特訓! ラッキースケベ!
ララルクスから一度北進し、西へと抜ける大森林ルートの開拓は快調に進んだ。
王都ストランディアから各地に伸びる街道沿いは、比較的安全が保たれている。
道中出くわす狼のガロウや毒キノコのポイズンマッシュルを倒して進み、技柱神デクスを祀る深緑の町――翠森郷デクニクスにたどり着いた時にはレベル17になっていた。
木工業が盛んで職人たちの集まるデクニクスで、念願のベッドを手に入れたのである。
処分品を超格安で買えたのには理由があった。
さっそくベッドを【アイテムボックス】に収納して、エテルナの転移魔法で【初心者】の神殿に戻ると小部屋に設置する。
「あ、アルヴィス様……どうして……大きなベッドがよかったのに……」
幼女がベッドの前で膝を屈してガクッと肩を落とす。
「広くはないけど高さがあって立派だろ。よし! じゃあさっそくどっちが上を使うか決めようか」
二段ベッドなのだ。誤発注で職人がうっかり作ってしまったものらしい。買い手がつかず発注者からのキャンセル料もあって、文字通り処分品価格だった。
立派な樫のフレームに、ふかふかとした寝心地の森林羊の毛を使った専用マットレスまでついてきた。
エテルナが幽鬼のようにゆらりと立ち上がる。
「下はアルヴィス様にお譲りいたします。戦いで疲れて神殿に戻ってきて、すぐにベッドに倒れ込むことができるのは下段なのですから」
「いやいや、高いところは危ないだろ。エテルナに怪我させるわけにはいかないからな」
どうやら守護精霊も譲るつもりはないらしい。
幼女は小さく頷いた。
「仕方ありません。こればかりはいかにアルヴィス様が相手といえど……六柱神じゃんけんで勝負なのです!」
六つの手の形で勝敗を決める手遊びだが、結果――
「勝ったぞおおおおおおおおおおおお!!」
「うううう! く、悔しくないですけど。全然負けても悔しくないですけど最初からお譲りするつもりでしたけどおおおおおおお!!」
兎の手を出したエテルナを俺の出した獅子の手が撃破した。
「来月になったらまた勝負ですから!」
「え? 毎月どっちが上段を使うのか決めるのか?」
「当然ですとも」
幼女は腰に手を当てむふーっと鼻息を荒くする。
そんなやりとりもあって【初心者】の神殿の一室に、ついにゆっくり眠れるベッドが設置されたのだった。
一週間ほど翠森郷デクニクスの近辺で修行に励む。急成長スキルで十倍の経験値を得ても、なかなかレベルが上がらない。
深い森の中、魔物に剣を振りつつ次はどこの狩場を開拓しようか思案していると、英雄剣聖セツナから「今から行く」というメッセージが【ステータスウインドウ】経由で届いた。
魔物を片付けエテルナの拳で穿つ転移魔法でララルクスに戻ると、セツナが【初心者】の神殿で待っていた。
「約束通り、お主に剣の手ほどきをしてやろう」
神殿の裏庭でセツナの指導を受けることになった。
エテルナは回復の泉の水を汲む係である。コップ一杯分出来たそばから、俺に持ってきてくれた。おかげで休憩時間を取る必要もなく、セツナの時間が許す限り特訓できそうだ。
さて、さっそく手合わせと思ったのだが、セツナが腰の刀を抜くことはない。
俺が剣を構えると背後に回り込み、背中に水蜜桃をぴたりと密着させる。ぷにぷにとした感触が背筋を撫でた。
女剣士は手取り足取り構えを修正してくる。こそばゆくてくすぐったい。
なんだかブドウみたいな果実の良い匂いがした。
「何を笑っておるのだ?」
「あ、いやええと……なんでもないです」
「変な奴だな。それよりもお主、本当にずぶずぶの【初心者】ではないか」
英雄剣聖曰く、俺は基本からして成っていないとのことである。
剣の柄の握り方から徹底的に直された。
姿勢を矯正されただけなのに、ほんの十分で汗だくだ。
セツナはゆっくり離れると前に立つ。彼女の視線は俺の手にする得物に注がれた。
「ところでその剣は未鑑定のようだな? 鑑定はしないのか?」
「実は一度、王都で鑑定をお願いしたんだけど、鑑定不能って突っ返されたんだ」
「ただならぬ気配を発しておるな。それなりに業物のようだが、どういった力が宿っているかわからぬまま使うのは不安ではないか?」
セツナは首を傾げた。が、俺は剣を天に掲げてみせる。
「俺が冒険者を志したのも、この剣をくれた人に救ってもらったからなんだ。使いこなせるようになるまで振り続けろって。その言葉を……信じてるんだ」
「ほほぅ。では我がどうこう言うことでもないのだが……いやしかし……ふむ」
女剣士は言葉を呑み込んだ。俺には剣の善し悪しはさっぱりだ。ただ、刃こぼれせず切れ味も落ちないので、それだけで俺には十分すぎると思う。
剣を鞘に収めてセツナの方に向き直る。
彼女に確認したいことがあった。
「ところで、この前ごちそうしてくれた日の帰り際の事なんだけど」
「ん? 藪から棒にどうしたのだ?」
「別れ際のセツナの言葉が気になったんだ。ええと……いずれまたこの空の下でってやつ」
女剣士は腕組みをすると「ああ、それか」と素っ気なく呟いた。
「何か知ってるのか!?」
「何かも何も、別れの挨拶ではないか。再会する時まで壮健であれという意味だ」
「そっか。ちょっと変わった言い回しだから、特別な意味でもあるのかと思ってたんだけどな」
セツナの柳眉が上がる。
