同期生はお節介
カマッセの口元がにやりと歪む。
「んっふっふ~ん♪ 不思議そうだね? まあ無知な君に特別に教えてあげるよ」
「おう! 教えてもらおうか!」
「相変わらず態度だけは一人前だね……コホン! 僕のパパが腕利きの冒険者を傭兵として雇ってくれたのさ。このあと賢人都市インテリウムに戻ってレベル上げを再開する予定なのだよ。一か月もすればレベル20も夢じゃないね。Bランク冒険者になれば受けられる依頼も増えるし今から楽しみだよ」
上機嫌にフフンと鼻で笑うカマッセに俺は拳をぎゅっと握り込んだ。
「そうか……親に頼んでまで……少しでも早く一人前になるために努力してるんだな。俺もがんばるよカマッセ」
垂れ目がきょとんとした顔になる。
「あっ……いや……そういうつもりで言ったんじゃないんだけど。ま、まあせいぜい庶民なりに努力したまえアルヴィス君」
「おうとも! すぐに追いついてみせるから待ってろよ」
いつだって俺は追いかける側だ。
カマッセがずるいとは思わない。人間、才能も置かれた境遇もバラバラじゃないか。
恵まれた人間がそれを利用するのは当然だ。むしろ使わない方がもったいない。
カマッセは首を傾げた。
「すぐにだって? 君は冗談が上手いな。まさかララルクスの周辺でレベル上げをしようとか思ってるんじゃないよね」
「普通はそうするもんだろ? 教官もララルクスは【初心者】の町だって言ってたし、道具とか宿泊料が割引されるんだろ?」
人差し指をピンと立てカマッセはチッチッチと左右に振る。
「教官も教えていることが古いよね。それが通用したのは昔の話さ。宿屋は【初心者】優遇なんてとっくに止めたし、【初心者】専門アイテム店も廃業しまくったっていうじゃないか。今は塔の攻略組に向けた高級道具店ばかりだっていうのに」
攻略組? なんのこっちゃ。ぽかんとする俺にさらなる先輩風が吹きすさぶ。
「君だってここに来るまでに見ただろ? ララルクスに集まっているのは軒並みレベル30オーバーのAランク冒険者ばっかりなんだよ」
俺に背を向けてカマッセはそびえる塔を指さした。
「幻の62期生にしてレベル44のSランク……英雄剣聖セツナ様のパーティーが今も攻略中なんだ。僕もレベル30になったら仲間を雇って挑戦するつもりさ。すぐに頭角を現してセツナ様にスカウトされるだろうね」
しばらくカマッセを放置して喋らせておくと、どうやら【神魔の塔】はダンジョンで、町に立派な冒険者が集まるのもその攻略のため……ってことらしい。なるほど、だから攻略組か。
「中に何があるんだ?」
「お宝に決まってるじゃないか。この世に二つとないレアな装備品が見つかるのさ。鑑定レベルで四つ星や五つ星のアイテムがごろごろしてるそうだよ。しかも毎日内部構造が変わるっていうし、アイテムも新たに見つかるんだ」
「中が変わるのか?」
アイテムまで補充されるなんて気の利いたダンジョンがあったものだ。カマッセが自慢げに胸を張った。
「そうだよ! 一日ごとに構造が変化する、まさに無限の迷宮さ! マッピングは意味を成さないんだ。上の階に進むほど魔物も強くなる史上最難関のダンジョン……今や冒険者の価値を決めるのはレベルや職位じゃない。階数だからね!!」
「階数がそんなに大事なのか?」
オウム返しばかりで芸が無いが、カマッセが楽しげに話すのでつい合わせてしまう。こういう話をしてる時のこいつって、目がキラキラしてるんだよな。
「踏破した階数で自分がどれほどすごい冒険者なのか示せるんだよ! 頂上まで登ったら歴史に名を刻む偉大な冒険者として称えられるだろうね!」
興奮気味にまくし立てるとカマッセは前髪を掻き上げた。
「おっと、何の後ろ盾も無いアルヴィス君に【神魔の塔】攻略は一生無縁だったね」
「確かに興味はないな」
