第一章-3 覚悟と離反
いよいよここから架空戦記になって行きます。
四月二十一日、武田軍は長篠城の包囲を完成させた。
「ちっ、全くふざけた真似を……貞昌よ、後悔させてやる!」
勝頼は昨日の一件を思い出し、足を踏みならしながら陣内を歩き回っていた。
「こっちがあれだけに下手に出た条件を出したと言うのに、何だあの態度は!確かにわしは人質三人を殺したぞ!だがそれを覚悟の上での裏切りだろう、世の習いだろう?こんな状況で武田に降っても恥でもあるまい!」
昨日、五百石を加増するという勝頼が出した条件を持ち込んで武田への投降を勧めた使者が、文字通り叩き出されて戻って来たのである。
貞能が徳川家に付いた際、勝頼は貞能から取っていた人質三人を処刑していた。確かに残酷な処置ではあったが、それを覚悟の上での寝返りであった手前、それを恨みに思われていてはかなわないと勝頼は思っている。だが、貞昌もそれは仕方がないと思っていた事を勝頼は知らない。
「まったく、そんなに美人なのか、その女は?」
勝頼は思わず訳の分からない事を口走ってしまった。勝頼にとって家康と言う人間は今川義元の死のどさくさに岡崎で独立し、織田信長の小判鮫よろしく動き回り、三方ヶ原で父に袋叩きにされて大損害を出した人間であり、とても有能には思えなかった。そんな人間から長女を嫁がせるからと言われて寝返ったと言う話を最初聞いた時など、その娘に魂を抜かれているのではないかと疑ってしまったほどである。
「まあ、ゆっくりと絶望に漬け込んでやろう。家康の首を見せられてから命乞いをしても知らんからな」
勝頼はそう猛毒を含んだ言葉を吐きながら長篠城の方をきつく睨んだ。
そしてちょうどその四月二十一日、摂津に出兵していた信長が京に帰還していた事など、勝頼は知らなかった。
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二日後、京で長篠城包囲さるの報を受けた信長はすぐに出兵を決意した。
「長篠城は必ず救う、安心なされよと三河守殿に伝えられよ」
長篠の危機を伝えた使者に高らかに答えた信長であったが、使者と入れ替わりにやって来た一人の男の心配そうな顔に、ほんのわずかだけ高みから下ろされた。
「筑前、どうしたのだ?」
「上様、只今これより長篠へ向かうとの報告を受けましたが」
羽柴筑前守秀吉である。いつも陽気で明るいこの男が、心配そうな顔をぶら下げているのは珍しい。
「筑前、おぬしは武田が恐ろしいか?」
「いえ別に、ですがそれがしが勝頼ならば」
「構わぬ、多少の犠牲覚悟で我らがたどりつくまでに長篠城を陥とす、であろう?」
「あ、はい、ですからその」
必死に頭を下げる秀吉に、信長は軽く笑みを浮かべながら右手の扇子を秀吉に向けた。
「おぬしらしくもない。おぬしは勝頼か?」
「いえ……」
「勝頼の敵は我ら織田ではない、徳川でもない……信玄よ」
自分のその言葉と共に、秀吉の顔から強張りの色が薄れて行くのを信長ははっきりと目の当たりにした。
「そうよ……長篠城一つ陥としたぐらいでは信玄を越えるには程遠い。勝頼の狙いはこの信長の首よ」
「三河守殿では足りませぬか?」
「三河守の首級など、此度の遠征の最低目標に過ぎぬ」
「すると長篠城は囮と言う事でしょうか」
「ああ、勝頼は我らを待っているのだ。勝頼の期待に応えてやろうではないか」
勝頼の望みは長篠城などではなくこの信長自身なのだ、だから勝頼は信長を引き出させるために長篠城を攻めている、すなわち本気ではないから救援には間に合う、要するに信長はそう言っているのである。
「さすがは上様、恐れ入りました、申し訳ございませぬ、それがしなどが」
「よい。おぬしの忠義はよくわかった、すぐ出征の準備を整えよ」
信長の鷹揚な言葉に安堵した秀吉は頭を上げ、信長の元から下がった。
だが、どうも秀吉はすっきりしない物を感じていた。信長の言葉に間違いがあるとは思えないのだが、どうにも違和感を覚えてならないのだ。
(いや、わしの気のせいじゃ!)
