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書けなくなった作家擬きが出会ったのは甘党少女でした。  作者: 神無桂花
甘党少女と囲む影

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JKsの夜。

 「……あの」

「はい。何ですか? 神代さん」

「狭くないですか?」

「影山さんのベッドが広くて良かったですね」


 二人の甘さを感じる香りと、柔らかい肌を包むパジャマと隠せない温もりに挟まれて、ベッドに横になる。


「さて、裸の付き合いをしたことですし、あとは腹を割って眠くなるまで話しましょう」

「腹を、割って、ですか?」

「はい」

「そんな、急に言われても、事前に言っていただけていたら、その、まとめてから来ましたのに」

「さっき言いましたよ、思い付き、と」

「う、うーん」

「それに、腹を割って、話す、なら、その、準備とか、無い方が、良い気が、します」 

「そ、そうですか。それで、どんな感じで話すのですか?」

「身構えないでください。普通に話す感覚で、少し踏み込んだことを聞くだけなので」


 思えば、私は完全に逃げ場を失っていた。ベッドの上で両脇を固められては、逃げようにも無理だ。

 まぁ良いや。今更逃げる気なんて無い。


「何でも聞いてください。もう色々、諦めました」


 目を閉じた、ら駄目だな。寝落ちてしまいそう。


「じゃあまずは、一年生の頃の事、どこまで覚えていますか?」

「少しだけ。覚えています」


 記憶の彼方、というほどでは無い。

 わざわざ思い出そう、という気が起きないだけ。別段、価値を感じていないだけ。

 でも、諭さんは、あっ、そっか。


「間違っているのは、私でした」

「えっ?」


 諭さんは、無駄だと思っていた時間にも、価値を見出して、前に一歩踏み出したんだ。


「今からでも、間に合うでしょうか」

「何がですか?」

「私が無駄だと思っていることに挑戦して、意味を見出すのに。学校に行くのに、女子高生に、なる事に」

「女子高生って、意識してなるものですかね」


 ぽつりと、桐原さんは言った。


「制服は、身分を表明する物です。今や、中卒に当たりが強く、高校までが実質義務教育、みたいな時代です。だから、ほとんどの人は、流されるように高校生になる事を選びます。いえ、強要されるの間違いでしょうか」


「何が、言いたいのですか?」

「結論は、急かすものではありませんよ、神代さん」

「す、すいません」


「言ってしまえば、女子高生という物に明確な定義はない。制服を着て学校に通っていれば女子高生。なんですよ。難しい事を考え過ぎです。神代さんは」


「確かに。それは……」

「私の、ように、コンクールの、ために、学校、休んでも、女子高生、です」

「むっ……」

 何でもありじゃないか、それじゃあ。

「テスト期間だけ来る不登校でも、女子高生じゃないですか」

「そうですよ」

「じゃあ、ますます学校に行く意味が……」

「それを見出したい。そう言ったのが、数分前の、神代さんです」

「はい」


 一歩踏み出したい、そう言って学校に行って、逃げて、今度は連れ出された。

 連れ出されて、連れ回されて、価値観をかき回されて、頭の中をぐるぐると、色んなことが駆け巡る。

 私は、どうなってしまうのか。


「友達って、なんですか?」

「急ですね。今の状況にまで陥って、友達ではないと言い切れますかね?」


 凛とした声は、私のおずおずとした、ちょっとだけ臆病な声であげられた疑問を、蹴飛ばすには十分な威力を持っていた。


「もう、世間一般の人たちのように、生きられる気がしません。私」

「良い、じゃないです、か」

「涼香さん」

「そういう、人たちが、いるから、自分が、普通だと、思える。どこかの、クズ男の、考え、かた、です」

「ろくでもない考え方ですね」


 でも、そうだ。

 異常がいなきゃ、普通が成り立たない。


「そう考えると、普通にこだわるのも、馬鹿馬鹿しいですね」


 桐原さんが自嘲気に笑う。

 言葉を、言おうと思った事を言おうとして、ふと、頭がボーっとして、口が重くなって、まぶたを開けるのが億劫になってくる。

 体勢を変える。誰かが頭を撫でた。諭さんより丁寧で、柔らかい手付きだ。

 諭さん。そういえば、三人でいた時間、諭さんの存在を、ほとんど意識しなかった。


 世界って広い。ほんのちょっと外に出て、違う考え方に触れただけで、絶対だと思っていた存在が、こんなにも揺らいでしまうなんて。

 私は本当に、狭い箱庭の中で生きていたんだ。

 もっと遠くには何があるのだろう。

 私が知らない世界は、何があるんだろう。

 




 目が覚めた。

 私は一人寝ていた。ベッドの温かさは、二人がいた形跡か、私が寝返りを打った後なのか。

 ぼんやりとした頭で、日付を思い出す。今日も学校がある。金曜日だ。


「あっ、おはよう、ございます。良かった、思った、より、早い、時間に、起きましたね」


 キッチンでは、二人がパタパタと朝ご飯の支度をしていた。


「神代さんは身支度を整えていてください」


 うとうととした頭で、洗面台の場所を思い出す。一度掃除に来た事はあるが、うろ覚えだ。でも、何とかたどり着けた。


 顔を洗って、髪を整えて。昨日買った下着をつけて、制服に身を包む。

 まだ違和感。私が制服を着ていることに。これが、普段着のように感じられる私は、帰ってくるのだろうか。いや、きっと帰ってこない。確信をもって言える。

 神代凪は死んで、生まれて、そして、変わろうとしている。

 価値観は、壊れ、かき混ぜられ、構築されて、蹴飛ばされて拾い上げられて、確かなものになっていく。

 朝ご飯は、温かかった。味噌汁を飲んだらホッとしたし、ご飯に海苔の佃煮を乗せれば、どうしてか懐かしい気分になった。

 鮭の塩味は程よかった。健康志向が強い二人なのか、全体的に薄味ではあったけど、丁度良いと思えた。

 煮物は味がしっかり染みていた。


「美味しいです」


 総括すると、この言葉になる。


「ありがとうございます」


 二人は穏やかに微笑んで答えた。




レビューいただきました。ありがとうございます。

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