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プロローグ

古き良きMMORPGっぽい異世界で王道少年漫画的な主人公の活躍を描く試みです。


最後までお付き合いいただければ幸い。

 新緑の丘陵地帯を魔物の群れが黒く埋め尽くす。波はあと数分で俺の故郷――イナッカ村に押し寄せようとしていた。


 風の噂じゃ辺境の村々が同じような魔物の群れにいくつも滅ぼされているらしい。

 千の猛襲。サウザンドスタンピード。それが今まさに近づいていた。


 救援に立ち上がった冒険者はたった一人。控えめに言って村はもうおしまいだ。

 それでも――

 

 俺は鞘に収まった剣の束を抱えて走った。漆黒鎧に身を包んだ冒険者の背を必死に追いかける。

 ガキの頃から山で鍛えてきたのに呼吸は乱れに乱れた。足がもつれて転びそうになる。今にも心臓が胸から飛び出しそうだ。


 速すぎる。これが『本物』の冒険者の行軍スピードなのかよ。

 全身鎧に身を包んでいるのに冒険者は息を切らした様子もない。

 首だけこちらに振り返り、フルフェイスヘルムのマスク越しに俺に問う。


「あともう少しだけペースを落としましょうか?」


 できれば立ち止まって欲しかった。けど、俺は首を左右に振って叫び返す。


「ま、まだ走れる! つーかもっと速くてもいいぞ!」

「元気ですね。解りました。あと少しだけがんばってください」


 漆黒鎧の冒険者の声はくぐもっていて男とも女ともつかない。ただ、これから千を超える魔物と戦うとは思えないほど穏やかだった。鎧を纏っていてもすらりとした細身だ。


 そんな背中が、今まで見てきた大人たちの誰よりも頼もしく見えた。

 丘を越えたところで立ち止まる。漆黒鎧の冒険者は振り返って俺に告げる。


「よし。ここでいいでしょう。剣をいただけますか赤毛さん」

「俺の名前はアルヴィスだ。つーか、そっちの名前も教えてくれよ」

「名乗るほどの者でもありませんから。それよりほら、アルヴィスさん。一匹足りとも魔物を村に入れるわけにはいかないのでしょう?」


 カチャリと鎧の金属音を立てて、冒険者は握手を求めるように腕を差し出した。


「お、おうッ!」


 抱えた剣の束から鞘に納まった一振りを渡すと「ありがとうございます」と返される。

 悠長なやりとりをする間に、魔物の群れの先頭を行くゴブリンの一団があと二百メートルにまで迫っていた。


「こんな広い場所でどうやって進軍を止めるっていうんだ?」


 やつらは面で押し寄せる。対するこちらは点だ。一点だ。

 誘い込めそうな渓谷や橋があればマシだったかもしれない。


 だだっ広い丘陵地帯は起伏も緩やかで、進軍を阻む川も堀も障害物も無かった。

 漆黒鎧の冒険者は剣を鞘から抜き払い構える。


「遮蔽物が存在しないから良いのです。任せておいてください。それとアルヴィスさんは絶対に、私の前には出ないでくださいね」

「俺も一緒に戦うよ」


 抱えた剣を地面にばらまくと一番軽くて短い剣を取る。


「今はお気持ちだけで十分です。戦うのはアルヴィスさんが冒険者になってからにしましょう」

「足手まといだよな……やっぱ」

「今日の戦いの記念にそちらの剣を差し上げます。一日に一万回の素振りをして、まずは上手く扱えるようになってください」

「ようにもなにも、ここで俺……死ぬんだろ?」


 俺だけじゃない。村のみんなもだ。


「死なせはしません。貴方と交わした約束通りイナッカ村を守ってみせます。せっかく有望な若者に出会えたのですから、私も気合いが入るというものです」


 魔物の群れの先頭が目測で百メートルの距離にまで接近した。


 棍棒やら鎌やらナイフを手に目を血走らせた緑の小鬼たちが、口から赤い舌をべろりと出してキーキーと金切り声を上げる。


 その後方には屈強な巨体のオークどもが控えていた。人食い狼にキノコの化け物やら巨大ムカデなどなど、近隣の魔物たちも集まりおびただしい数だ。


 怖い。逃げ出したい。どうして冒険者はこんなにも平然としていられるんだろう。


「顔を上げてくださいアルヴィス」

「お、おう!」

「声が震えていますよ。さて……では参りましょう。薙ぎ払え……紫電八龍烈破。疾駆し喰らい穿ち爆ぜよ」


 漆黒鎧の冒険者が剣を振り下ろすと、その刹那――切っ先から扇状に八つの雷撃がほとばしった。

 閃光に遅れて響く雷鳴が空気を切り裂く。


