*9* いったいどういうこと
先ほどの二人を思い出してはニヤケ顔が止まらない。先に花壇に来ていたキース様にそんなニヤケ顔を見られてしまったようだ。
「なんだか楽しそうだね」
「ふふ、ちょっといい事をしてきたんです」
「本当に君の笑顔は可愛いね」
「またまたー、ありがとうございます。でも、何も出ませんよ」
キース様はどんな時でも紳士であって、お世辞が得意のようだ。どう考えたって、キース様の笑顔の方が綺麗なのに。
優しいキース様もティナと二人きりにお話しをできるといいんだけど。
ホースを持って来ながら、何とかできないものかと考えていた。
「―――さ、…りっさ…アリッサ!」
「!っはい!?」
声がした方へホースを持ったまま振り向いたらーーー
キース様に水をぶっかけてしまった!!
お?水も滴るいい男。じゃないよ!!!
「っも、申し訳ございません!!!」
「いや、大丈夫だよ。ただの水だし」
「あ、これを!」
わたしは首にかけていたタオルをキース様の頭に被せた。パニックで急いでいたのと、二人の背の高さに思いのほか差があったせいか、身体のバランスを崩してしまった。
気づくとわたしはキース様の胸の中にすっぽりと納まっていた。
「うっ、申し訳ございません、何度も…」
「大丈夫だから。倒れないように落ち着いて」
キース様はトントンと落ち着かせるように、わたしの背中を軽く叩いた。
え?わたし、今、どういう状態なの?抱きしめられて、背中をトントンされている?
やだ、なにこれ?
濡れた胸元にぶつかったのでわたしの顔も濡れてしまったのに、水は冷たいはずなのに。キース様の体温を匂いを感じ、わたしの顔は熱くなっている。どうなっているの?
落ち着くのよ、わたし!
我に返ったわたしは、キース様から離れると深く頭を下げた。
「誠に申し訳ございません。今すぐ、何か拭くものを 」
「アリッサ!本当に大丈夫。このタオルだけで十分だよ。今日は寒くないですしね、このまま部屋に帰って風呂にでも入れば、問題ないよ。顔を上げて、ね」
「すみません…」
あまりにも申し訳なくて、泣きそうになってしまったけど、ここで泣いてしまってはキース様にもっと気を使わせてしまう。グッと我慢して顔を上げた。
濡れたキース様はにこやかに微笑んでいた。まるで慈悲深い天使様のように…
わたしの胸が高鳴った。
いったいどういうこと?いや、そんなことよりも早くキース様にお部屋へ行ってもらわなくては!風邪でもひいてしまったら大変。
園芸用のエプロンと長靴のまま、急いで寮へ帰った。
ずっと恐縮してしまったけれど、キース様は笑顔で大丈夫だからと言ってくれていた。
そして何度も遠慮したのに、いつも通り女子寮の入口までわたしを送ってくれた。どんな時でも紳士でいるんだなぁと、余計に申し訳なくなってしまった。
部屋に戻ると、わたしも少し濡れていたので、ゆっくりとバスタブに浸かった。
ぼうっとしていると、キース様の事ばかり考えてしまう。キース様の笑顔、キース様の匂い、キース様の体温……
わたし、どうにかなってしまったようだ。
頭をぶんぶん振り、もう考えないようにした。
夕食の為、ティナを誘いに隣の部屋に行ったけど、部屋にいなかった。
そういえば、放課後に用があると言っていたかもしれない。ジョセフ様とティナに図書館前で会ったのが、たった数時間とは思えないほどだ。
別の人の事が頭に浮かびそうになるのをごまかす為に、あの二人はあの後どうなったかな?と考えていた。
今夜は夕食の時間が違うのか、ティナだけでなく他の五人にも食堂では会わなかった。わたしはたまたま会ったクラスメイトと一緒にテーブルを囲んだが、気もそぞろに早めに食事を終わらせた。
部屋で宿題を終わらせ、早々とベッドに行くことにした。
今日はもう、何も考えたくない。何も感じたくない…