*1* 転生したらしい
物心ついた頃から、違和感があった。その違和感がなんなのかは、よく解らなかったけど、とにかく「なんか変だ」と思っていた。
ある日、ふっと思った。「この世界が変だ」と。
この世界とはなんだ?じゃあ、違う世界があるのか?どんな世界を知っているのか?
まるで大地震で身体が揺られたように、ぐわんっと頭が揺れた。わたしの頭の中が、世界が揺れた。
―――そのままわたしは倒れ、高熱で三日三晩寝込んだ。
目が覚めると悟った。「どうやらわたしは転生したらしい」と……
転生したと分かったけれど、前世の記憶は全くなかった。いや、あるにはあるのだけど……
いわゆる、これからの人生においての「チートスキル」がないようだ。
この世界はどのような漫画やライノのような世界なのか、知らない。ただよくあるような中世風の世界観。
わたしがなんの「役」で転生したのか?「攻略対象」とか「悪役令嬢」とか「スライム」とかになった人がいるのかいないのか? 何も分からない。
この先この世界がどうなっていくか、まったくもって予想もできない。
それとも、これから見覚えまたは聞き覚えがある名前の「登場人物」と出会えるのかな?
わたしが生まれ育った日本には、緑の髪の毛やら、金の色の瞳やらはいなかった。因みに、メリカにも住んだことはあるけど、金髪も赤毛もこの世界の髪色はあり得ないほど鮮やかな色だ。ペンキでも塗ったんかい!ってレベルですよ。
そんな訳で、こんなファンタジーみたいな世界じゃなかった、こんな人生じゃなかった、と知っているだけ。
―――だから、「転生したらしい」と分かっただけ。
残念ながら、誰かをギャフンと言わせたり、リベンジをしたり、運命を変えたりは出来ないみたいなんだけど…
結局、新しい世界で一から人生をやり直すだけだ。漫画やライノみたいに人生、甘くないよね。
子どもの姿かたちをしているが、大人の分別があるだけ。まるで伊達メガネと赤い蝶ネクタイをしている名探偵のようだ。でも、その大人なのは分かるけど、十代か二十代か三十代か……分からない。何歳まで前世では生きていた?詳しい前世の記憶はない。残念。
特別なスキル、本を作れるとか、化学式が得意とか、この世界にない料理を開発するとか、DIYで家を建てられるわけでもない。
この状態で「転生=ラッキー」にはならないよね。
わたしのこれからの人生、平々凡々に過ごすのがいいのだろうと、六歳のわたしは悟った。
ま、うちは男爵家。貴族社会の中では末端にいるわけだから、平凡なモブ人生にはちょうどいいだろうしね。
わたしの名前はアリシア・エリクセン。
親しい人からはアリッサと呼ばれている。先祖の名がエリック、センは息子ということでファミリーネームはエリクセンになる。わたしが住むスール国の貴族のファミリーネームは、みんな「〇〇セン」なる。
わたしはエリクセン家の一人娘として、十歳まで蝶よ花よと育てられた。
そして、ある日―――
父が再婚することになり、同じ年の義理の妹がやって来た。なんとピンクブロンドの髪にエメラルドグリーンの瞳の美少女!!絶対に!主人公でしょ!?
挨拶も出来ずにボケーっと立ち竦んでいたら、今まで見たことがないモノが見えた!!
『ああ、睨まれている!わたしは意地悪な義理の姉にこれから虐められるのだわ』
義理の妹の頭の上に文字が見えた!!!
意地悪な義理の姉ってわたしのこと?いや、わたし、そもそも睨んでいないし。
勘違いされては困るので、すぐさま最敬礼の挨拶をした。
「アリシア・エリクセンです。どうぞ仲良くしてください」
はい、ここでニッコリ。
主人公に嫌われるわけにはいかない!断罪イベントとか国外追放とか投獄の末の処刑とかありえないから!!
わたしって、悪役令嬢じゃないよね?いぢわるな義理の姉じゃないよね?
目指しているのはあくまでも、モブ。平凡に平和に人生を全うするのが目標です。
『意地悪じゃ…ない?仲良くできそうかな?』
うん、うん。仲良くしようね。
彼女の心の声がまるで漫画やライノのモノローグのように、頭の上に浮かんでいる。
まさか?これがわたしの「チートスキル」なの?
「クリスティナです。ティナと呼んでください」
「よろしくね、ティナ。わたしの事はアリッサと呼んでね」
「…アリッサ…お姉様?」
「はい。さあ、行きましょう。お部屋を案内するわ」
ティナの手を取り、屋敷の中を案内し、二階のティナの部屋へ連れて行った。
その日はずっと話し込み、結局夜はティナの部屋のベッドで一緒に寝た。
仲良し作戦、大成功!
なんたって、ティナの心が読めるのだから、好かれるのは簡単だった。
三年後、十三歳になったわたしとティナは、貴族の子息・息女が通う学園に入学ことになった。もちろん、寮生活!よくあるストーリーだね。うん、うん。
卒業は十六歳。ちょうど成人になる歳。この三年間で殆どの生徒は結婚相手を見つけることになる。
さあ、これからどんなイベントやハプニングが起こる!?
いや、わたしはね、平々凡々の緩~い学生生活でいいです。はい。