秀吉は違和感を振り払うように、荒々しい音を立てて歩いた。その音は体に似合わず大きく、そしてその視線はひたすら東にばかり向いていた。
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(さすがにうますぎる気がするが…)
秀吉が己が心の不安を振り払わんとしていたその頃、長篠城を攻撃していた勝頼は道中で寵臣の長坂釣閑斎から聞いた一つの話を思い出していた。
(確かに最近ないがしろにされていると言う話は聞くがな…)
――織田の重臣である佐久間信盛が、武田に内通したがっている。
その話を釣閑斎から聞かされた時には、さすがに耳を疑った。佐久間信盛と言えば、桶狭間以前から織田家の中核に鎮座していた柴田勝家と並ぶ織田家の宿老ではないか。御家が衰退傾向にあるならばともかく、旭日の如き勢いを持つ織田家から逃げ出したいと考えるのはいささかおかしい。
(羽柴秀吉に明智光秀…いったい織田の重臣はどうなっているのやら)
だが納得できる理由がないわけではなかった。柴田勝家や丹羽長秀、林通勝という譜代の重臣に乳兄弟である池田恒興は無論、子飼いの佐々成政や前田利家と言った連中が側近を務めているのはまだわかる。
だが、元々ただの農民である羽柴秀吉や、仕官してまだ数年の明智光秀が彼らと同格以上の扱いを受けているのが勝頼にはわからなかった。と言うより、最近では彼らが織田家中において林や佐久間よりずっと大きな顔をしていると言う話も勝頼は耳にし、驚いていた。自分も譜代の重臣である内藤や馬場を遠ざけているのを忘れて驚いているのだから滑稽なのだが。
(まあ、我らの強さを知っているだけに擦り寄りたいと考えるのは自然だがな)
それに、三年前の三方ヶ原の戦いで信盛は織田の援軍としてやって来たのだが、武田の強さに押されてまともに戦いもせずに逃亡している。当然信長から絞られただろうし、武田軍の強さを肌身で感じているはずだ。
だが信盛に言わせれば、三方ヶ原の戦いだって言いたい事があるはずだ。信盛の手勢は三千そこそこしかおらず、全力で戦った所で徳川軍の手助けになったかどうか疑わしい。確かにあの時織田は包囲網を敷かれていて徳川支援に割ける手勢は他になかったものの、徳川の一万に三千を足した所で二万を越える武田軍相手にどうにかしようがあったのだろうか。そして譜代の宿老にも関わらず秀吉や光秀の様な新参者に大きな顔をされていれば、彼らを取り立てる信長に不信感を覚えるのも必然だろう。だが、そういう理由があったにせようますぎる気がしないでもない。
(ダメならダメでそれでいい、現実になれば儲け物としておくか)
勝頼は自問自答を打ち切るように長篠城に目をやった。
「さすがに抵抗は激しいか」
「申し訳ございませぬ」
「よい。どうせ奴らに道はない。今強行すれば奴らの決死の覚悟によって盛り上がった士気のせいで痛い目に遭う。しばらく時を待とう、下がってよいぞ」
部下に鷹揚に答えた勝頼の心にはごく小さな戸惑いこそあれ、その自信が揺らぐ事はなかった。
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勝頼がわずかに惑いながら長篠城を攻撃する中、浜松城を離れ三河吉田城に入っていた家康も、服部半蔵からもたらされた思わぬ情報に困惑の色を隠しきれなかった。
「山県昌景が謀叛!?」
「複数の部下から聞いた話ゆえ、間違いないかと」
「昌景と言えば武田の宿老ではないか、それがなぜ」
「あの……拙者には心当たりがないわけでは……」
「おいっ!?」
「いや、昌景の兄は……」
半蔵の言葉にそんな馬鹿なと言わんばかりの声を上げた家康だったが、次の半蔵の言葉にああそうかという気分になった。
昌景の兄飯富昌虎は信玄の長男武田義信の守役であり、義信謀反の責任を取らされる格好で信玄に自害させられたのである。その後、名目的とはいえ信玄に反抗した飯富姓では都合が悪かろうと言う事で、弟の昌景に山県姓が与えられたのだ。無論、信玄と昌景との間の信頼は揺るがしがたい物があったにせよ、家全体として武田に含む所がないかと言えば嘘になるだろう。
それに、勝頼は最近昌景や昌豊や信房と言った信玄時代の老臣たちを蔑ろにしている傾向があり、それが先に述べた家の事情と含めて昌景を謀叛に追い込んでいるとしてもおかしくなかった。兄がしたように、勝頼の長男である信勝を立てて勝頼を追放しようと言う訳か。
「だがそんな事を期待するのはあまりにも危険だぞ」
「ええ、ですが使い道はあると思います」
「わかった。まあ、やってみよ」
「それからこちらを」
半蔵の言う使い道は家康にはすぐわかった。昌景謀叛の噂を武田内部にばらまき、武田家内を乱そうと言うのであろう。もっとも元々両名の不仲は武田家では周知の事実であり、今さらそんな噂が上がった所でああそうかで終わりになる可能性が高いため、家康はさほど期待はしていなかったのだが。
半蔵はその家康に向かってさらに頭を下げながら、懐から一枚の書状を取り出した。
「佐久間殿が返り忠を?」
「武田の間者を捕らえた際に入手した物です」
「敵もやる事は同じと言う事か、だが案ずるには値せぬ。これを見よ」
家康は豪華な装飾が施された文箱を取り出し、中の書状を半蔵に見せた。
「徳川領内に我が家臣佐久間信盛が返り忠を働かんとしていると言う噂が流れるやもしれぬが、それは勝頼の首級を三河守殿にお見せするために我ら織田が作りし噂ゆえ気にするには値せず…………」
信長の花押がはっきりと押されているその書状の内容に、半蔵ですら一瞬声を失った。内容を知っている家康すら思わず嘆息したのだ。信長には何もかもお見通しなのだろう。
「わかり申した……ですが」
「何だ、まだあるのか?」
「山県謀叛の噂については……」
「織田様に伝える事はあるまい。いくら理由があるとは言え余りに虫がよすぎる、油断の種になるかもしれんぞ」
「ではこれにて」
半蔵はその言葉を最後に、音も立てず家康の面前から姿を消した。