塔の中に助けを求める誰かがいるなら話は別だが、どうもそういう感じじゃなさそうだ。
カマッセが俺の鼻先に指を突きつけ吠えた。
「つ、強がるなよ貧乏人! レア武器に興味が無いなんて嘘をつくな! まぁ、その腰にぶら下げた鑑定不能のなまくら剣が君にはお似合いだけどね!」
腰に提げた中途半端な長さの小剣に視線を落とす。鞘に収まったそれは俺の恩人が貸してくれた大事な一振りだ。
強い武器には興味も湧くが、まずはこいつを自在に使いこなせてからの話だろう。
「ところでカマッセはなんでここにいるんだ?」
「なんでって、それはその……」
金髪垂れ目の声が小さくなった。
「転職を済ませたのにわざわざララルクスまで戻ってくるなんて……あっ! 解った! さては忘れ物をしたな?」
「そ、そんなの優秀な僕がするわけないだろう! き、君を笑いに来たのさ! 惨めで無様で無知なくせにポジティブさだけは人一倍……いや、ポジティブさしか取り柄の無い君をね!」
なるほど。口は悪いが俺を心配して、わざわざ様子を見に来てくれたんだな。
「ありがとうなカマッセ」
「なんで感謝の言葉が出るんだよ! そういうところが気に入らないんだ!」
耳まで顔を赤くして、何を恥ずかしがっているんだこいつは。
ダンダンと石畳を蹴ってカマッセは再び俺の顔を指さした。
「口で言ってもわからないよね君って人は。僕より下だといい加減認めたらどうなんだい?」
「認めてるだろ」
「あっさり認められても張り合いが無いんだよ!」
「お前、さっきから俺にどうして欲しいんだ?」
カマッセはフンッと鼻を鳴らすと腕組みをした。
「僕の手下になるっていうなら君を仲間に迎え入れてあげてもいい。これは最後通告だ」
訓練校で最初に会った時からずっとこの調子なのだ。最後通告は累計七度目になる。
「あーその話か。断る。どっちが上とか下とかは苦手なんだ。俺たち友達だろ?」
「こっちは君と友達になった覚えはないんだ。ああそうかい。せっかく賢人都市インテリウム近辺で高効率の経験値稼ぎをさせてあげようっていうのに、君はくだらないプライドでチャンスを棒に振るんだね?」
くるりときびすを返したカマッセは虚空の【アイテムボックス】に手を突っ込んだ。
おー! 【ステータスウインドウ】しかり、本当に冒険者になったんだな。
虹色の羽根を取り出して、背を向けたまま俺に告げる。
「せいぜい魔族の【初心者】狩りには気をつけることだね」
「なんだそりゃ?」
「そんなことも知らないのか。やれやれだ。さてと……そろそろ戻らないといけないからね。僕の申し出を受けなかった事を悔やみながら、芋虫みたいに地べたを這いつくばればいいさ」
いずれ蝶になれという激励の言葉である。
カマッセは虹色の羽根を天高く放り投げた。羽根が光の粒子に溶けて消えると、少年の目の前の空間にぽっかりと「穴」が開く。
穴の向こう側は見通せず真っ黒く塗りつぶされていた。
なんとも不思議な光景だ。
「なんだかわからんけどお前もがんばれよカマッセ。こっちはこっちでなんとかするから心配は無用だ」
「う、うるさいバカ! バーカバーカ!」
罵声を残して金髪垂れ目の少年は穴の中に踏み入った。カマッセを呑み込み穴がフッと消える。
虹色の羽根は瞬間移動できる道具みたいだ。
どうりで朝一で出発した俺よりも、同期の桜たちの開花が早かったわけである。
訓練校で教わったのはあくまで基礎知識で、道具にせよ装備にせよ世界は俺の知らないことで満ちている。
楽しみだな。俺もようやく【勇者】への道を歩みだせるんだ。きっとみんな知らないだけで【勇者】という職位は実在するのだから。
さてと、その前に今度こそ【初心者】になろう。
うーむ……【初心者】になるってのも妙な言葉だ。
神殿に一歩足を踏み入れるとひやりとした空気に包まれる。自ずと背筋がピンとなる。
静謐が満ちた聖堂の奥へと俺は歩き始めた。