実情! ギスギス冒険者ギルド!
「募集を出したアルヴィスだな?」
優男は言うなり俺の眼前に長杖を突きつけた。
「お、おう! よろしく……ええと……」
「ニーヒルだ。レベル33のAランク【上級防魔導士】で到達階数は二十階。いずれ【神魔の塔】の制覇者として歴史に残る名前だから覚えておくがいい」
俺は拳を握って振り上げた。
「よし! がんばろうぜ!」
「はぁ?」
ニーヒルはぽかんとした顔だ。
「あんたみたいな腕利きと組めるなんて光栄だよ。これからよろしくな!」
握手を求めて手を差し伸べると長杖に叩かれる。
「痛ッ! な、なにすんだよ。あっ! あれか? 俺が不意打ちを避けられるかテストしたんだな?」
「お前はバカか。何が【超初心者】だ。雑魚がふざけた職位を騙るんじゃない」
ふざけてないんだよなぁ。
糸のような目をかっぴらきニーヒルは俺を見据える。眼差しに敵意が満ちていた。嘘なんてついていないんだが、説明しても聞く耳を持ってもらえなさそうだ。
どうすれば俺が本当に【超初心者】と解ってもらえるだろう。
と、その時――
「今……バカにしましたね? 【超初心者】の事をバカにしましたね!」
俺の背後からウサ耳フードの幼女が飛び出した。
詰め寄りながらエテルナがビシッとニーヒルの顔を指さし吠える。
「無礼ですよ! こちらにおわすは六柱神が一柱、幸柱神ルクスに認められしユニーク職位【超初心者】となられた未来の英雄アルヴィス様なのです! 本来であれば【上級防魔導士】がパーティーを組めるような方ではもごごむごふごおおおむきいいいい! ふしゃああああああああ!」
ああああああもうがんばらないで守護精霊。
これ以上いけない。と、俺はエテルナの口を手で覆う。幼女は不満気な視線をこちらに向けながら手のひらを甘噛みし始めた。おいコラやめろくすぐったいだろう。
ひとまずエテルナを解放する。視線で「こらえてくれ」とお願いすると、幼女はしぶしぶ頷いた。
ニーヒルが口元を緩ませる。
「なんだお前は……小娘に奇妙な仕込みまでして哀れだな。そこまでして高レベル冒険者に取り入り寄生したいのか? ふざけた職位で興味を惹こうって魂胆が見え見えなんだよッ!!」
なるほど……そう見えるのか。
「なあニーヒル。お前、もしかして最初から俺と組むつもりは無かったのか?」
「当たり前だろ! ふざけた奴は許せないんだ。ただの【初心者】なら見逃してやったが、何が【超初心者】だ。冒険者の掟さえ無ければこの場で殺してるところだ」
「掟ってなんだ?」
「そんなことも知らないのかド素人が!」
知らなかった。そんなの。
訓練校って本当に必要最低限のことしか教えないんだな。情報も古いみたいだし。
説明好きのお節介なカマッセが懐かしい。訊けばだいたいの事は教えてくれた。
首を傾げる俺に、エテルナが「冒険者同士の殺し合いは御法度という協定です」と囁いた。冒険者は魔族や魔物と戦うのが仕事で、人間同士で殺し合いなんてそもそもしないだろうに。
ニーヒルは再び目を細める。
「身の程をわきまえろ低レベル」
自分が場違いなのは理解した。レベルが物を言う世界だ。
「わかった。じゃあ俺がもっと強くなったらそのときは組んでくれよ!」
もう一度、俺は手を差し伸べる。すると――
長杖が目に見えない速さで俺の左頬にめり込んだ。
首ごと身体を持って行かれて壁に激突する。
痛ってええええええいきなり何しやがるんだよ!
騒動を遠巻きに見ていた他の冒険者たちは揃いも揃って冷笑を浮かべていた。
「まったくニーヒルのお人好しにはまいるよな」
「こういうガキは無視しときゃいいってのに、わざわざ自分から絡みに行きやがるし」
「つーかララルクスはとっくの昔に【初心者】の町じゃねぇっての。目障りだからうろつくんじゃねぇよ低レベルが」
この場で正しいのはニーヒルの方ってか。
「な、な、何するんですか無礼ですよ!」
エテルナが俺をかばうように糸目の男との間に立った。
男は長杖の先をエテルナにスッと向ける。
「殺しちゃいない。先輩冒険者として稽古を付けてやったんだよ。これに懲りたら二度とふざけた騙りをするなよクズどもが」
吐き捨ててニーヒルは背を向ける。
尻餅をついたまま、俺は確認するように首をコキコキと鳴らした。
もげたかと思ったがちゃんと身体とつながっていて一安心だ。
「待て。ふざけてなんていないぞ。嘘はついてない。証拠なら……ある」
ぶん殴られる前に気づけよ俺。ちゃんと身分証明できたじゃんか。
見れば嘘じゃないと一発で解るはずだ。つーかわかれ!
「証拠だと? そんなものあるわけがないだろう」
「あるさッ! こいつを見てみろ」
くらえッ!
