姫様はツンデレイヤー
また一週間が過ぎてレベル21になった。
九階のフロアの最奥まで行くと、見上げるほど巨大な観音開きの扉と出くわした。
といっても開かれたままだ。
中は広間になっていて奥に上の階へと続く階段が見えた。
せっかく今日は中級回復薬を百個も用意したのに拍子抜けだ。
「ずいぶん広い場所ですねアルヴィス様?」
広間の真ん中まで進んでエテルナが周囲をぐるりと見回す。
「なんのための部屋なんだ? って、考えてみたら【神魔の塔】そのものがなんで存在するのかわからないか」
広い空間の真ん中を縦断して奥の階段へと進んだ。
ついに十階に到達だ。
階段を上がりきると屋内なのに庭園のような場所に出た。小さな水路が作られており、花々が風も無く揺れている。
中心部に、塔の外でも見た転移魔法陣の祭壇があった。
だけでなく、冒険者が六人顔を見合わせている。おお! 塔の中に入って初めて人間に出会ったぞ!
男五人に女が一人。男たちが深刻そうに言う。
「姫様、ここは一度撤退しよう。安全第一だ」
「引くも勇気ですぞ姫様」
「二十階まで行くには、回復アイテムがあとちょっとヤバイんッスよねぇ」
男たちの中心で【攻魔導士】らしき黒いローブ姿の女の子がため息をつく。
青い髪はツインテールで切れ長の目をしたツンとした雰囲気だ。
「あーほんと使っかえ……って、なにあいつら?」
不機嫌そうな少女の視線が俺とエテルナに向けられた。
挨拶しておくか。
姫と呼ばれた少女の元に歩み寄り、手を差し伸べる。
「俺はアルヴィスだ! よろしくな!」
「名前なんて訊いてないし。てゆーか初対面? なのに距離感無茶苦茶だし」
男たちが姫の前に並んで俺の行く手を遮った。握手は冒険者の挨拶だと思っていたんだけど、毎回拒否されるのって……もしかして俺の思い込み?
しぶしぶ腕を降ろすと、男たちの代表者らしき【格闘士】の上半身半裸ムキムキマッチョな大男が一歩前に出た。
「おいおいなんだガキが? いきなり無礼が過ぎるぞ? 姫様と握手なんて俺でもしたことねぇんだけど!?」
なぜか怒らせてしまったようだ。
「そっか。悪かった。ごめんなさい」
頭を下げる。
隣でエテルナが不満気だ。爆発するんじゃないぞ。
「はっ!? え、えーと、素直に謝るのは良い心がけだな。よしよし」
頭を上げるとマッチョ男は困り顔のまま続けた。
「つーかお前よぉ……その格好はなんだ? 【初心者】のまねか?」
「まねじゃなくて【初心者】だ」
うかつに【超初心者】と言うのは、たとえ【ステータスウインドウ】で証明できたとしてもトラブルになるかもしれない。
ちゃんと自己紹介をするのは、多少なりとも相手の信頼を得てからだ。
後方から姫が俺に短杖を向けた。
「嘘つきじゃん。だってさー【初心者】がこんなとこいるわけないし。ってゆーかーなんでちっちゃい子まで連れてるの? もしかして人間に化けた魔物……みたいな?」
途端に男たちが身構えてそれぞれの得物を俺に向けた。
隠したら隠したで疑われるのでは詰みである。
塔の中で幼女と二人旅というのは、他の冒険者たちからすれば異例も異例だ。
「待ってくれ! 俺は冒険者でこっちのちっこいのは守護精霊なんだ」
エテルナのグーに握った手が俺の背中をポカポカ打つ。
「一般通過冒険者相手にいちいち説明しづらいですけど、ちっこいのはあんまりですアルヴィス様!」
あっ……今のエテルナの「一般通過冒険者」って言葉に、姫と愉快な仲間たちがそろってキレそうだ。
「あーもう。うっざ! やっちゃってよ」
いきなり戦闘はまずいって。相手だって俺を倒したら冒険者の掟に反しちまう。
俺は【ステータスウインドウ】を開いて姫に向けて放った。
「させるかッ!」
姫に届く前に【格闘士】が俺の白枠をキャッチする。
そのまま中身を確認すると【格闘士】は姫にひざまずいて報告した。
「姫様……どうやら本当に【初心者】というか、見慣れぬ【超初心者】なる職位のようです」
「はぁ? うけるーマジで言ってんの? 頭プルンなわけ?」
姫は男から俺の【ステータスウインドウ】を取り上げて確認した。
「うわ……マジだし。わけわかんなーい……けど魔物じゃないっぽいし」
姫の目配せで男たちは武器を納めた。が、彼らが警戒しているのは渋い顔つきで一目瞭然だ。
一方で八重歯を見せて姫が笑う。
「てかうける。重ね重ねうけるー。十階までまぐれで魔物に遭わず来ちゃったって感じ? こっから先は子供の遊び場じゃないから、祭壇使って帰ったら?」
「なあええと……姫さん?」
男たちが「姫さんじゃねぇよ姫様だろうがぁ!」と吠えたが、姫は制止しながら一歩前に出た。
「なぁに?」
「戻るのはいいけど、どうやって先に進むんだ?」
「あーっはっはっは! マジで知らないんだ。塔に入る時の祭壇とおんなじ? みたいな。【ステータスウインドウ】から進むか戻るかって出るし」
「そうなのか! 親切に教えてくれてありがとうな!」
姫がさらに一歩詰めて俺の顔をのぞき込む。途端に男たちがあわあわし始めた。「姫様近すぎます!」「ガチ恋距離許せねぇ!」「うらやま……な、なんでもないッス」と、ずいぶん賑やかな連中だ。
