甘党少女と甘味。
「うみゅっ」
部屋のベッドで仰向けで本を読んでいて、手を滑らせて、丁度本が鼻の上に降ってきた。
「甘いなぁ」
丁度開いていたページ、告白シーン。あぁ、とても甘い。
ふと、諭さんと付き合い始めたときのことを思い出す。
別に、甘い告白を受けた訳じゃない。なるべくしてなった、感じがする。
壁を乗り越えたと言えば、乗り越えたけど、でも、うん。
不満がある。
今さらだけど。
本を閉じる。物語はもう終幕。事件を終え、二人で平和が帰って来た日常に浸り、夕暮れ。主人公がヒロインに、思いを伝える。
恋愛小説においてどこに重点を置くか。
出会いか、それとも、それから気持ちを高めていく過程か、はたまた、告白シーンか。それとも結ばれた後か。
大抵、結ばれて物語は終わる。そこから物語を続けるにしても、主人公かヒロインか、はたまたどちらかの背景やトラウマ、抱えている問題を掘り下げるか、二人の仲を引き裂く障害を解決して、終わる。
そう見ると、恋愛と日常ものの相性は、結構悪いのかもしれない。
結ばれてからひたすらイチャイチャを描くだけというのは、アイデア力と飽きさせない筆力の勝負になる。
わかりやすい困難をポンポンならべるにしても、読者はストレスとその解放をひたすら繰り返すことになり、飽きが来る。
そうなると、二人の関係メインではなく、そこから離れた別の事件を発生させて、要所要所で、いわゆる嫁力ってやつを発揮してもらわなければならないのだろう。
やはり、早いうちにキャラクター同士が恋人として結ばれるのは、避けるべきなのだろうか。難しい問題である。
なんて、作家でも無い、一読者の私が、何を考えているのだか。こういう事は、諭さんが悩むことだ。
恋愛小説大好き女子として色々考えてしまうのは、致し方ない。
そろそろ寝ないと。学校があると、深夜まで諭さんと一緒にいられない。朝が早いから。もっと遅く、始業すれば良いのに。
先生も生徒も、みんな眠いだろう。これでは。効率が悪い。気合や根性で乗り切れる話ではあるまい。
根性論なんて、大嫌いだ。根性は、本当にやりたいことに、使いたい。誰かに言われて発揮する根性なんて、脆いに決まっている。
私はひねくれものだ。とっても。
布団を被って目を閉じた。睡魔は、すぐに来てくれた。ありがたい。今眠れば、桐原さんと影山さんが来る頃には、起きられる。
何となく、不満だ。
「諭さん。恋文をください」
「恋文って、また随分と古めかしい言い方を。しかもそれ、要求されて書くものか?」
凪の行動は、たまにわからない。
ラブレター、ねぇ。とっくに廃れた文化だろ。
「キスを接吻、ハグを抱擁、とか言う時代に終わった気がする。どうなんだ、それが全盛の時代とか、俺生まれてないぞ、多分」
「小学校中学校時代は?」
「さぁ、そんなもん書こうものなら、クソガキどもにパクられて晒し者だろ。あの時代、プライバシーとか踏みにじるためにあったものだしな。そういう奴らがこの歳になって、権利とか人権とか叫んでたら、面白いのに」
ガキの頃の話し出されても、お互い困るか。
「まっ、その年代なら、顔が良い奴は顔が良い奴と自動的にくっついて、やることやって、大学生なったらそれぞれ異性侍らせる。どうにもコミュ力の高い陽キャか、体育会系を日本の会社は好むから、そこそこコミュニケーションが取れる才能あふれる頭でっかちは、とっとと海外に行っちまって、実力社会を生き残り、金を稼ぎまくるのさ」
「なんか恨み混じってませんか? 諭さん」
「別に。まだ出てすらいない社会の荒波に思う事は一つ。俺を社会人にする気があるかどうか。無いなら一生遊んで暮らせるだけの金を寄越せ。以上だ」
「ははは」
