『その時』
「暇すぎる」
町外れの田舎、だだっ広い庭の家を持った老人アストはそんなことを呟いていた。
魔神を討伐した後、王都ではその功績を称えるため5人の戦士に勲章が贈られた。一人は炎の騎士エルド、そして討伐班の魔術師3名、そしてアスト。
魔力あるものが優遇されるこの国では、いくら魔神討伐をしたとはいえ、魔法適性がない者が勲章を貰うなどありえない。しかし、民衆は俺の速さの秘訣は「身体強化魔法」だと思い込んでいるようだ。
エルドは俺の魔法適性がないことに気づいているが、「まあ、実際お前速いしもう魔法ってことでいんじゃね?」 と言われた。俺もノリでそうすることにした。
勲章授与後、俺達5人のことは『五聖皇』と崇められるようになった。
ようやく俺の血のにじむような努力が報われたとその当時は思っていたが、国から莫大な金を送られ生活に困らなくなってからは特に何もせずボーっほする日々が続いた。
「おいジジイ、午後になったぞ。早く準備してくれ」
「おおすまんな。先に行っとれい」
そう声をかけてきたのは、弟子のクラウス。しかし90を超える老人にまだ教えを乞うとは…。こちとらいつ死んでもおかしくないのに。
そんなことを思いながらだだっ広い庭を歩いていく。何故こんな田舎の土地で隠居暮らしをしているかというと、それは弟子の育成、つまりはクラウスのためだ。
……とか言ってるけど自分のためでもある。単純に王都は人が多くて息苦しいから田舎に住みたいと思って移住してきたんだけど、途中でモンスターに襲われてるクラウスを見つけて、まあ流れで助けたらすんごい懐いちゃって、「僕も一緒に住む!」 とか言い出すもんだからおじいちゃん断れなかったわ。
それがちょうど15年前の話。クラウスも今は立派な22歳。実力もついてきたしそろそろ王都の方に出ていってもいいと思うのだが……。
「よし、今日こそはジジイから一本とってやるぜ」
「そう簡単には負けんぞ。さあ、来なさい」
こうして俺とクラウスは毎日広い庭で模擬戦闘を繰り返している。歳をとった今でも音速ぐらいのスピードは出せるためクラウスの相手としては十分だった。
少し時間が経ち、日が傾いてきた頃、クラウスが尻もちを着いた。
「あー! 勝てねえわ。まじジジイ強すぎだろ! 攻撃全然当たんねえもん」
「ホッホッホ。まだまだ若いもんには負けんわい。ほれ、夕食にするぞ準備しとれ」
「あいよ〜」
クラウスは立ち上がり、ログハウスへと向かっていく。クラウスの背中がだいぶ小さく見えるようになった。
「ぐっ…………がハッ…………」
俺は血を吐いた。
「よく持っているほうだな……」
俺は一人そんなことを呟く。
片腕を無くし、人間として限界の速さを求めるため自身の肉体に凄まじい程の負荷をかけてきた。
その結果地位も手に入れたし、金も手に入れたしで、まあぶっちゃけいい人生だった。いつ死んでも悔いはないだろう。
だがまだ死ねない。
俺は、俺だけは知っている。魔神という存在は決して無に帰ることがないということを。魔神はその魂を未来に送り、新しい器に移すことでこの世界に居座り続ける。ならば次の魔神を退ける者が人類にいるかと言われると、正直な話いない。
だから俺は生み出した。古より言い伝えられてきた禁忌の魔法『転生魔法』を!
……とかカッコつけたけど実は最近できたもので古でもなんでもない。完全なオリジナル魔法だ。そのため発動するかどうかもわからないが、どうせ死ぬんだし失敗したらそれはそれってことでいいや。
この魔法は既に体内に術式が展開されており、俺の死亡と同時にその効果が現れるようになっている。
「クラウスには申し訳ないが、もう決行しよう」
クラウスの体内には俺の記憶だけを消す薬を、俺の死亡と同時に効果が出るよう仕掛けてある。 少し無慈悲にも思えるだろうが、これはクラウスが望んだことだ。
俺は腰につけたナイフを自身の首に当てる。
「……悪くない人生だった」
目をつぶるとこれまでの人生が走馬灯のように流れていく。
俺は一滴の涙を流しながら、自身の首をナイフで切った。
☆
「?」
木の落ち着いた匂いが特長のログハウスでクラウスは一人で料理を机に並べていた。
「……なんで二人分作ったんだ?」