〜プロローグ〜
魔法は苦手だ。
いちいち面倒臭い術式を組まなければならないし、何より発動が遅い。
と、まぁそんな言い訳をしながら生きてきたが、実のところ、
俺には魔法適性が無いのだ。
しかし、そんな俺でも戦士として戦うことは出来る。
それも前線の前線、魔神討伐のパーティに所属している。
「おい、アスト! この戦いはお前の活躍にかかっている。先陣を切り、魔神の足を破壊するのだ!」
「はい!」
俺達、魔神討伐班16名は魔族の地に侵攻していた。
魔神、それは魔族の生みの親であり統一者でもある。魔族と人間は常に敵対関係にあった。全ては思想の違いから。魔族の世界は弱肉強食、強い者は生き残り弱きものは死ぬ。単純だ。一方人類は協生を掲げて生きている。分かち合えるはずがない。
しかしその戦いも終わりつつある。
魔族は全滅、四魔皇と呼ばれる魔族たちも、俺達の討伐班が倒した。
それほど強いのだ。
そしてこの馬鹿でかい扉の向こうに、魔神がいる。俺の役目は速攻攻撃、魔神の動きを封じる役目だ。
「よし! 皆、行くぞ…………」
俺は後方に突撃の合図を送ろうと後ろを振り向いた。
しかし後方にいたのは味方ではなく、無残にも潰されたような肉塊が散らばっていた。
「…………は?」
俺は一瞬呆気に取られる。しかし直ぐに状況を把握した。
魔神の間へと続く扉が破られていたのだ。
「まずい!」
俺はすぐさま戦闘態勢へと入る。しかしその瞬間、俺の首筋に傷が入った。
「……ぐっ!」
「ほう、今のを躱すとは。人間にしてはなかなかやるではないか」
息が荒くなり、鼓動が早くなる。俺が目の前にしている者が誰かは分からない。しかし何者かは分かる。
魔神だ。
魔神は禍々しい剣を持ち、その剣には血が滴っている。一瞬で討伐班を壊滅させたというのか。
「うう……」
俺は一瞬したその声を逃さなかった。瀕死状態ではあるが味方がまだ生きていたのだ。
「エルド!? 生きてるのか!?」
「ああ、出血はあるが動けるぜ……」
そう答えたのは炎の騎士エルド。まだ生きているようだ。
「お喋りとは、余裕だな人間!」
魔神が剣を持ち、攻撃を仕掛けてくる。そのスピードはコンマ0.1秒にも満たないだう。魔人はその間に数千もの斬撃を繰り出してきた。
「…………!」
俺はその全てを受けきる。剣と剣の打ち合う音が一つに聞こえるほど速いスピードで。
「…………人間、貴様何者だ? 我が剣撃を全て受けきるとは。ふふっ、少しは楽しめそうではないか」
「こっちは楽しむ気なんか無いんだよ……。エルド! 生存している味方を連れて撤退してくれ! 」
「だが、それではお前一人に……」
「問題ない! どのみちこいつの速さを対処できるのは俺だけだ! 早く行け!」
「……わかった! 生きてまた会うぞ! その時は酒を奢ってやる!」
「ああ! 待ってるぞ!」
エルドは生存している味方を抱え、撤退した。しかしその姿を確認する暇もなく、俺は魔神と間合いを取っていた。
「……なあ人間、なぜ我を殺しにくる?」
「そんなの決まっている。お前が魔族の王だからだ。お前を殺せば人類は平穏に暮らせるんだ!」
「誰が言った?」
「…………は?」
「誰が我を殺せば人間が平和に暮らせると言った?」
「………考えれば分かるだろ。誰が言ったとかそういう問題じゃねえ!」
「ならば貴様は考えたことがあるか? 魔族にだって家族がいる。共に過ごす仲間がいる。なのに貴様らは平気で魔族を殺す。貴様らは我が人間との共存を望んだことなど知りもしないのだろうな……」
「…………人間との…共存……」
……そんなことが可能なのか? いやしかし、もうどの道それは叶わない望み………だがもしそれが可能なら俺たちはなんのために戦って…………
「やはり弱いな人間」
「!!」
俺が油断し、瞬きをした瞬間を魔神は狙っていた。魔神の剣は俺の顔を捉えていた。
「ぐっ……! ぁぁぁぁあ!!」
魔神の剣は俺の左眼を切った。直撃は避けたが左側の視界を奪われた。
「戦いにおいて油断は己の弱さ。ふふふ、やはり貴様ら人間は弱い。共存? 馬鹿馬鹿しい。争いに飢えている魔族共が人間などと共存出来るわけなかろう」
……完全にやられた。ここに来てまんまと相手のペースに乗ってしまった。しかし……このままじゃまずい。痛みは我慢できるが視界はどうにもならない。
…………一撃に賭けるしか…………。
だが敵は魔神……隙など見せないだろう。
隙を作らなければ…………そして隙が出来ればあの技で……。
「諦めろ人間。お前じゃ我には勝てぬ」
「…………」
俺は神経を研ぎ澄ませる。勝負は一瞬、失敗すれば命はない。
「はぁ!」
俺は剣を強く握り魔神に切りかかる。既に音速を超えた俺の切り込みだが魔神は容易く反応する。
そして何度も魔神に切りかかる。100回、1000回、1万回、10万回。
俺の体は自らの速さに耐えられず、所々血飛沫が飛び散っている。
しかし魔神はその剣撃全てを受けきっている。
「数で押し切る作戦か! 馬鹿め! このままではお前の肉体が先に限界を迎えるぞ!」
しかし俺は剣を振るう手を止めない。そして剣撃の数は一億へと達しようとしたその時、
「甘いわ! 」
魔神が一瞬できた俺の隙をつく。一瞬剣速が落ちたその瞬間、魔神は俺の左腕を二の腕の辺りからバッサリ切り落とした。
「ぬぅ!?」
しかし先に声を上げたのは魔神の方だった。
そして魔神は一瞬視界を奪われる。
俺の切り離された左腕の血が魔神の目にかかったのだ。
そう、腕は切られたのでなくあえて切らしたのだ。一瞬剣速を落とし、左腕を切らせるように誘い込んたのだ。
ここしかない!
「ハナから腕の一本ぐらいくれてやるつもだ!!」
いくら血で視界を奪ったとしても相手は魔神、すぐさま立て直すだろう。
しかし俺はその一瞬を逃さない。片手で剣を強く握り腰を落とす。
限界より速く、速く、速く!
「はぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」
踏み込んだ俺の足は地面を割り、俺はその場から姿を消した。
魔神の横を空気が通り抜ける。
気づけば魔神の後ろへと移動していた。
「……肉体の破壊を犠牲に光を超えて斬撃を繰り出す技。いくらお前でも反応できないだろう」
魔神の首が胴体からゴロンと落ちる。
「俺の……勝ちだ!」
魔神の身体は膝から崩れ落ち、身体からは紫色の炎が上がっている。滅炎だ。このまま消滅していくのだろう。
俺は拳を握り、一人高くその拳を上に突き立てた。これまでの人生の中で努力したことが全て報われたような気がした。
その余韻に浸りながら、俺はゆっくりと帰路に着いた。