決着
「セツナ様の右腕を治療なさるべきですアルヴィス様」
「あっ! わ、悪い! ごめんなさい!」
俺は治癒魔法で女剣士の腕を癒やした。
「ふむ。【剣士】にはできぬ芸当だな。これが【超初心者】か。もはや【剣士】になれとは言うまい」
治ったか確認するようにセツナは右腕を軽く上げ、指を一本ずつ畳んで拳を握る。
俺に向き直り続けた。
「謝るな。全力を出してくれたこと、嬉しく思うぞ」
「あ、ああ。けど……今のはやっぱり引き分けだ」
全力で打ち込んで動きが止まった俺と、一撃を受け止めて利き腕が使えなくなったセツナ。
どちらも次の一手を欠く状態だった。
だけど、セツナはゆっくりと首を左右に振った。馬の尻尾のような黒髪が、夜に溶けるようにさらさらと流れる。
「後ろで燃える巨木を見ろ。お主の放った十字斬りの初撃にあの雷撃が乗っておれば、我はかわすこともできず追撃に沈んでいた」
燃え落ちる杉の木からパチパチと火の粉が上がり、蛍火のように空に吸い込まれる。
「さて……少し話そうか。ちょうど良いキャンプファイアーもあることだしな」
「放っておいたら焼け野原にならないか?」
「燃え広がるようなら我が剣で炎を切り裂いてくれよう」
揺らめく炎を見上げてセツナは語り始めた。
十年前――
【初心者】狩りに遭い同期生を失った時から、ザンクを倒すため修行を重ねてきた。
誰もセツナに追いつける者はなく、いつしか最強の【剣聖】となっていた。
強さを求め【神魔の塔】を四十階まで攻略し、いつしか彼女を慕う者たちによって剣聖同盟が設立されていたらしい。
「誰もが我を慕い敬った。だが、対等かそれ以上の者はいなかったのだ。気づけば最強の冒険者として……負けられなくなっていたのだ」
黒曜石色の瞳がじっと俺の顔をのぞき込む。
「負けられない……って?」
「我が上級魔族などに倒されるようなことがあれば、冒険者たちに動揺が走る。最強という言葉は呪いのようなものだ」
セツナはずっと冒険者の頂にいて、孤独だったのかもしれない。
同じ目線の高さで話せる相手がいないんだ。
女剣士は小さく息を吐く。
「ザンクを取り逃がしたのは一生の不覚だ。ニーヒルも捜させているが足取りはつかめぬ。最強の【剣聖】の責務を果たさねばなるまい」
「師匠……」
「もうその呼び方はやめてくれぬか。お主は我を超えたのだ。この短い間に稚魚が成魚どころか、滝を登り龍になったな」
褒められてるんだよな。一応。
「実はさ、ししょ……セツナ。俺たちはセツナがザンク討伐に出てる間に【神魔の塔】で修行してたんだ」
「三十二階の鎧の魔物を倒したそうだな。我は直接対峙したことはないが、同盟所属の仲間が幾人も倒された因縁の相手だ。代わって礼を言わせてもらおう」
「お、おう。お安いご用ってほど簡単じゃなかったけど、俺とエテルナだから倒せたんだ」
セツナはエテルナに向き直った。
「良くやったなエテルナ。アルヴィスを支えたあっぱれな忠義者よ」
「と、とととんでもないのです! これもアルヴィス様が持つ【超初心者】の不屈の力あってこそ!」
幼女はぐっと両手を握って力説気味だ。
俺はセツナに自分の【ステータスウインドウ】を見せた。
「三十二階の魔物の名前はリビングメイルオブジャックポッド。そいつを倒してからずっと、俺のレベル表記とスキルポイントがおかしくなっちまったんだよ」
「どれどれ……ふむ。レベル7Aとは珍妙な……ぬっ!? お主この九十九階というのはどういうことだ!?」
ずっと穏やかだったセツナが声を荒げた。
「実は四十階から先に進んでみたんだけど、これまでと違って急に魔物が強くなるってこともなくてさ。登れるだけ登ってきたんだ。区切りの階じゃないけど、エテルナの使う特別な転移魔法で戻ってこられるんで半端な階数になったんだ」
一瞬、セツナの目が点になった。と、一拍おいて笑い声が響く。
「あっはっはっはっはっはっは! なるほど! ならば太古の大迷宮すら踏破してもなんら不思議なことはないッ! ドニの報告は真実だったな」
俺の前に立ち前からこっちの両肩をバンバンと叩いてセツナはじっと俺を見る。
「お主がおればララルクスは……いや王国は安泰だ!」
「はい?」
「我に何かあった時には、後を頼むぞ」
「え、縁起でも無いこと言うなって。だいたい頼むって言われても……なにをすりゃいいんだ?」
セツナは今日一番の笑顔で俺に言う。
「今まで通りで構わぬ! お主の信じる道を進むのだ! もし迷うことがあればエテルナを頼れ!」
そのままセツナは膝を折ってエテルナに視線の高さを合わせた。
「エテルナよ。お主はアルヴィスが道を間違えるようなことがあれば、その尻を蹴飛ばしてやるのだぞ」
「は、はい! アルヴィス様のお尻をしばけばよいのですね!」
「うむ。それはお主にしかできぬことだ。よろしく頼むぞ」
なんだかおっかない約束を交わさないでくれ。蹴られるのは俺なんだから。
セツナは立ち上がった。まるで俺の心を見透かしたように言う。
「エテルナを泣かすでないぞ」
「ああ、もちろんだ!」
燃え上がる巨木のトーチの前で俺とエテルナはセツナに誓いを立てさせられた。
後日――
ララルクスの町に急報が入った。
英雄剣聖セツナが、最近ちまたで噂になっていた冒険者狩りの魔族に倒された……というものだ。
最強の敗北はララルクスだけでなく、王国全土に暗い影を落とすのだった。