「別に俺が路肩で力尽きて死のうが誰も構いはせんけど」
「そ、そんな事はさせません。させませんよー。私の目が黒いうちは、諭さんが健康で文化的な最低限度の生活を営めるようにしますから!」
「ありがたいが、わりと微妙な気分だ」
年下の女の子に養われるって……今更だけど。
凪のご両親も、いい加減堂々としてほしい。娘の命の恩人とはいえ……自分ではそう思っていないけど、愛し合った結果、そうなっただけ。年上の大人にいつまでもぺこぺこされるのは、居心地が悪い。
「わかった、書くよ。頑張って。色々考えるから」
「はい。特上に甘々なのを、期待しています」
ったく。なんで急に。
「荒谷先生、何を悩んでいるのですか? その、初心者ですが、何か意見できると思うので、聞かせて欲しいです。荒谷先生の域だと、どういうところで悩むのか、知りたいですし」
「いや、ラブレターを書けと、凪に言われてな」
その凪はというと、今は喫茶店の手伝いに行っている。
こうしてJKと二人きりで家にいる状況を許すあたり、信用されているんだなと思える。桐原さんも俺も。
まぁ、桐原さんが好きなのは凪だし。俺は凪以外のJKに手を出すとか、恐ろしくてできない。
「なぁ、桐原さんや」
「はい」
「俺を恨まんのか」
「好きな人が幸せなら、それで良いじゃないですか。私の手で幸せにしたいとは思いますが、気概だけでどうにかなるものでもありませんし。私が幸せにできる、なんて自惚れるほど私は馬鹿じゃありません」
「俺も、できるなんて胸を張れないぞ」
「でも、神代さんが選んだのは、あなたですよ」
「まぁ、そうだが」
「そこでその反応は、そこそこ嫉妬の炎が昂るのですが」
「すまん」
ジトっとしため。日本人形的印象を与える少女のジト目は、なかなか堪えるものがある。
「それで、お前、進んでるのか?」
「えぇ、まぁ。一応、アドバイス通り、頑張って毎日、とりあえず一週間は三話更新続けました」
「ん。成果は?」
「ブックマーク数は百をそろそろ超えそうです。評価はまぁ、五件ほど。感想ももらいました。レビューはまだですが」
「書く奴の方が珍しいから気にするな、レビューは」
もらえたらラッキーだし、というか、少ないからこそ、希少価値があり、その分、書かれた時に目立つ。 まぁ、これは予想、偏見だが、このサイトの書かれたレビュー数のほとんどは上位作品が占めているんじゃないかと、パーセンテージで表したらそうなのでは、何て思っている。既に人気のある作品に書いて、何の意味があるのか、俺は悩む。
まぁ良いや。
「ただいま戻りました」
「おかえり。凪」
「お疲れ様です。神代さん」
「お土産ありますよ。試作品のケーキです。是非食べて感想ください」
「あっ、ありがとうございます」
なんか桜っぽい雰囲気を感じる。ん? これは、サクランボ?
「へぇ、タネ抜きされてるんだ」
「地味に、ストレスですからね。タネ抜きサクランボとタネ抜きのスイカ、いつかできないでしょうか」
「すでにあるらしいですよ」
サクランボのゼリー。か。
「ありふれてると思うな、サクランボの特産地であるところの東北のとある県では、かなりあるだろうし、恐らくそこのクオリティには勝てない。あちらでは、品質が保証された農家と契約してるからな」
「ですか……手厳しい」
凪はうんうんと唸り始める。
さて。こちらも考えよう。真剣に。凪が満足できるラブレターってやつを。
しかし、桐原さんに抜かれるのではないだろうか、このままでは。
なんか、俺が初めて投稿した時よりも、ペースが良いんじゃないか、読者が増える。
ため息つきたい。俺の数年の苦労は、何だったのだろう。
いい加減、報われたいぞ、俺。
「現実って、ままならねぇ。あぁ、畜生」




