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書けなくなった作家擬きが出会ったのは甘党少女でした。  作者: 神無桂花
甘党少女と煌めく雪

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53/72

冬の朝の道場はひたすら寒い。

 「諭君! 起きて!」

「……チッ」


 俺は寝たふりを継続した。


「いや、無理があるから。今舌打ちしたのしっかり聞いてたから」

「んだよ。うわ、六時じゃん。人間の起きて良い時間じゃないから」

「……少なくとも、中学高校の頃は起きていた思うよ。諭君も」

「早すぎんだよ、学校始まるのが。健全に学生生活を送らせたいなら、十時スタートくらいが丁度良いね」

「そんな事はどうでも良いけど」

「ほう」

「あ、さ、げ、い、こ」

「あぁ?」

「朝稽古だよ、朝稽古」

「やらねぇから」

「凪ちゃん、来てるよ。とりあえず基礎から教えようかって話に……えっ、ちょっと、ここで脱がないでよ」

「うるさい。嫌なら出てけ」


 素早くジャージに着替えて俺は部屋を走り出た。


「あっ、ちょっと待ってよー。駆けっこで私に勝てると思ったかー?」





 「凪!」

「あっ、諭さん」


 道場に駆け込むと、父親と祖父に挟まれて、凪が竹刀を持っていた。 


「諭、丁度よかった。今から凪さんに剣道の基本を教えようと思っていてね。ただ、僕もそこまで時間が無いからさ」

「なんだ、良かった……」

「何を安心しているんだ」

「あぁ、じいちゃんの事だから体で覚えろとか言っていきなりかかり稽古とか始めると思っててさ」

「素人兵法は怪我の元だからな。儂を何だと思っている」

「真面目な鬼」


 かかり稽古というのは、先生に休まず連続で打ち込む体力勝負な稽古の事だ。

 相変わらず、暖房すらついてない。三人とも裸足だから、なおさら寒そうに見える。

 これ、慣れてないと足の感覚が無くなってくるんだよなぁ。

 慣れると冬場、しもやけ知らずだが。


「んで、凪は剣道をやりたいと」

「はい。折角なので」


 吐く息が白い。


「おじいちゃん、寒い!」

「軟弱もの。鍛え方が足りん」

「うるさい。だったら、勝ったらつけろー」


 木刀を持った茜が祖父に飛び掛かるが、すぐに木刀は祖父の手の中、茜は床に叩きつけられる。が、すぐに起き上がり正拳突きを繰り出すもそれは受け流され、木刀の柄で鳩尾を突かれ悶絶することになる。