俺は【ステータスウインドウ】を開くと滑らせるように飛ばす。ニーヒルは振り返ると手にとった。
虚空に浮かぶ半透明の板に刻まれた文字の羅列を目で追うと、再び糸目が開かれる。
「これは何かの間違いだ」
「間違っちゃいないさ。本当に職位が【超初心者】だろ?」
ニーヒルは両肩をプルプルと震えさせる。と、いきなり俺の【ステータスウインドウ】を床にたたきつけた。実体を持たないはずの板状のそれがパリンと砕けて空気に溶ける。
エテルナが腕組みをして胸を張った。
「どうです本当でしたよね謝ってください! 嘘つき呼ばわりされたあげく二度もあなたにぶたれたアルヴィス様に謝って!」
「いいんだエテルナ。元はといえば俺の募集の文言で誤解されたんだ。悪かったなニーヒル。エテルナも俺も嘘をついて誰かを騙し利用するつもりは無かった。それだけはちゃんと知って欲しかったんだ」
ニーヒルは右手で自身の顔面を覆うようにした。
「こ、こ、こんなもの偽装だ! 改ざんだ! 何がユニーク職位だふざけるな! お前みたいなガキが神に選ばれるわけないだろうがッ!」
「いやええと、落ち着けってニーヒル」
「気安く名前を呼ぶな!」
「そもそもレベル10の新人冒険者の俺がどうやって【ステータスウインドウ】の内容を書き換えるんだよ?」
やっとぶん殴られたダメージが抜けてきたので立ち上がる。
魔導士の青年は眉間にしわを寄せた。
「それはその……何か特別なレアアイテムを使ったんだろう? そうだそうに違いない!」
「この俺がレアアイテムなんて持ってるように見えるか?」
訓練校で支給された【初心者】用の冒険者服姿は、控えめに言って金持ちには見えない。丈夫だし動きやすいし機能的だから俺は気に入ってるんだけどな。
「ぐっ……」
ニーヒルは言葉を呑み込むと黙り込む。俺の隣に寄り添うようにして、エテルナが「そうですとも! アルヴィス様がお金持ちに見えますか!? 一日戦って夕飯代を稼ぐのがやっとなんですよ?」と追撃した。
ああああああうううぐうううおおおッ!
言い出しっぺは俺だけど、やめてくれエテルナ。自分で言えば自虐で済むが、誰かに言われた事実は時に人を傷つけるのだ。
突然、ニーヒルが長杖を振り上げた。
「さっきからうるさいんだよ」
見開かれた目がエテルナを補足する。
とてつもなく嫌な予感がした。こいつには二度ほどお見舞いされている。
瞬間――
俺は剣を抜き踏み込むとニーヒルの喉元に切っ先を突きつけていた。
「やめろ……ぶん殴るんなら俺にしておけよ」
癒やしと守りの魔法で仲間を救う【防魔導士】が、子供相手に何しようっていうんだ。
世界が静止したように、ギルド内は静まりかえった。
と、急にニーヒルの顔が醜く緩んだ。
「クッ……は、はははは! 冗談だ! そんな大人げない真似をするわけがないだろう。さてと……人を待たせているのでね。失礼するよ」
長杖を下ろして笑いながら、ニーヒルはギルドを去った。
こちらも剣を鞘に収める。
普通に考えたらレベル10の俺が勝てる相手じゃないんだが、さすがにニーヒルもギルド内でこれ以上無茶はしなかったか。
ふと見ると周囲の冒険者たちがひそひそと言葉を交わしていた。
「ニーヒルの野郎、レベル10のガキに気圧されやがったな。あいつはもうダメだ」
「昔から負けそうになるとああやって逃げてた奴だし」
「雑魚相手に憂さ晴らしするはずが滑稽晒しやがって。無様だぜ」
ニーヒルもニーヒルだが、そういう話をしているお前らもどうかと思うぞ。
なんかギスってないか冒険者ギルド。昔はもっと雰囲気が良かったってルクス様も言ってたのに、どうしてこうなった?
エテルナが潤んだ瞳で俺を見上げる。
「相手が引いたから良かったですけど、ギルド内で殺し合いなんてしたら出禁ですよ!」
「そんなことよりお前が怪我させられる方が俺は嫌だぞ」
「そ、そんなことってッ!?」
青い瞳がまん丸くなる。そこまで驚くことないだろ。
「エテルナ……お前は【超初心者】の評判を良くしたいんだよな? みんなと仲良くしなきゃいけなくないか?」
俺は幼女のこめかみを拳で挟んでぐりぐりとこねる。
「ひいいい! ごめんなさいごめんなさい! 反省いたしましたから!」
「ならばよし。言いたいことを我慢しろとは言わないから、今後は伝え方に気を付けてくれよ?」
「は、はぁい」
しょんぼりするエテルナを解放する。と、彼女はこめかみを両手で押さえながら、涙目で俺に言う。
「あの、ありがとうございますアルヴィス様。守ってくださって……ああ……ううぅ……本来であれば、わたくしがお守りしなきゃいけないのに」
エテルナが無茶しようとしたのも、俺を守ろうとしてくれたからだ。
こいつのためにも、もっと強くならないとな。
「十分守ってもらってるって。これからも導いてくれよ」
「は、はい! アルヴィス様のお役に立てることが、わたくしにとって至高の喜びです!」
もじもじと膝頭を擦り合わせて幼女は頬を赤らめた。至高だなんてちょっと大げさだ。
仲間を集ってパーティーを組むのは、俺がそれなりに強くなるまでお預けだな。