「はっ?」


 思わず口から間の抜けた声が漏れる。ただの剣技ではない。雷属性の魔法を纏った一閃だ。紫がかった雷撃が魔物の群れを貫通し、一振りで数十匹が消し炭になる。

 剣が技の威力に耐えきれずボロッと崩れてしまった。


「あ、あんた……【攻魔導士】だったのか? いや、今のは【剣士】の技だよなッ!?」

「剣と魔法には少しばかり心得がありまして。さて、機先を制しました。新しい剣を四本いただけますか?」


 言われるまま漆黒鎧の冒険者に剣を渡す。


「四本もどうすんだよ?」

「このように念動剣舞で浮かせて自動攻撃形態にて待機させます」


 四本を鞘から抜いて投げ放つ。と、それぞれの剣が空中を泳ぐ魚のように漆黒鎧の周囲に浮かび、ぐるぐると回り始めた。


「剛体術式で身体能力を強化。防壁術式で攻撃の無効化。機動術式で移動速度を上げます」


 目の前で三度、漆黒鎧の冒険者の身体が魔力の光に包まれる。それらは【防魔導士】の使う強化系の魔法のようだった。


「仕上げに挑発で彼らの注意を私に集めます。最初の一撃でヘイトも十分に稼いでいますし、大丈夫でしょう」

「大丈夫って……魔物はまだ山ほど残ってるんだぞッ!?」

「心配も手出しも無用に願います。さあ、掛かってきなさいクジャヤの子らよ」


 魔物の群れめがけて、漆黒鎧の冒険者は腕を前に出しクイクイと指先で呼ぶようにした。

 戦いの火蓋が切られ魔物たちが一点へとなだれ込む。


 先制の雷撃を免れたゴブリンの残党が三匹、漆黒鎧の冒険者に襲いかかった。

 が、冒険者は目もくれない。三匹のゴブリンの突撃に対して宙を舞う剣が一人でに反撃し、それぞれを切り伏せた。


 その間に漆黒鎧の冒険者自身は敵陣向けて歩みを進める。あっという間に群れに囲まれた……が、宙を舞う剣が刈り取るよう次々と魔物を斃していった。

 まるでそよ風の中を散歩でもするみたいに平然と、淡々と。

 冒険者はぐっと拳を握りしめる。黒の手甲に魔力が集う。


「練気羅刹拳」


 静かに口ずさみながら後に続くオークを拳で軽く打ち据えた。インパクトの瞬間にゴウッと空気が振動し、二メールを越すオークの巨体が弾かれるように後方へと吹き飛ぶ。

 俺は夢でも見ているのか? 視界を埋め尽くす大軍がたった一人に蹂躙されている。


 群がる狼たちを回し蹴りで文字通り一蹴し、間合いの遠い魔物は手から火炎矢の魔法を放って焼き払う。

 一体何者なんだこいつは? 剣も拳も魔法も使いこなせるなんて。

 攻撃だけじゃない。防御も完璧だ。


 魔物の牙も爪も漆黒鎧の冒険者に触れる寸前で、見えざる壁のようなものに阻まれた。虫や蛙の魔物が吐き出す毒液も無効化される。

 動きの速い羽虫の群れも、指を弾いて魔力を散弾状に放ち撃ち落とした。


 漆黒鎧の冒険者は拳打に蹴りなどを駆使して暴れ終えると、バックステップで下がって戻る。あまりの速さに残像が見えるほどだ。

 一呼吸置くと相変わらずの落ち着き払った口ぶりで「剣をください」と俺に言う。


「お前……何者なんだよ? 無茶苦茶強いじゃんか!?」

「今は時間がありません。さあ、剣を」

「あとでその強さの秘密を教えてくれよ!」


 俺は剣を差し出した。

 受け取り頷くと漆黒鎧の冒険者は二刀流の構えを取る。周囲を舞う四本の剣と合わせれば六刀流だ。

 再び敵陣めがけて飛び込む。見上げるほど巨大なムカデが漆黒鎧に立ちはだかった。が、瞬時にバラバラに切りわけられる。


 圧倒的すぎて言葉も出ない。本能で強者を嗅ぎ分ける獣系の魔物が耳を伏せ、頭を低くしたまま足を止めた。

 知性を持つ人型の魔物達の反応はさらに顕著だ。武器を捨て蜘蛛の子を散らして逃げようとしている。


「魔物が怯えるとは『らしく』ありませんね」


 刹那――冒険者は一団めがけて吹雪の魔法を放った。瞬く間に魔物を氷漬けにしてから、雷撃魔法を重ねて数十匹を砕いてみせる。


 怖じ気づき敗走しようとする魔物を指でクイクイと呼ぶ。すると、逃げようと一度は背を向けた魔物が反転し、漆黒鎧めがけて突撃を再開した。

 得物を振り上げたオークやゴブリンたちの顔が恐怖に歪む。恐れを抱きながらも足はひとりでに動いているようだった。


 あの指で呼ぶ動作はやはり技だ。魔力のこもった挑発だった。受けた魔物は漆黒鎧の冒険者を攻撃せずにはいられない。

 にも関わらず剣も槍も斧も棍棒の一撃も冒険者にはかすりもしない。俺が魔物なら絶望していたと思う。いや、そんな思考を走らせる猶予すら与えてもらえないか。