「ありがとうとか素直すぎてうけるー」
「そうか?」
「うんうん。変な奴。ま、よくわかんないけど帰った方がいいよ。これだけは間違いなし」
心配してくれてるっぽいぞ。見た目はツンとして少しおっかないけど、悪い奴じゃなさそうだ。
「そっちはどうするんだ?」
「ん~……クロードさぁ? アイテムやばいんだっけ?」
男たちの中でも細身の【斥候士】風な青年が「ギリッスね。回復薬があとちょっとあれば安全ラインッス」と返答した。
姫が眉尻を下げる。
「まじかー。うちらも帰るかなぁ……けどなぁ……」
どうやら回復薬が足りないみたいだ。せっかくこうして出会ったのも何かの縁かもしれない。
「なら、俺の回復薬を使ってくれよ。足しになるかどうかわかんないけど、あとちょっとなんだろ?」
俺ならすぐに戻ってこられるし、困ってるみたいだもんな。【アイテムボックス】から百個ほど中級回復薬を取り出して床に並べた。
【斥候士】が「おお! これだけあれば二十階はかたいッス! ガチガチッス!」と目を丸くする。
姫が「まッ!?」と声を上げた。
【格闘士】のマッチョが俺に手を差し伸べる。
「今日から貴様を姫様親衛隊の特別隊員に任命する」
「あ、ええと、ありがとう」
「礼を言うのはこっちだ友よ!」
マッチョは俺の右手を両手で握ってブンブンと振った。握手まで荒々しい。
姫が【アイテムボックス】から布の束を取り出した。光の当たり方で色が変わる不思議な風合いの布地だ。
「もらいっぱじゃ悪いからこれあげる……べ、別に感謝とかしてないし、か、勘違いしないでよね!」
途端に愉快な取り巻き軍団が「ぐえええ! 姫様のツンデレが炸裂ぅ! キクゥ!」「ありがたやありがたや」「久しぶりッスねぇたまらないッス」と大盛り上がりだ。
「いいのか? なんか高そうだけど」
「ま、うちらなら結構採れるタイプのレアアイテムだし。そこそこ高く売れるからね。よーし! 行くぞ野郎どもぉ!」
「「「「「あいあいさーッ!!」」」」」
男たちはパパッと手早く中級回復薬をそれぞれ【アイテムボックス】にしまい込み、姫を囲んで祭壇に上がった。
「じゃーねー! アルアル~!」
手を振る姫に同じように返す。アルアル? なんのこっちゃ?
考えているうちに祭壇の床が漆黒に染まり彼らを呑み込んだ。
ずっと俺の後ろで我慢を続けていたエテルナが「アルヴィス様しゃがんでください」と訴えてくる。
「どうしたエテルナ?」
目線の高さを合わせると、幼女は俺のほっぺたを両手でつねって左右に引っ張った。
「イタイイタイイタイ! なにするんだよ!」
「お人好しがすぎるのではありませんか!?」
「いや、困ってたみたいだし」
「この先も、他の冒険者と遭遇する度に施しをなさるというのですかアルヴィス様は?」
ただでさえアイテムの持ち込みに制限がある【神魔の塔】では、さっきの姫たちみたいな物資不足のパーティーに出くわすかもしれない。
あれ? これって――
「なんだ……塔の中に助けを求める人がいたんだな」
「は、はいぃ? 急に何を仰るのですか?」
「なあエテルナ。砂漠に続く赤い荒野でさ……アイテムを売ってくれる行商人がいたら助かるって話したのを憶えてるか?」
幼女は腕組みすると頷いた。
「確かにそのようなことはありましたけど……」
「俺たちならそれが出来るってことだ」
自由に【神魔の塔】の中と外に行き来できる。俺がというよりエテルナの力だけど。
「た、確かに……あれ……もしかしてコレってお金儲けできるんじゃありませんか?」
俺は首を左右に振る。
「販売価格は町で買える値段にする」
「て、手数料くらいとっても罰は当たりませんよアルヴィス様」
「弱みにつけ込むみたいで嫌じゃないか?」
「みなを救うというのですか?」
「みんなはさすがに無理だろうな。手の届く範囲内でやれることをしたいんだ。エテルナは人助けには反対か?」
幼女は眉尻を下げる。
「その言い方はずるいのです。わたくしはアルヴィス様がやりたいことを応援するために遣わされたのですから」
「転移魔法の多用が負担になるなら断ってくれてもいいんだぞ」
困り顔のまま幼女はぐいっと胸を張った。
「断るだなんてとんでもない! 無理なものですか! アルヴィス様の成長に合わせてわたくしのサポート能力もめきめき上がっているのですから!」
「よし! じゃあ今後は他の冒険者パーティーと遭遇した時に、状況に応じてアイテムを実費で配布しよう」
「あうぅ……お人好しが過ぎますからぁ……お母様に選ばれるだけのことはありますけどぉ……お金だってがっぽがっぽできそうなのにぃ……自分より先に進んでる人たちの手助けなんて……」
どうやらエテルナは俺に儲けて欲しいみたいだ。
「俺がぼったくりなんてしたら【超初心者】の名誉に傷が付くだろ。良いことをすれば名声も高まると思うぞ。別にお人好しなだけでやるんじゃないんだ」
とでも言わなければ幼女は納得しなさそうだった。