「特別でないとは言っておらぬぞ。いつの頃から誰が始めたのかは我も知らぬところだが、進む道はバラバラでも同じ空の下でつながった同志という意味もあるそうだ」
同志……。
胸の辺りが熱くなった。セツナも、そして……漆黒鎧の冒険者も俺を同志と思ってくれたんだ。
「俺、がんばるよ! もっと強くなる!」
「その意気だぞアルヴィス。ところでお主は【超初心者】ということだが【剣士】の初級スキルも使えるのか?」
「取得すれば使えるぞ! 実際、挑発スキルには結構お世話になってるし」
「では十字斬りを取得するが良い。一呼吸のうちに縦斬りと横斬りの二連撃を叩き込む【剣士】の基本技だ。我も抜刀術と組み合わせて愛用しておる。単体の相手に対して有効かつ、小回りも利いて使いやすいからな」
「わかった!」
俺は【ステータスウインドウ】を開くと、乱雑に並ぶスキル欄を開いて【剣士】スキルから十字斬りを取得した。
「さっそく我に向けて放ってみよ」
「いいのか? 冒険者同士の殺し合いは御法度なんだろ?」
俺が手にしているのは真剣だ。
「お主の剣が我に届くと思っておるのか? 互いに同意があれば問題はないのだ」
レベル44の【剣聖】とレベル17の【超初心者】じゃ、実力の差は大人と子供……いや、赤ちゃんかもしれない。
なら、胸を借りるつもりで全力で行かせてもらう。
ついに念願の手合わせだ。といってもセツナが剣を抜く気配はないけど。
剣を抜き払い意識を集中する。頭の中に十字斬りを放つイメージがわき上がった。
腕の振り方。足の踏み込み方。体重の載せ方。すべて理想通りの動きを再現する――
「十字……斬りッ!」
発声とともに俺の剣は瞬時に二連撃をセツナめがけて叩き込んだ。
こんな動きが実際にできることに自分でも驚く。
目の前で女剣士の姿が霞のようにふわりと消えた。
背後から声がしてビクッとなる。
「ほほう。初めて放つ【剣士】スキルでその完成度か。驚いたぞ」
振り返るとセツナが笑っていた。
「え? なんで後ろにいるんだよ!?」
「これが【剣聖】の体捌きというものだ。まさか当てられるとでも思ったのか?」
どうやら俺の剣は届かなかったようだ。かすりもしなかったと思うと悔しいな。
と、その時――
セツナの着物の帯がスパッと縦に両断された。腰に差した刀が鞘ごと落ちて、引きずられるように帯びがはらりと宙を舞う。
引き締まった腰つきに浅く割れた腹筋があらわになった。
着物の胸元にも横一文字に切れ目が入った。押さえつけられていた双丘がぽろんと溢れ出る。
二つの水蜜桃にはツンと上向いた薄い桜色のつぼみが……って、俺は何をまじまじと見ているんだ。
「おっと、間合いを見誤ったか」
「見誤るなよ! いやわざとだ! 服だけ斬らせるなんてどんだけ器用な見切りだよ!」
「髪どころか顔まで赤くなっておるな。青少年にはちと刺激が強かったか」
上腕でもっちりとした南半球を持ち上げてセツナは「なかなか立派であろう」と自慢げだ。お尻でのの字を書いてみせる。
ムキムキの豪傑だと思ってたのにムチムチでイイケツだった。
「セツナが立派なのは解ったから隠すか別の服を着るかしてくれ!」
見ないようにと顔を背けると、神殿裏口の扉の前に虹色に光る水を並々注いだコップを手にした幼女とぴたりと目が合った。
あっ……涙目になってる。いや違うんだ! わざとじゃないんだって!
上半身丸裸のセツナと、俺の顔を交互に見てからエテルナが吠える。
「いったい何の特訓が始まるというのですかあああああああ!」
セツナが目を細めた。
「今回はアルヴィスにしてやられたぞ。初めての手ほどきだというのに……やりおる」
「むきょほおおおおおおうううううんんごおおおおおお!」
奇声を上げて幼女が俺に詰め寄った。
「ご、誤解だエテルナ! セツナに新しい技の使い方を教えてもらっていただけなんだ!」
「どうしてセツナ様が脱いでいるんです? というか脱がせたのですよね?」
「脱がせたんじゃない。剣の先がちょっとこう……い、悪戯をしたんだよ」
「剣……」
幼女はコップを手から落とすと耳まで真っ赤になる。顔面を両手で包むようにして「剣とか先とか悪戯とか、全部何かの隠語なのですかああああ!」と泣きながら神殿に逃げていってしまった。
俺はただ【剣聖】から手ほどきを受けていただけなのに、どうしてこうなった。
「待ってくれエテルナ! セツナからも今のは不可抗力だったとあいつに言ってやってくれないか?」
黒鹿毛の尻尾のような長い後ろ髪がふるふると左右に揺れた。
「事実を伝えただけではないか。さて、今日はここまでのようだな」
女剣士は虚空からマントを掴んで引き出し身に纏う。足下に落ちた帯と刀を蹴り上げて手にすると俺に告げる。
「次は我にこの愛刀雷切を抜かせてみせよ。期待しておるぞアルヴィス」
【アイテムボックス】から虹色の羽根を取り出して使うと、空間に穴を生み出してセツナの背中がその中に消えてしまった。
ん……ええと、これはつまり。
「に、逃げやがったああああああああ!」
このあと、エテルナにたっぷりと事情を説明して一日が終わってしまった。
話し合いの結果、一度は手にした二段ベッドの上段使用権を一ヶ月彼女に譲渡することで講和した。
ちょっと悔しいけど、目を閉じればまぶたの裏にセツナの姿が思い浮かぶ。
いかんいかん消えろ煩悩!