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Tea Cup  作者: 谷兼天慈
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第2話

「彼女は本当に天真爛漫で、彼が彼女を好きになるのはわかるんですよ。あたしも彼女のことは好きだし。彼女って見ていてほんと危なっかしい子で、見ててハラハラしてしまうんだけど、しょうがないなーでも好きだよなあって思ってしまうんですよね。だから、彼が彼女を構う気持ちはわからないではないんです。彼とあたし、ちょっと似てるとこあるから。あたしも彼女みたいになれば、彼に好きになってもらえるかなあって、そんなバカなことも考えたこともありました」

 そんなふうに言う彼女にゲクトはこう答えた。

「でも、君は彼女じゃない。君は君でしかないんだから、彼女のようになって彼の気持ちを掴んだとしても、それは本当に彼の心を捉えたことにはならないんじゃないかな。一番いいのは、君を君としてあるがまま好きになってくれる相手だと思うんだけど」

 それはまあ理想論だとよく言われる。ただ、彼は理想論だとしても、無理のある関係性はいずれ崩壊してしまうことをよく知っているので、自分らしくあれない相手とは付き合うもんじゃないと日頃から思っていたのだ。だから正直にそう答えた。他人になりたいという気持ちは愚かなことだと。もちろん、それが本当になりたい自分なら、努力して変われるとは思うし、理想の自分が違和感なく自分と重なることができるようになることまでは否定しないのだが。要は、自分がどう生きたいかが問題であって、無理して変わる必要はないんじゃないかと彼は言いたかったのだ。

「あたしは彼には相応しくないと?」

 その言葉は彼女の声で発せられた言葉だった。それは何度目かのメール交換をした後に何とか変な目的ではないということを信じてもらえての電話番号交換をしたことによる電話での会話だった。彼はメール交換より直に相手と会話をしたい人間だったから。

「メールを打つのってめんどくさいんだよ。特にケータイメールはね。思った字を打ち出せなくてさ。だから、僕は電話で会話する方が好きなんだ。相手の反応も自分の反応もすぐに互いにわかるからね」

 初めて電話で会話した時に彼は彼女にそう言った。彼女は彼の声を聞いてかなり動揺したようだった。彼女の好きな男の相手の女の子が、ゲクトのファンであることを知っていて、ゲクトの声も彼女は知っていたからだ。だから、初めて彼と電話で話した時、自分の耳を疑ったとそう彼に告白した。だが、それが良かったのだろう。自分が愛しさと憎しみに入り混じった気持ちを向ける友達に優位に立ったという事実が、少し彼女を強くしたようでもある。

「あたしは彼に相応しくないのかな」

「いや、そうは言わないが、自分に振り向いてくれない相手を思い続けることの不毛さを僕は言いたいんだよ」

「不毛、ですか。私のこの気持ち」

 彼女の声には怒りが感じられた。自分の気持ちを否定されたと思ったのだろう。言葉遣いが微妙に変化したからだ。だが、彼はあえて言う。

「そうだね、不毛だね。だって、そうじゃない? 君にはもっと可能性があると思うんだよ。男は彼だけじゃない。他にもたくさん男はいて、その中には彼よりもっといい男もいると思うんだ。その出会いを自ら潰してるようなもんじゃないか。もっと他にも目を向けてみればいいと思うよ」

「………」

「羽遠?」

「わかった。他の人に目を向ければいいんですね」

 そう一言彼女は言うと、プツッとケータイを切った。

「羽遠!」

 何だか胸騒ぎがする。そう思ったゲクトであった。



 それから間もなく、彼女の日記にこんな記述が見られた。


ニ×××年○○月△△日--------------------------------


今あたしが住んでるアパートに一緒に住んでくれる人を募集します。家賃は折半で。男の人でもかまいません。もしなんだったらそういう関係になってもいいです。


もうどうでもいい。

あたしを愛さない人なんか。

誰でもいい。

誰かあたしを愛して。

そうしたらあたしもあなたを愛するから。


「…………」

 恐れていたことが起こった。

 彼女は今すべてに投げやりな気持ちになっている。

(俺のせいか…)

 自分が彼女の気持ちを否定するようなことを言ったからか。だが、彼女の彼に対する気持ちは不毛としか言いようがない。

 確かに、決して振り向いてくれないというものでもないだろう。彼は自分ではないから、彼も羽遠の気持ちに応えてくれると思うとは滅多なことは言えないが、それが自分だった場合、相手の気持ちが真剣で、そして、本当に自分を愛してくれていると感じられたら、自分もその人を愛してしまうだろうという自信があったから、だから、彼女の気持ちに応えない男もいないわけじゃないと言い切れるのだ。

「俺なら君を愛せるよ」

 ゲクトはそう呟くと、ケータイを手に取った。


 とある公園前。一人の女性が所在なさげに立っていた。それにゆっくり近づく黒い車。彼女の傍らに車は止まると、静かにドアが開いた。一瞬戸惑う彼女だったが、すぐに車に乗り込む。ドアが閉まると同時に車は走り出した。

 穏やかな午後のこと。それを見ていたものは誰もいない。

「初めまして」

 隣に座ってきた彼女に彼は声をかける。彼女はうつむいたまま黙っている。

「羽遠?」

「智香です」

「………」

 羽遠、いや、智香は顔をあげて彼に顔を向けた。

 かわいいという顔ではなかった。どちらかというと、知的な雰囲気のある整った顔をしている。だが、気になるのがほとんど表情というものがないことであった。

「ネット上では羽遠と名乗っているけど、現実では本名で呼ばれたいから…」

「うん、そうだね。じゃあ、僕のことも本名で呼ぶ?」

「そう呼びたいけれど、でも…」

 彼女はおずおずとした視線を彼に向けると、慌ててまた目を伏せた。

「とても普通人には見えないから、本名では呼べない…」

 彼女の声はだんだんと小さくなっていった。声も震えている。見ればほっそりした彼女の身体も小刻みに震えていた。車の振動で震えているわけではないようだ。

 そんな彼女を思わず抱きしめて安心させてやりたいと思った。だが、今はとりあえず全てを熟知しているマネージャーとはいえ第三者がいたので、彼としては不屈の精神で自制した。

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