いつから【初心者】が挑んじゃいけないと思っていた?
神殿の夜が静かに過ぎていく。
ベッドの下の段で横になる。上の段で先に休んでいたエテルナから「アルヴィス様のぉ……おっぱい大好き人間……」という、恨み節のような寝言が聞こえてきた。
好きか嫌いかで言えばおっしゃる通りです。
俺は煩悩まみれです。
セツナとの特訓の件は、しばらく尾を引きそうだ。
ぼんやり考える。
剛体術式で身体能力を強化してから放つ十字斬り。
これが今の俺の最大火力だ。特定のスキルは追加でスキルポイントをつぎ込むことで、効果時間を延長したり威力の強化も可能だった。
二つのスキルを限界まで強化するのは、ありかもしれない。
けど、スキルポイントもったいないお化けが俺に囁くのである。
【超初心者】には守護精霊エテルナすら知らない、謎のスキルの発現があった。急成長がまさしくそれだ。
もしかしたら特別なのは急成長までで、ここから先は【超初心者】固有のスキルは無いのかもしれないけどな。
自由にスキルポイントを振り直しできれば、いろんな組み合わせを試せるのに……ルクス様と契約する時に言われた険しさが、ちょっとずつ身に染みてきたところだ。
進む道は自分で決める。誰も参考にはできない。
急成長というパッシブスキルの特性上、仲間と行動するのも難しかった。
もしエテルナがいなかったら、俺は本当にボッチだったと思う。
「ありがとな……エテルナ……」
「むにゃむにゃ……お肉おいひいれすぅ」
上から降ってくる寝言が噛み噛みだ。
明日も翠森郷デクニクスでレベル上げ。森を抜けさらに北西に進む道も続いているものの、町で集めた情報だとBランク――レベル20以上のパーティーが推奨とのことだった。
少し遠出をすると魔物の強さが一気に跳ね上がる。
無理した方が経験は積めるかもしれない。
エテルナの【初心者】用転移魔法で、いつでも神殿に戻ってこられる。
何より【初心者】の恩恵で、死んでも経験値を失わないんだ。
この【超初心者】の強みを最大限活かせないだろうか。
「どこかにぴったりの修行場とか無いかなぁ」
ベッドの上の段から寝言が返ってきた。
「さあアルヴィス様ぁ! おっぱいなどには目もくれず、わたくしに導かれて冒険者の頂点まで駆け上がるのれすううう!! ……ZZZzzz」
なにをもって頂点とするのだろうか。
頂点……てっぺん……頂上……。
ん? そういえばまだ試していない狩場が近くにあったぞ。
灯台もと暗しだ。
これまでレベル30以上のAランク冒険者がパーティーで行くものだと思って素通りしてきたけど、一度くらい様子を覗きに行ってもいいんじゃなかろうか。
この町の中心に建つ【神魔の塔】に。
翌朝――
巨塔が雲を貫きそびえ立つ。
【神魔の塔】の一角に身なりの整った高レベルパーティーが集っていた。
すぐそばに光大神シャイニの立像が建っている。
エテルナが不思議そうに首をかしげた。
「塔の入り口には初めて来ましたけど、中に入る扉がどこにも見当たりませんね?」
白と黒に塗り分けられた外壁は継ぎ目すらなくつるりとしている。
ちょうど境目のところに低い祭壇のようなものがあった。
「見ろよエテルナ。みんなあの祭壇に集まってるぜ?」
人をかき分け近づいてみる。
祭壇の床面に魔法陣が描かれていた。円が六等分されていて、パーティー六人がそれぞれ区切られたスペースに乗ると、魔法陣そのものが転移魔法の穴よろしく黒く塗りつぶされた。
落下するように一団が魔法陣に呑み込まれる。穴が閉じると次に順番待ちをしていたパーティーが登壇した。
そんな祭壇の脇に案内看板がぽつんとあった。
「えーとなになに……こちらの転移魔法陣は【神魔の塔】への直通運行を実施中です。神の眷属または六柱神の祝福を得ていない方はご登壇いただけません。一度内部に入りますと、冒険者による転移魔法やアイテム使用での脱出は不可となっております。十階ごとに設置された専用の転移魔法陣よりご帰還ください。高い階層ほど死亡時のペナルティが増加するためご注意ください。死亡して帰還した場合は内部で取得したアイテムは消失します。総合的に【初心者】向けのダンジョンとなっております。【初心者】歓迎! アクセスは【ステータスウインドウ】から……だってさ」
文面には所々気になるところがあった。
つーか怪しすぎるだろこれ。
わざわざ「冒険者による転移魔法やアイテムの使用」なんて言い方なんてするか?
