近場でレベルが上がらない? そうだ遠征しよう……
ララルクス近辺で魔物を倒してレベルを上げる。
強くなるにはこれが一番だ。
温存していたスキルポイントもいくらか使うことにした。便利な生活魔法を始めとした【初心者】の基本スキルをいくつか習得。
さらに【超初心者】らしく、他の職位のスキルも取得した。
【剣士】の挑発と【防魔導士】の剛体術式の二点だ。
戦闘開始前に剛体術式で身体能力を強化し、挑発で魔物を呼び込んで撃破するという使い方である。
普通のパーティーでもよく見る組み合わせだ。漆黒鎧の冒険者も自己強化の魔法を使ってから戦闘してたし。
ちょっとだけ再現できたかもしれない。
このスキル連携で経験値稼ぎ用水饅頭ことプルン十匹を、簡単に撃破できるようになった。
狼系のガロウも四匹までなら対処可能……だけど、五匹目が来たら「逃げ」である。
パッシブスキル――急成長。取得してからサクサクとレベルが上がるようになったのだが、それでもついにペースが落ちてきた。
エテルナ曰く「レベル15からレベルアップに必要な要求経験値が指数関数的に上がるのです」とのことである。
指数関数とはなんぞや? と思ったが、要はこれまで通りの狩り方ではスキルの急成長をもってしても、レベルが上がりにくいらしい。
そこで街道を西へと向かい荒野にまで狩場の領域を広げることにした。
ようやく冒険らしくなってきたぜ! 準備を整え未知の領域に踏み込んだ。
乾いた赤い大地に緑が点々と続く。巨岩を削って作られたような渓谷は、かつての大河だった名残だった。古代の川底を進めばその先は砂漠地帯に続いている。
時折吹き抜ける風は、強い時には視界を奪うほどの砂煙を上げた。
過酷な道のりも生活魔法の水作成で乾き知らずだ。食料や魔物を倒して得た素材も【アイテムボックス】に入れておける。
赤い砂煙を立てて歩く。エテルナの歩幅に合わせようとすると「早く参りましょうアルヴィス様!」と逆に急かされるくらいだ。
赤い渓谷の魔物は人食いサボテンやらジャイアントスコーピオンといったトゲトゲっとした連中だった。
個々の力が体感で平原の魔物の倍以上。マジで強い。つーかヤバイ。
加えて毒針やら麻痺花粉をまき散らしたりもしてくる。
町で毒消し薬を三つほど買っておいたものの、早々に使い切った。
半日以上かけて平原の街道を抜けたのに、新しい狩場に到着して一時間も持たないなんて、やっちゃった感が半端ない。
回復薬を使い切ったので休息に入る。【防魔導士】の解毒魔法や回復魔法を取得するか悩ましい。けど、道具で代用が利くんだよなぁ。
剛体術式のために魔力は温存したい。道具でできることは道具で済ませよう。
ともかく便利な【アイテムボックス】だけど、許容量というものが決まっているみたいだ。
レア度の高いアイテムほど容量を圧迫すると使ううちに解ってきた。
まあレアアイテムなんて見たこともないし、あと、俺のレベルアップで容量が増えるっぽい。
今しばらくはパンパンになる心配はなさそうだ。
崖際に落ちた巨石の岩陰に腰を落ち着ける。ここなら魔物にも見つかりにくいし、日差しも防げて休むにはぴったりだ。
一息ついてから幼女に訊く。
「なあエテルナ。この近くに旅の宿場とかないか?」
「そのような施設は砂漠のオアシスまではないと思いますアルヴィス様」
「都合よく行商人が通りがかってアイテムを売ってくれると助かるんだけどな」
エテルナは首を傾げた。
「さすがにそれは難しいかと。昔は親切な先輩冒険者が、困っている後輩にアイテムをあげたりしていたようですけど……」
「いったいいつから変わっちまったんだ? 昔はもっと助け合いをしてたんだろ?」
エテルナは困ったように眉尻を下げた。
「契機となったのは【神魔の塔】の調査が解禁になってからかと。けど……」
歯切れの悪い。
たしか訓練校でもちらっと聞いた話だし、カマッセのやつも言ってたけど、ララルクスが【初心者】の町じゃなくなった理由は【神魔の塔】の他にもう一つある。
「十年前にも何かあったんだよな?」
「お母様の記憶によると、とある魔族によって多くの新人冒険者が殺されてしまった事件があったそうなのです」
「冒険者は復活できるし【初心者】なら経験値も減らないんだよな?」
「それが……復活できなかったのです。【初心者】の加護が襲撃者の魔族の力によって封印されてしまったとか」
「加護がないまま死んだらどうなっちまうんだ?」
幼女は首を左右に振った。復活できなかった……そんな恐ろしい力を持った魔族がいるのかよ。
「たった一人の生き残り以外は……わたくしもお名前しか存じませんが、その一人というのが、現在勇名を馳せている英雄剣聖のセツナ様なのだそうです」
セツナの名を最初に知ったのはカマッセからだった。
ララルクスを拠点にしていれば、英雄の活躍を自然と耳にする。
セツナは今現在【神魔の塔】の到達階数ランキングでトップを走る冒険者だ。
鋼竜の鱗すら切り裂く東方式の曲剣――刀の使い手だとか。
