甘党少女の休日。
「つ、疲れた……」
全身が鉛のようだ。まともに動く気がしない。これを毎日続けると考えると、なるほど、土日が愛され祝日が歓迎され、台風が崇め奉られるのも、納得がいく。
金曜日分の女子高生としての役目を終えて、そのまま帰って来た。無断外泊何て、私は今更怒られない。
制服は脱ぎ捨てられ、下着だけのまま、眠る。暖房様、ありがとう。
あぁ、ベッドよ、今日も私を抱きしめて。柔らかい……。
目が覚めた。夜中だ。時計は丁度、日付が変わる時間を指している。
寂しさを感じた。心が、誰かを求めている。あの人を、求めている。
ベッドから出る。床の冷たさに気づいた。
「……さむっ」
慌てて手近なワンピースを着る。
「寒っ!」
ワンピースを脱ぎ捨てジャージを着た。少しはましになった。
机の上の鍵を手に取ろうとして、躊躇う。果たして今の私は、あの人に会う資格はあるのか。
「まだ、無い」
無いけど。でも、うん。
「会いたい、な」
そもそも、会う資格って、何だろう。
取り戻せ、神代凪。勢いという物を。
「よし」
死なないけど、死ぬ気で。
扉を開ける。雪が降っていた。マンションの最上階、白に染まる景色が視界に飛び込んでくる。
進め、進め。あの頃のように。エレベーターの前まで行く。でも、ボタンを押せない。
「だめ、だ」
自分が、信じられない。
まだ、私は、胸を張ってあの人の前に立てない。
気がつけば部屋に戻ってベッドにもぐりこんでいた。明日は土曜日、どうやって過ごそう。
休日の過ごし方すら、私は忘れていた。平日があるから、休日を感じられている。平日が何も無いなんてことは、世の中は許さない。
仕事があるのが普通。学校に行くのが普通。つまり平日。気がつかないうちに押し付けられた概念。でも、それが普通だと、初めて気づいて、おかしいと思って、でも、諦めた。
もうちょっとだけ、頑張らなきゃ。
結局眠れなくて、何か、水でも飲もうと思って冷蔵庫を開けたら、ケーキが入っていた。苺のショート。
手紙が添えられている。
『学校頑張れ』
それだけ書かれていた。
「この字、諭さんの……」
思わず笑ってしまった。
きっと父さんに預けたんだろうな。
諭さんの字は……お世辞にも上手とは言えないから、一発でわかる。きっと頑張って丁寧に書いたんだろうなぁ。
「ふふっ、あははっ」
笑いが込み上げてくる。ケーキよりも短編小説が欲しいけど。
「でも、良いや」
クリームの甘さが、苺の酸味とマッチしている。どこで買ってきたのだろう。果物とスイーツが見事に共鳴していた。
「ありがとうございます」
気がついたらそう呟いていた。
慌てて目元を拭った。ケーキがしょっぱくなる。
今私が私を信じられることが、一つだけある事を、思い出した。
「おはようございます!」
「桐原さん……。今日は土曜ですよ」
「忘れたのですか? 模試ですよ」
「もし?」
もしとは、何だろう。
「模擬試験の略です。今日はセンター模試です」
ぼんやりとした頭。身体を起こす。まだ頭がボーっとしていた。
ようやく、もしが模試と脳内変換された。
「ということは、月曜振休ですか」
「? そんなものはありませんよ」
「はぁ。面倒ですね。あれ、でもそれって学年の最初に一年分集められませんか。受験料」
「確認したら、払っていたそうですよ」
「マジですか……」
罪悪感がぶわっと体を駆け巡った。
「行きましょう。ほら、顔を洗ってきてください」
「はい」
素直にそう返事した。
「お、おはよう、ございます」
マンションの前に出ると、涼香さんが、ぺこりと挨拶してくれる。
「入って来れば良かったのに」
「あ、あう。迷って、そのまま、ここで、待つことに、しました」
「今度からは入ってきてください。風邪ひかれても困りますから」
「はい」
ため息を一つ吐く。真面目なのも困りものだ。
休日の電車は空いている。余裕で座れた。
三人で並んで、私を挟んで二人が座った。
程よく温かい車内は、朝の私に眠気を催させるには十分。
頭がガクッと揺れて少しだけ目を開けるけど、瞼は重い。
「ほら、こっちに。肩を貸しますから」
桐原さんの言葉に素直に従う。スッと優しく頭を撫でられる。少しだけ安心した。
ハッとして目を開けた。車内は慌ただしく人が動いている。慌てて立ち上がる。
「あっ、起きましたか。凄いですね、丁度ですよ」
「よく、聞きます。居眠り、しても、目的地で、自動的に、起きる人が、いること」
「そこまで習慣的に載っていない筈ですが」
頭がスッキリした。
車内の温かさより、外の寒さの方が心地良いくらいに。
「雪、止んで良かったですね」
風が吹いた。強い風、ただ広いだけの、雪が無い時期は子どもたちが駆けまわっている駅前の芝生の広場。積もったサラサラの雪が風に舞いあげられる。
目の前の桐原さんの黒髪が、風に揺れた。手で抑える様子は、絵になった。
「凪さん?」
「は、はい!」
「ボーっとしていたので、大丈夫ですか?」
そう言いながら、私の髪についた雪を拭いてくれる。
「……私、お世話されすぎでは?」
「私たちが、学校に、来て欲しいと、思っています。なら、そのサポートも、当然、です」
願うだけで、思うだけで何もしないなら、それは暗に自分が嫌なことに協力しているのと同じだ。
「私、荒谷さんに説教されたことあるんですよね」
唐突に、桐原さんはそう言った。
「諭さんが言った事を、あらゆる場面で使えそうに言い直すなら、『思いながら何もしないなら、思ってないのと一緒』となります」
「諭さんらしい言葉ですね。厳しい人ですよね。思うなら動け、願うなら動け。考える事をやめるな。常に考えろ。自分の芯を持て。という人ですから」
「はい。とても、厳しい人です」
朝日が優しく照らす。雪が煌めく。
目が合った。誰かを真っ直ぐに見られたのは、久しぶりな気がした。
私の目は、今輝いているだろうか。諭さんが言っていた眩しさは、あるだろうか。
心を囲んでいた影が晴れて行く。光に照らされていく。
「桐原さん。涼香さん」
「はい」
「何ですか?」
「点数、私が勝ったら、私が諭さんに会いに行くの、手伝ってくださいね」
「えっ……」
「神代さん、大きく出ましたね」
「私、見た目とスタイルと成績は良いので」