 群れはあっという間に数を減らしていき、ほどなくして……全滅した。

 ものの十分で緑の丘陵地帯が方錐状に赤く染まった。漆黒鎧の冒険者を頂点として。

 周囲を踊る剣が落ちてトストストストスと大地に突き刺さる。戦いが終わったのだ。


「もう少しいろいろと試したかったのですが、今日はここまでとしましょう」


 独り呟いて振り返り、冒険者は首を傾げた。


「怖い思いをしませんでしたか?」

「おう。めっちゃ怖かった。主にお前の戦いぶりがだけど」

「それは失礼しました。アルヴィスさんがいるので少し張り切りすぎてしまったようです。普段はもう少し力をセーブするのですが……」


 黒鉄に包まれた腕を後頭部に回して、頭を掻くような仕草をしてみせる。

 とぼけた奴だ。なのにバカみたいに強い。

 その強さで村を救ってくれた。

 こんなにすごい奴が、うちみたいな片田舎の村に偶然居合わせたのを幸運の一言で済ませていいんだろうか。


「なあ……どうして助けてくれたんだ? 村は貧乏で報酬だってろくに用意できないのに……」

「何か理由が必要ですか?」


 フルフェイスののっぺりとしたマスクの向こう側で、どんな顔かもわからないのに、この冒険者が微笑んでいるように思えた。

 誰かを助けるのに理由はいらない……ってことか。


 背筋がぶるっと震えた。冒険者っていうのは、こんなにもカッコイイんだ。

 俺も……この人みたいになりたい。

 困っている誰かを理由抜きで助けられるような冒険者になりたいッ!!


「俺もあんたみたいになりたい! どうすればいい!? 何から始めたらいいんだ!?」


 鞘に納まった小剣を抱いて俺は漆黒鎧の冒険者を見つめた。


「ええと……始めるのはその……難しいかもしれません」

「難しいけどがんばればなれるんだな!?」


 一歩前に出る。


「普通の人間には無理かと存じます」

「普通の鍛え方じゃ足りないってことだな!!」


 もう一歩前に進む。


「アルヴィスさんはとても前向きな性格なんですね。しかし、こればかりは……」

「才能の不足は努力で埋めるッ! ここで救ってもらったんだ。俺、命がけでやるよッ!!」


 三歩詰め寄った俺に漆黒鎧の冒険者は腕組みをすると黙り込む。


「なあ、強さの秘密を教えてくれるんだろ?」

「知ってどうこうできるものでもないのです」


「名前も教えてくれないのか?」

「名乗るほどの者ではありませんから」

「じゃあせめて職位だけでも教えてくれ! どんな職位に就けばあんた……貴方と同じ道を歩めるんですかッ!?」


 剣と拳に攻防一体の魔法。どれも専門で扱う職位があるというのに、その全てを使いこなす。

 追いつけなくても追いかけたい。同じ職位にさえ就けば、いつか俺だって……。

 漆黒鎧の冒険者は金属マスクの顎先をそっとつまむようにして呟いた。


「うーん……職位ですか。しいて言うなら……【勇者】でしょうか」

「わ、わかった! 俺も貴方みたいな【勇者】を目指すよ!」


 漆黒鎧の冒険者がそっと手を差し出した。


「決意は固いようですね。アルヴィスさん……どのような道であれ、強くなればいつか道が交わる時が来るかもしれません」

「お、おう! 追いついてみせるッ! だから待っててくれよな!」


 俺はその手を握り返す。黒鉄に包まれた指先や手のひらは冷たいはずなのに、熱く感じた。


「アルヴィスさんが追いつくころには、私はもっと先にいるかもしれませんけどね」

「じゃあ貴方よりがんばって先回りしてやりますとも!」

「それは楽しみです。では、いずれまたこの空の下で」


 言い残すと、村に戻って報酬を受け取ることもなく、漆黒鎧の冒険者は俺の前から去っていった。




 背中を見送ったあの日から、俺は【勇者】を目指すと心に決めた。

 誰かを助けるのに理由はいらない。そんな人間に自分もなるのだ。


 もらった剣で素振りを続け自主訓練に励み、あっという間に一年が過ぎ去った。

 ついに十五歳になったのである。

 故郷に別れを告げた俺は王都の冒険者訓練校に入学……したところで、とんでもない壁が目の前に立ち塞がった。


 あくまで称号のようなものであって、この世界に【勇者】という職位は存在しない……ってマジかよ。

 寝耳に水とはまさにこのことである。

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