「まだまだ若い」

「畜生……妖怪真面目人間め」

「人間なら妖怪じゃねぇよ」


 さて。


「じゃあ、茜と爺さんは稽古。俺は凪に基礎を教える。それで良いか?」

「んー。そうだねー。よし、じいちゃん。さっさと始めよう」

「防具をつけろ、防具を」

「いらない! 無い方が動きやすいし。当たらなければ良いし」

「ふん」


 祖父も、防具無しで構わないと示すように、木刀を俺の額の目の前で寸止めして見せた。ちなみに振りは見えなかった。


「じゃあ、うん。怪我しない程度に」


 巻き込まれない程度に距離を離す。

 さて、と。


「やるか」

「よろしくお願いします。諭さんはよろしかったのですか?」

「もう三年もやってないんだ。今更やった所でボコボコにされた上に筋肉痛に悩まされるよ」

「はぁ」

「とりあえず、左足の踵上げて、右足は前に。右足の踵も少しだけ浮かせる。紙一枚入る程度。そう。基本足はその姿勢な」

「はい」

「左手は下。右手は上。……持ち方学ぶなら木刀持たせた方が良いかな。ほら、これを上から持つ感じで。そう。肩の力抜いて、右手は添えるだけ、左手で振るつもりで」


 凪が木刀を振り上げる。


「振り下ろす瞬間、右手を絞るようにして力を入れる」

「はい」


 素直な凪は、本当にその通りにした。木刀は、大体凪の頭の高さでピタリと止まる。


「そ、そんな感じ」

「剣道で木刀使うのですか?」

「うん。昇段審査で、型の審査があるからさ」

「なるほど」

「上手い人だと、それで大会前の景気づけに、演武で呼ばれたりする」


 凪は興味深げに頷く。


「まっ、とりあえず、それ振っとけ。適当に」

「はい」


 あー。寒い。

 ウィンドブレーカーを上下着込んでるのに、寒い。起き抜けだからか。

 朝飯食ってこの稽古をやったら確実にリバースするから、全員食べないでここにいる。


「うぉぉぉぉぉぉお」

「ふん」


 茜の持ってた木刀が道場の隅にすっ飛んでいく。普通、中断して拾いに行くのだが、厳しい先生だとそのまま続行する。

 我が家の場合、いや、茜の場合は、そのまま体術で勝負しに行く。


「じゃあ、僕は仕事に」

「いってらっしゃいませ」


 凪はぺこりと頭を下げてそう言って、俺は片手を上げて応えた。


「諭さんはやらないのですか?」

「俺はあんな武闘派ではない」


 見ろこのひ弱な腕を。あんな戦闘に巻き込まれちゃ、へし折れちまうぜ。


「っと」


 凪を抱き寄せた、茜がすっ転がって来たからだ。


「むっ、すまんな、諭」

「珍しいね」

「歳だな」


 祖父が間違えても参加していない人を巻き込むような事はしない。なるほど、衰えてはいるのか。でなければ、茜が強くなっているか。

 多分、両方あるだろうな。

 どうでも良いけど。


「はぁ、はぁ。くそっ」

「おーい、あさごはーん」

「でりゃぁぁあああ!」

「ふん」


 締めにかかった祖父は、木刀を振るう、茜はその場で崩れ落ちた。


「く、くそ、力、入んない……」

「やめだやめ。ほら、行くぞ。凪、反対側頼む」

「は、はい」


 どうせ大した怪我はしていない。そこら辺の力加減は、心得ている人だ。


「卒業、までに……これが、最後のチャンス、なのに」


 


 朝ご飯食べ終われば、各自自由行動。

 俺は凪を連れて外に出た。

 と言っても、畑とか田んぼの間を歩くだけだけど。


「なんもねぇだろ。コンビニ行くのに徒歩十五分はかかる。基本行動はチャリか車。だってのに冬は雪が降る。不便な町だよ」

「なるほど」


 凪はきょろきょろ楽し気にあちこち眺めながら歩く。何が良いんだか。


「諭さんにとっては、見慣れた風景ですか」

「まぁな」

「でも、私となら初めてですよね」

「あぁ。それが?」

「それが? って、一緒に見る人によって、景色は違ったか顔を見せる。当然じゃないですか」


 凪は跳ねるように俺の前を歩き出す。


「ほら、私一人いるだけで、少し変わって見えません?」


 ……確かに。少しだけ、心臓が嬉しそうに跳ねる感じがする。

 手を繋げば手が喜ぶ。身体を少し寄せれば、体温が少し上がる。


「なるほど、好きな人と見る景色は、確かに、少しだけ変わるかもしれない」

「照れちゃいます」

「そう言うように仕向けたのはどこの誰だ」

「さぁ、知りません」


 楽し気に凪は笑った。

 



 家に帰る。玄関で母親と鉢合わせた。


「諭、茜どこに行ったか知ってる?」

「靴あるじゃん」

「じゃあ、道場かしら。見て来てくれる」

「やだよ」

「諭さん。一緒に行きませんか?」

「……わかった」


 母親のにやけ顔にイラっときたのは否めない。

 道場の前、雄たけびが聞こえた。


「うぉぉぉぉおお」


 茜が一人で木刀振り回して暴れていた。


「逃げよう」

「えぇ、駄目ですよ」

「いや、あそこまで気合入っているあいつ見るの初めてだ。危険だ」

「あっ、諭君」

「……げっ」

「丁度良かった、付き合ってよ」

「やだよ」


 木刀を押し付けられる。殺される……。


「あ、あの、茜さんはどうしてそこまで気合を入れて?」

「じいちゃんを倒したいんだ。高校に入る前に」

「ど、どうして?」


「じいちゃんが、完全に弱っちまう前に倒さないと、負けっぱなしで終わっちまうから。確実に、弱くなってきてる気がする。今の強さを保てるのも、あと一年あるかどうかじゃないかって、私の直感が言ってるんだ。だから、まだ強いうちに。って、ここに来るまで頑張ったけど、やっぱ強いや。だから、倒したい」


 強情なまでの負けず嫌いが、彼女をここまで強くした。


「行くよ、諭君」

「えっ……」

「うぉおおおおおお」


 反射的に持ち上げた木刀、乾いた音、腕にずしんと来る重み。殺気が籠った目を向けて来る茜。


「まだまだぁ!」


 一歩後ろに飛ぶ。さっきまでいた場所に空気を切り裂きながら凶器が振り下ろされた。 


「こ、殺す気かぁぁぁぁ!」

「さ、諭さーん!」


 はぁ、はぁ。

 死ぬかと、思った。


「うーん。うん」

「なんだよ。あーあ、明日筋肉痛だ」

「全部防ぎきれてたじゃん」

「その代わり一本も打ち込めなかったけどな」

「はぁ」


 茜は肩を落として風呂場に入った。俺もシャワー浴びたいのだが。


「諭」

「なんだよ。じいさん」

「動けていたぞ」

「そうかよ」


 やらないけどな。もう。

 思わず舌打ちした。また嫌なことを思い出しかけた。


「茜は倒す気満々だぞ、じいさん」

「老いぼれを目標にするとは。それを超えた先に何を見据えているのか」


 それだけ言って、祖父は自分の部屋に入る。後に残された俺たちは、少しだけ途方に暮れて、俺の部屋に入った。







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