【超初心者】にもわかるパーティーの組み方
プルンを殴る。レベルアップ。プルンを殴る。レベルアップ。
と、ここまでハイペースじゃないけど、簡略化するとこんな感じで一週間が経過した。
俺は予定よりも遙かに早く【超初心者】レベル10に到達したのだ。
急成長スキルと【初心者】の神殿とエテルナの献身的なサポート、これら三本柱のおかげである。
回復の泉の水をキメることで夜通し戦い続けてもへっちゃらだった。
倒した魔物が落とす魔石や素材になる部位を売って、少ないながらお金もゲット。
ま、大半が二人分の食費に消えたけど。
小さな身体のどこに入るんだろう? そんなエテルナの食いしん坊ぶりを知ることもできた。
財布は軽くともなんとかなるものだ。
それから一週間の実戦で解ったこともあった。
冒険者としてレベルが上がる「強くなり方」は、普通に修練するのとまるで違う。地力が純粋に大きくなるって感じだ。
もはやぶつかってくるだけの水饅頭など敵ではない。ただし十匹以上で押し寄せるのはご遠慮いただきたい。
俺のレベルアップに伴いエテルナも成長(?)しているとは本人談である。
回復や支援の魔法が使えるようになってくれると助かるのだが、腕まくりをしてぷにぷにの二の腕をくの字に曲げると「見えないところでパウァーがアップしてる感じです」とドヤ顔だ。
パワーじゃなくてパウァーなの?
発音だけであまり変わって無いような……いや、口に出すのは野暮というもの。
で、レベルは上がったものの、活動範囲は相変わらずララルクス近辺だ。
町から離れるとプルンだけでなく、ガロウという狼系の魔物に出くわすようになる。
こいつらがマジやばい。
プルンの群れよりも凶暴で三回ほど【初心者】の神殿送りにされた。
魔物の攻撃が激しいと戦闘中の回復が間に合わない。【アイテムボックス】から回復薬を取り出して使ったとしても、その間に攻撃されて回復した分が相殺される。
俺がピンチに陥れば、エテルナが屈伸やら拳法の型を披露してアップをし始めるのも悩みの種だった。
そんなある日――
俺がガロウの群れに四回目の神殿送りにされかけたところで、ついに「堪忍袋がぷっちんいたしました!」と、エテルナが参戦。
幼女がガロウを殴り倒し蹴散らし始めたのである。
ちな、守護精霊は普通に強かった。
「グルルルルルウグオガアアアアアア! 噛まれたい奴からかかってきやがりませなのです! 駆逐してやりますとも!」
「狂犬かお前は」
「かかってきやがれなのですうううう犬ッころどもがああああ!」
エテルナの気迫に圧倒されたガロウたちはちりぢりに逃げていった。
野性の魔物はその場の誰がボスなのかを本能で嗅ぎ分けるらしい。
って、いやいやいや、メイン幼女来たこれで勝てる! という状況はいかんでしょ。
俺の冒険者レベルではなくエテルナの番犬レベルが上がってしまいそうだ。
ということもあって、俺はエテルナとともにララルクスに戻ると、その足で冒険者ギルドに向かった。
酒場と簡易道具店が一つになったギルドの建物は、【神魔の塔】を挟んだ【初心者】の神殿のちょうど対岸にあった。
毎日、多くの冒険者でごった返している。
通り沿いにある中央入口の前で俺は立ち止まる。
隣で幼女の青い瞳が俺を見上げた。
「あのあの……本当にパーティーを組まれるおつもりなのですかアルヴィス様?」
「そのために来たんだ。【防魔導士】だと助かるな」
レベルアップ時に獲得できるスキルポイントは使わず温存してある。パーティーを組んだ相手に取得スキルを合わせることも視野に入れてのことだ。
職位【超初心者】の柔軟性を生かすも殺すも俺次第ってわけだな。
エテルナはうつむくとごにょごにょと呟く。
「せ、せっかく二人きりなのに……わたくしでは満足していただけないのですね……」
小声すぎて聞き取れないぞ。
「どうしたエテルナ?」
「なんでもありません! ところで冒険者パーティーのルールはご存じですか?」
「ええと確か……ギルドに募集申請して待ってればいいんだよな」
幼女はフードについたウサ耳を揺らして首を左右に振った。
「それだけではないのですアルヴィス様」
「どこかのパーティーの募集に参加するのも手か!」
守護精霊はさらに首を横に振り続ける。ほっぺたがぷるんぷるんとしてなんとも愛らしい。
「それもありますけど、ええとそういうことではなくて……」
エテルナは口を尖らせ伏し目がちになる。
「他に思いつきませんかアルヴィス様?」
「そうだな、直接声を掛けるってのもありじゃないか?」
「誘えばパーティーが組めるとお思いのようですね。仕方ありません……わたくしがちゃんとご説明いたしますね」
どうやらエテルナの欲しかった回答を俺は提出できなかったようだ。
ここは黙って拝聴しよう。
幼女はピンッと人差し指を立てた。
「まず、パーティーの最大人数は六人までとなっております。フルパーティーというものです」
俺は腕組みをして目を閉じる。確か訓練校の教官も同じようなことを言ってた気がするのだが、どうして六人なのだろう。
「もっと大勢でパーティーを組めばいいんじゃないか?」
「六柱神の加護が最大限発揮されるのが六人なのです」
なるほど神様の人数に由来するのか。ふむふむと頷く俺に守護精霊は続けた。
「レベル帯が近しい六人パーティーで戦闘し勝利すると、経験値を160%で取得できます。この経験値ボーナスのためにもフルパーティーが推奨されるのです」
「経験値も増えるのか。パーティーを組んだ方がお得なんだな」
早く仲間を見つけてパーティーで活動したいぜ。