何よりペナルティ増加ってのが穏やかじゃない。
にも関わらず順番待ちの人だかりだ。
レアアイテムと名誉がこの塔には詰まっている……んだよな。
…………。
うーん、なんだろう。
この立て看板の内容と、今の自分が置かれた状況が偶然そろったようには思えない。
ぼんやり見上げる。白と黒の塔は遠く蒼穹に吸い込まれて頂上は目視できなかった。
隣でエテルナが「わざわざ【初心者】向けとついているだなんて、それは朗報ですね!」と青い瞳をキラキラさせた。
「確かにそうだな。うん」
そこなんだよ妙に引っかかるのは。
辺りを見回す。英雄剣聖セツナとまでは言わないが、右を見ても左を見ても集まっているのは屈強な冒険者ばかりだ。
鏡でも見ない限り【初心者】の姿は見られない。
場違いと言いたげな冒険者たちの声が聞こえてきた。
「なんだあのガキ? 訓練校の支給品を着たまんまの【初心者】が【神魔の塔】に何の用だってんだ?」
「きっとアレだよアレ。冷やかしってやつ?」
「どうせチェックポイントのある十階どころか二階にもたどり着けないだろ」
「死んでも経験値ロストしないなんて気軽なもんだな」
「たしか【初心者】ってレベル10が成長限界っしょ? おいらは一日で【初心者】から転職したからどんなんだったか忘れたけどさ。ま、素人は一階で死に戻り決定だね」
「死に戻りなんて不吉なこと口にすんなよ。俺の知り合いが二十二階で死んでから立ち直れてねぇんだ。二十二倍のペナ喰らってレベルが三つも下がっちまった。十年の修練がぱぁだぜ」
「ライバルが一人脱落ってとこか。なんにせよ半端な気持ちで登るもんじゃないさ。それとも【初心者】に戻ってやり直すかい? 経験値ロストしなくて済むぜ?」
「ふざけたこと抜かすなって。なにが【初心者】だ。ろくにスキルも使えないクソザコじゃ上がれる階も上がれねぇっつーの!」
「違いないな。はっはっはっ!」
わざわざこちらに聞こえるように話す先輩冒険者たちめがけて、エテルナが「無礼者~!」と突撃……する前に幼女を脇の下から支えるようにして身体を担ぎ上げた。
胴長な猫のように守護精霊の身体がだら~んと伸びる。
「あっ! 何をなさるのですか白昼堂々幼女誘拐ですかアルヴィス様!?」
「ちゃんと順番は守らないとな。列の最後尾に並ぶぞ」
「で、ですけれど無礼者たちを野放しにはしておけません!」
「いいからいいから。俺たちは口じゃなく行動で示そう」
先輩たちが色々と教えてくれたと思えばいい。
この【神魔の塔】は普通じゃない。看板には増加なんて説明があったけど、死ねばレベルが下がるほどの重大なペナルティを科せられる。
自由に出入りもできず、死ねば得たもの全てを失うみたいだ。
高い階層に登るほど冒険者の名誉になるというのは、難易度が無茶苦茶高いからなんだろう。
駆け出しの【初心者】が単身乗り込む場所じゃない。
それでも……誰が後ろ指をさそうと関係無いさ。俺が見ているのはあの人の……漆黒鎧の冒険者の背中なんだ。
追いつこうと思ったら思いついたことはなんでもやってみよう。
幼女を連れて列の最後尾に移動した。
担がれたまま空中で手足をジタバタさせるエテルナをゆっくり降ろす。
地面に膝を着けると同じ目線の高さで彼女の顔をじっと見つめた。
「な、な、なんですかアルヴィス様? そんなに熱い眼差しを注がれると、身体がほてってしまいます」
「なあエテルナ。もしかしたらお前は、この【神魔の塔】を攻略するために生まれたのかもしれないぞ」
「はいい? わ、わたくしは【超初心者】を育成するために天上天下唯我独尊したのですが?」
幼女はすうっと天を指さした。
ずいぶん仰々しい誕生っぷりだ。だが、彼女の示した先にこそ【神魔の塔】の、誰もがまだ見ぬ頂上があるような気がしてならない。
守護精霊の力はこの塔と合っている。
直感だけど、不思議と上手くいくような気がした。
十分ほどで俺とエテルナの番が回ってくる。後ろに控えた冒険者パーティーのクスクス笑いにエテルナが反応するのだが、彼女を脇の下からスッと抱き上げた。
「お放しくださいアルヴィス様ぁ! 今すぐ後続の方々を処して参りますから!」
「仮にも冒険者を守護する六柱神から生まれた守護精霊が、冒険者を処しちゃだめだろ」
「あうぅ……アルヴィス様は悔しくないのですか?」
「誰かを見返すために強くなりたいんじゃないからな。誰かを助けるために俺は強くなるんだ」
この【神魔の塔】が応えてくれるかもしれない。
幼女が手足をばたつかせるのをやめた。
そっと壇上に降ろす。エテルナは小さく息を吐いた。俺を見上げて言う。
「それでも、わたくしはアルヴィス様が侮辱されるのは納得できないのです。言われなき誹謗中傷に晒されてお辛くはないのですか?」
俺の代わりに怒ってくれてるんだな。
「ありがとう。俺も悔しいよ。だから……一日でも早く強くなれるようにがんばるから、これからも力を貸してくれエテルナ」
「は、はい! もちろんですとも!」
エテルナを魔法陣の立ち位置に着かせて、俺は【ステータスウインドウ】を開いた。
これまでに表示されなかった【神魔の塔】という項目のタブが増えている。
指で触れると魔法陣を起動するかどうかの質問とともに【ステータスウインドウ】に攻略階数の表記が加わった。
現在0階。まずは行けるところまでだ。
起動すると足下に漆黒の穴が広がり、俺とエテルナは吸い込まれるように落ちていった。