甘党少女のお願い。
テストが終わり、春休みが始まった。
凪は来ない。来るなと言ったのだ、俺に文句を言う筋合いも権限もない。
放った言葉には責任が伴う。俺の存在が、凪を縛るなら、俺は凪を解放しなければならない。
「何て言っても、寂しいものは、寂しい」
でもこれは、責任だ。年上としての、責任だ。
一人でも生きられたのに、死にそうな気分になりながら。寂しいなんて思う事無かったのに。
「弱くなったのか、人間らしくなったのか」
一人でいられると、強い、がイコールで繋がるものでも無いし。
春休み、とはいってもまだ一月。雪は降っている。
一人の部屋。俺はノートパソコンを起動する。やるべきこと、やらなければならないこと。やりたいこと。
部屋で寝ていた。
目が覚めた。部屋のデジタル時計は正午を指している。
「あっ、学校……」
ぽつりと呟く。
「諭さんの……ご飯……」
机の上の鍵。それを使えば、諭さんが会いたくなくても、会いにいける。
でも。
駄目だ。
自分の家の台所に、久しぶりに立った。
何を作ろう。
冷蔵庫に手をかけたところで止まる。
何も思いつかない。
自分が食べたいものが、思いつかない。
「良いや」
食べなくても死なないし。
怠惰に部屋のベッドに寝そべって、でもすぐに立ち上がる。
制服に手をかける。一瞬の吐き気。袖を通せば妙に体に馴染んだ。
制服を着て、そのままベッドに倒れ込んだ。
「はぁ」
私が行く意味、あるのかな。でも、諭さんは。
自分で見つけろ、ということなのかな。
鬼畜過ぎる。諭さん。
身体を起こす。さっきまで昼だったのに、もう二時。昼下がりと言える時間になっていた。
今から行って意味があるとは思えない。もう一度ベッドに寝そべる。
目を閉じて、目を開ける。
「……四時だ」
怠惰な一日って怖い。何もしないで一日が終わる。時間を無駄にした気分になる。
人は根源的に怠惰なのだろうな。
何かやらなきゃいけない。そんな義務感に駆られる。外に出る。
そして、マンションを出たところで、ばたりと制服姿の少女と鉢合わせになった。
「き、桐原さん」
「あっ、えっと……」
何故か桐原さんは眼鏡をかけていた。
顔に出ていたのか、眼鏡を外してしまう。
「こ、コンタクトを忘れてしまいまして」
「外さなくて良いと、思いますけど……それで、何の御用ですか?」
「あなたのご両親が経営している喫茶店の、ココアが、飲みたくなりまして」
「そう……ですか」
そのまま連れ立って喫茶店に入る。私は厨房に入った。
「どうぞ」
「えっ」
桐原さんの目の前にココアを置いた。
「飲みたかった、と言っていたじゃないですか」
「作れるのですか?」
「メニューは一通り作れます」
「す、すごい」
尊敬の目を向けられても……。
「私が作った料理、クリスマスに食べたじゃないですか」
「そ、そうでしたね。すいません、あの時は緊張していて」
「今もしているように見えます」
「あはは」
無邪気に笑われても……。
自分用に作ったものを飲んでみる。うん。丁度良い温度だ。
桐原さんも飲んでいる。
「飲みやすいです」
「すぐに飲める温度で出すのは大事ですから」
「いつもの味だ……」
「同じメニューなのに味がランダムなのは、店としてどうなのですかね」
「元気そうで、嬉しいです」
「お陰様で、と言うほどお世話になってませんね」
「久々に来た学校は、どうでしたか?」
「異物になってましたね、私」
「異物……」
「あの空間に、私が入る場所はありません」
「神代さん」
「はい」
「あの、その、私!」
急に真っ赤になる桐原さん。大丈夫、なのだろうか。
「私!」
「はい」
「……なんでも、ありません」
「ここまで溜めてそれはありませんよ……」
「すいません。勇気が出ませんでした。それに、神代さん、荒谷さんとお付き合いされているのですから」
「えぇ。まぁ」
私が不甲斐ないために、今は出禁にされていますけど。
「それで、何を言おうとしたのですか?」
「追及するのですか!?」
「当たり前ですよ」
「むぅ……」
ふと、接客していた母さんと目が合った。母さんは、ふわりと微笑んだ。嬉しそうに。
「はぁ」
「神代さん?」
「……迎えに来てください」
「へっ?」
「とても無茶苦茶な事言うようですが、私一人だと、朝起きても、そのままサボりそうなので」
「えっ……えぇ」
思えば、初日も、影山さんに会わなかったら、帰っていたとも考えられる。
「わかりました。任せてください」
堅物真面目な印象だった桐原さんが、年頃の女の子に見えた。
「お願いします」
私に学校に来いと言うなら、それくらいの事を要求しても……明らかに過ぎた要求な気がする。うん。
そして、次の日。
「お、おはようございます!」
耳元で、そんな声が響いたのを、微睡んでる意識が捕らえた。
「ふわっ?」
「か、神代さん。お邪魔しています。ご両親に上げてもらって、起こしに来ました」
「えっ?」
身体を起こして部屋を見回す。見慣れた自分の部屋。真面目さを感じさせる、着物が似合いそうな美人。今日は眼鏡をかけていない。
「何を……?」
「迎えに来て欲しいと言ったのは神代さんですよ」
「そんなこと、言った、気がしますね」
そうか、本当に来たんだ。
「朝ご飯、できてますよ」
その言葉通り、四人分の朝食が、テーブルに並んでいた。
私はやんわりと頭を抱えた。
学校、行かなきゃな。