やれるとわかれば【初心者】も見直されるだろうし、良いことずくめじゃないか。
幼女は眉尻を下げて困り顔だ。幼女なのに憂う姿は妙に大人びて見えた。
「それなんですけど……ええと……アルヴィス様の成長速度が速すぎて公平なパーティーを維持するのが難しいといいましょうか……その……」
「公平なパーティー? それって不公平なパーティーもあるみたいな言い方だけど……」
「はい。パーティーには二種類あって、レベル差がプラスマイナス5以内であれば公平なパーティーとして、パーティーで得た経験値はそれぞれ均等に分配されます。ですが、レベル差がそれを超えてしまうと160%のボーナスも消失してしまって、敵に止めを刺した冒険者のみに経験値が入るのです」
早口で一気にまくしたてて、エテルナはゼーゼーと肩で息をした。
しゃがみ込み彼女の背中をさする。
「なるほど、わからん」
「理解してください! あと、背中をさすってくださってありがとうございます。その優しさをどうかいつまでも忘れないでくださいねアルヴィス様」
俺が変わってしまうの前提で話を進めるのやめろ。
「ともかくレベル差があるとパーティーを組むメリットが無くなるんだな」
幼女は頬を紅潮させながら「そのとおりです!」と大きく頷いた。
となると不公平パーティーを組むなら対価が必要ってことか。
……あっ。
エテルナが困っている理由が、ようやく俺にも理解できた。
「なあエテルナ。もしかして俺だけレベルが上がるのが早すぎて、せっかく誰かと組んでもすぐに公平パーティーじゃなくなるんじゃないか?」
職位【超初心者】の固有スキル――急成長。
落とし穴はどこにでもぽっかりと口を開いているものだ。
幼女は両手をグーにして脇をきゅっと締めながら言う。
「そうなのです。組んだ方とアルヴィス様とでは成長速度が段違い! レベル差が開いてあっという間に不公平なパーティーになってしまうかと」
なるほどな。
そういうことなら問題無い。
「俺が仲間のレベル上げを手伝えば解決だな!」
「アルヴィス様……」
青い瞳を潤ませてエテルナは俺の顔をじっと見据えて告げた。
「申し上げにくいのですが、そもそも今のララルクスの町でレベル10の冒険者と組もうという方がいるかというと、とても望み薄なのです」
「なんだって?」
「論より証拠をお見せいたしましょう」
幼女は俺の手を取って引く。連れられるままギルドの建物内に足を踏み入れた。
受付カウンターがずらりと並び。魔力投影式の掲示板に次々とパーティー募集やクエストの情報が入れ替わりで表示されていた。
どの募集もレベル30以上という条件しかない。クエストについても【神魔の塔】攻略という文言と目標階数の組み合わせばかりだった。
あーなるほど理解したわ。
エテルナはしょんぼりと肩を落とす。
「お母様の記憶によれば、かつては【初心者】同士でパーティーを組み、森で希少なキノコの採取や薬草摘みといったクエストが溢れていたそうです。高額な報酬やレアアイテムは見つかりませんでしたが、ララルクスの酒場に冒険者たちは集まって、美味しいものを囲みながら楽しそうに成果を語り合っていたとか」
「昔とは色々と変わっちまったんだな」
守護精霊は伏し目がちになって頷いた。今やララルクスは【神魔の塔】攻略の最前線で【初心者】なんてお呼びじゃないってか。
「高レベルの方々が【初心者】に稽古をつけてあげたり、見返り無しで不公平パーティーに入れてレベル上げをしてあげたりもしていたそうです」
「それも昔の話か」
「今は有償が当たり前ですから。アルヴィス様が善意から無償で何かをしてあげようというのなら、きっとその裏に良からぬ別の何かがあると疑われてしまうでしょう」
「誰かを助けるのに理由が必要……それが普通なんだろうな」
幼女は寂しそうにうつむいた。俺はエテルナの頭を軽く撫でる。
「はうぁ! い、いきなりそういうことをされると、わたくしびっくりしてしまいます!」
「お、おう。ごめん。ええと……いろいろと心配してくれてありがとうなエテルナ」
幼女はじっと俺の顔をのぞき込むと、真っ直ぐな瞳で告げる。
「ですので、アルヴィス様と志をともにするような、真の仲間が見つからなくとも気落ちなさらないでくださいね」
「お、おう! でもまあ、せっかくギルドに来たんだしダメ元で募集を出してみるよ。これも勉強だ」
「あうぅ~前向きすぎます。何かあっても何もなくても、傷つくのはアルヴィス様なのですよ~」
「ならやってみる方を選ぶぜ。くじけてたって何も良いことは起こらないからな」
今度は俺がエテルナの手を引いて受付カウンターに向かった。
パーティー募集の内容は以下の通りだ。
当方【超初心者】のレベル10。ララルクス近隣でレベル上げの仲間を募集中。人数不問。レベル差がついた時は公平パーティーになるまで手伝います。【防魔導士】だと助かります。
申請を終える。後は参加の意思がある冒険者がいれば、このギルドの建物内にいなくとも【ステータスウインドウ】に受諾のメッセージが届くとのことだ。
さすがに俺の都合ばかり押しつけた募集だし、参加者は現れないだろう。
と、思った矢先に【ステータスウインドウ】がひとりでに開き、交渉の文字が浮かび上がった。
「ま、マジかよ!?」
「えっ……こんなことってあるのですか?」
俺とエテルナが違いに顔を見合わせていると、行き交う冒険者の中から白法衣の青年がこっちに近づいてきた。
色素の薄い紫がかった髪は長い。糸のように目を細めており、身なりも立派だ。
長杖には随所に金銀がちりばめられ、いかにも高レベルな冒険者という雰囲気だった。