな職位は聞いたことが無い。というかあってたまるか。


「な、なあエテルナ……で、いいんだよな」

「さっそく、わたくしの名前を覚えてくださったのですね? 感激なのです! はいはいなんでしょうか【超初心者】のアルヴィス様!」


 まさか本当に俺は【超初心者】とやらになってしまったのだろうか。

 神殿に迷い込んだちびっ子が、俺みたいな新人をからかっているという可能性も……。


 とはいえ直前にルクス様から【ユニーク職位】にしてもらったわけだし……その【ユニーク職位】について知っているのだから、ちびっ子はただ者じゃなさそうだ。


 ええい! 考えていても仕方ない。


「ええとだな……職位を得たから【ステータスウインドウ】が出せるんだよな?」

「もちろんですとも。頭の中で【ステータスウインドウ】オープンと念じるのです」


 言われたとおりにすると手元に透明な板状の【ステータスウインドウ】が浮かび上がった。おお! 本当に出たぞ! さっきカマッセが出したのとほぼほぼ同じような板だ。


 縁の色は白い。俺の能力を表す六角形のグラフもあった。軒並み全能力が低く、幸運値だけ高いというものだ。


 毎日剣の素振りをしてきたのに腕力の評価が低いのは納得がいかんぞ。

 レベルは1。そして肝心の職位欄には――

 【超初心者】の文字が整然と並んでいた。

 二度見三度見しても変わらない。

 【超初心者】……なんだよ【超初心者】って!?


 エテルナがにっこり微笑む。


「どこに出しても恥ずかしくない立派な【超初心者】にしてみせましょう」

「お前……【超初心者】って……まるで初心者未満みたいじゃねぇかよッ!!」


 幸柱神ルクス様は二つほど【ユニーク職位】のリスクについて言い忘れていたらしい。

 一つはもれなく謎の幼女が付いてくること。


 もう一つは職位の名前が【超初心者】という、いかんともしがたいものになるということだ。


 再び【ステータスウインドウ】に視線を落とす。何度見ても【超初心者】の部分は変わらない。この先、他の冒険者やクエストの依頼主に職位を訊かれた時には【超初心者】のアルヴィスですどうぞよろしくと、自己紹介しなければならないのか。


 キッツ!


 別に【初心者】なのが嫌だとは言わない。それにどうして「超」を付けてしまったのか? これがわからないのである。

 無茶苦茶格好悪いだろコレ。


 加えて――

 職位欄には【超初心者】とあるだけで、上級職位へ続く欄が大きな×印で塞がれていた。


「なあエテルナ……どうして上級職位の項目が消されてるんだ?」


 青い瞳をぱちくりさせて守護精霊はにっこり微笑む。


「お母様との独占契約ですから転職不可なのです。【超初心者】は最強なので上級職位なんて必要ありません! 転職に悩むことがなくなって良かったですねアルヴィス様!」


 幼女は自慢げに自身の薄い胸をトンと打つ。

 ああそうなのか転職不可ね。転職……不可……あれ……じゃあ俺って……。


「もしかして【勇者】になれない……ってことか」

「あの、どうされましたかアルヴィス様? ポンポンを痛くされましたか? さすってあげましょうか?」


 エテルナが心配そうに俺を見上げつつ、虚空をなでなでする。


「実はなエテルナ……」


 俺は幼女に【勇者】を目指すいきさつを話した。

 故郷を救ってもらったこと。その人から預かった剣。夢。希望。

 いつか【勇者】になって困っている人たちを救うという想い。


「それはその、ご愁傷様です!」


 にっこり笑顔で返された。


「お、お前なんでにっこにこなんだよッ!?」

「え? そうですか? とってもお可哀想だと同情してますよ? けど、過ぎ去った時は戻せません。むしろアルヴィス様は最強の【超初心者】になることで【勇者】を凌駕するチャンスを得たのです」


 両手を万歳させて幼女は俺をキラキラした瞳で見上げた。


「お、おぅ……」


 自分より前向きな奴に言われると返す言葉もない。

 未知なる冒険を繰り返し職位を変えて修行を重ね【勇者】へと至る計画が、冒険者生活の初日に暗礁に乗り上げた。

 が、そもそも【ユニーク職位】に飛びついたのは自分なのだ。


 自業自得という言葉は俺のためにある。

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