きっとムキムキマッチョの激シブな豪傑に違いない。
いつか剣技を教えてもらいたいな。
「なあエテルナ。ララルクスが魔族に襲撃されたあとは、どうなったんだ?」
「ええと、少し長くなるのですけれど……」
前置きして幼女はざっくりと教えてくれた。
新人冒険者が襲撃で一網打尽にされることを危惧した王国は、ララルクスを除く残りの五大柱神都市にそれぞれ冒険者訓練校を置いたそうだ。
王都ストランディア。賢人都市インテリウム。翠森郷デクニクス。自由港アルアジル。鋼鉄城塞ストロビュート。
俺が学んだのは最も多く志願者が集まるストランディア校になる。同じ年でも各校で募集の時期をずらし、ララルクスには契約のために訪れるだけにしたことで惨劇――【初心者】狩りは以降発生していないとのことだった。
だが襲撃した魔族は討伐されていないらしい。
日陰で十分に身体も休まったところで立ち上がる。
「よし、ララルクスに帰るか」
幼女もひょいっと立ち上がり、手でお尻の辺りをパンパンっと叩いてから頷いた。
「ここから歩いて帰るのですか?」
「もちろんそのつもりだぞ」
ララルクスの町の道具屋で売っていた移動用アイテム――虹色の羽根。一度訪れた町に自由に移動できるという素晴らしいものだ。
価格は俺とエテルナの食費一週間分である。しかも一度使うと無くなる消耗品だった。
いやー赤字垂れ流し遠征で使うなんてキツいって。それに、ちゃんと歩いて帰れる余力はきっちり残してある。
と、エテルナがエヘンと平らな胸を張った。
「実はわたくしも成長したのです。なんとなんと! 転移魔法の拡張に成功いたしました!」
「拡張? 穴でも広がったみたいな言い方だな」
そういえばエテルナが転移魔法を使うところを俺は見たことが無い。
理由は簡単で、俺が死んだ後に使われるものだったからだ。
エテルナは両手で顔を押さえた。
「ば、ばかばかばかばか! アルヴィス様のばかぁ! ある意味そうですけど誤解を招くような言い方しないでくださいませ! 機能が拡張されたのです!」
なにやら幼女の逆鱗やら禁忌に触れてしまったらしい。
「よくわからんが、わかったわかった。誤解を招かないように詳しく穴のことを教えてくれ」
「わかってなーい! 全然わかってませんからそれ!」
なんで怒られているのか、これがわからない。
ほっぺたを膨らませて幼女は続けた。
「ともかく、わたくしの転移魔法の利用できる範囲を【初心者】の職位を持つ冒険者にまで広げました。もちろん【超初心者】も含まれます。開発大成功です!」
「つまりどういうことなんだ?」
「これからは、いつでも【初心者】の神殿に戻ることができます。守護精霊が帰還するための専用で特別な転移魔法なので、他の神殿や町には行けませんけど絶対にどんな状況からでも戻ってこられるすごい魔法なのです」
俺は地面に膝を着いて幼女の手を両手できゅっと握った。
「帰り道の心配がいらないじゃないか! でかしたエテルナ!」
幼女の目尻がトロンと落ちる。
「うえへへぇ……それほどでもぉ……っと、それだけではありませんよ! 同じ座標に戻る能力も得たのです!」
「座標? もう少しわかりやすくお願いしやがります守護精霊様」
正座して背筋をピンとさせると、幼女は海老反ってふんぞり返った。
「簡単に説明すると、この場所から一度【初心者】の神殿に戻って補給と回復をしたあと、またこの場所に戻ってこられるんです。すごくないですか?」
つまり冒険を再開できるってわけだな。
めっちゃすごい! いいじゃないかそれいいぞすごくいい!
俺は前傾すると幼女に平伏した。
「お見それしましたエテルナ様」
「お、おやめくださいませ。わたくしこそ、アルヴィス様に尽くせる果報者なのですから」
なぜかエテルナも正座するなり俺と同じように平伏する。
二人して、赤い大地で、土下座り合う。
なんだかよくわからんことになってしまったが、スキル急成長に続いてとんでもない【超初心者】特典だ。
顔を上げるとエテルナは続けた。
「ただし、わたくしの転移魔法は先ほども説明しました通り【初心者】系の職位しか通行不能なのです。将来、アルヴィス様がお仲間と冒険をするようになった時には……きっとお役御免ですから」
幼女は儚げに笑った。
「他の職位の仲間と一緒には使えないんだな」
「そうなのです。けれど、その頃にはお仲間に【防魔導士】もおりますでしょうし、転移魔法はそちらの方にお任せすれば良いのです」
エテルナのサポートは俺に仲間ができるまでの……【初心者】への救済措置ってことなのかもしれない。
少し寂しい感じがした。エテルナの力を借りずに一人前になったって、彼女がいなくなるわけじゃないのに。
立ち上がり手を差し伸べる。
「わかった。それまでよろしく頼むな!」
「お任せください。立派な【超初心者】にしてさしあげますから!」
幼女は俺の手を握り返した。
と、その時――
砂を巻き上げた赤い風が谷間の道を吹き抜けた。邪悪な気配を纏って。