閃光花火は消える直前が一番きれいです。
凪が好きだ。
その気持ちに偽りはない。
どうしようもなく惹かれている。この、可憐で美しい少女に。
色素の薄い茶色がかった髪が揺れる度、心が揺れる。凪の顔がパッと笑顔に彩られれば、心が晴れる。近寄れば、心臓がうるさくなるし、離れれば全身が彼女を求めてしまう。
俺の書く小説は、気持ちを直接的表現するのは美しくないという考えから、あまり書かないのだが、案外、抑えるのは厳しいものがあるな。
好きは好きだ。凪が好きだ。だから好きと言って何が悪い!
そう開き直った。
そんな夜。もうすぐ10月。
夏の終わりがひしひしと感じられる夜。凪は百点満点の笑顔を弾けさせていた。
「諭さん! 花火しましょう花火!」
「どこで」
「そうですねぇ、屋上ですかねぇ」
「火気厳禁じゃねぇのか」
「バレなきゃ良いのです。燃え移らなきゃ良いのです」
そういうもんかね。
「いや駄目だろ。ほら行くぞ。どこか適当なところあるだろ」
近くに川があったはずだ。歩いて五分くらいの所に。その河川敷で良いだろ。
「行くぞ、凪」
「近くに無いですよ、花火のできるところなんて」
「あっ、そうなの」
「なので、お父さんとよくこっそり遊んでました」
「へ、へぇ」
しかたないか。と言って済ませられる事でも無いよなぁ。でもなぁ。
凪の言う事はなるべく叶えたい。
けれどマンションで手持ち花火は気が引ける。というか、凪の持っている奴、設置型のやつもあるよな。流石にヤバいだろ。
「うーん」
「諭さん!」
凪の視線が眩しい。キラキラしてる、
うむ。うぅむ。
「い、いや……」
断りかけると、すっと凪の瞳が陰る。
くっ、悔しいが。凪の笑顔を曇らせるくらいなら。
「い、行くか」
「はい!」
おねだり上手だな、この子。
水を汲んだバケツと、空のバケツを持って、屋上へ。
いつかプールでも設置しそうだな。無理か、設計上。
「ふんふんふーん」
とか鼻歌歌いながら、蝋燭に火を灯し、空のバケツの中に。
「凪、この量できるのか? 一人で」
「えっ? 一人でですか?」
「いや、俺は見てるけど」
「え?」
「は?」
凪は何を言っているのですか? とでも言いたげな顔。俺は俺で困惑する。
「えっ、俺もやるの?」
「はい」
「ばかな」
「何がです?」
「花火は見るもの。やりたい人が手持ちでやっとけば良いじゃん。ではないのか」
「むしろ、手持ち花火を見てるだけとか、おっさん臭いです」
ぐいっとまとめて三本押し付けられる。
「さぁ、やりましょう」
花火と凪を見比べ、観念することにした。
三本一気に火をつける。
激しく小さな閃光が、夜の闇を少しだけ切り裂いた。
「あはは、諭さん、楽しくないですか?」
「まぁ、少しは。凪といるからかな」
「花火も楽しいですよ」
ほくほく顔で設置型の花火の準備を始める。もう止める気は無い。
「行きますよ~」
「あぁ。なぁ、打ち上げ型は無いよな」
「流石にそれは、私だってちゃんと考えてます」
派手に閃光が、噴水の如く飛ぶ。
照らされる凪の顔が楽しそうで、多分、それを見ている俺も、呆れながらも楽しげなのだろう。
悪くない。いや、むしろ、この時間がずっと続けば良い、なんて思っている。
「ふっ」
「あっ、笑った。と言いたいところですが、ずっと諭さん、楽しそうです」
「隠せてないか」
「隠す必要なんて無いです。ここにいるのは、私と、諭さんだけですから」
あぁ、まぁ。そっか。
「諭さん。夏の思い出、やりたいこと、大体できました」
「そっか。まだやりたいことは?」
「夏は、もう終わりますから」
また来年、また来年。
凪の次の年を、来年を作れる。俺は作れるんだ。
でも。
俺は。
思考をそこで止めた。
俺はわかっていた。
▼・俺は俺の今までを否定する。
・俺は俺を貫き通す。
▽・俺は俺の今までを否定する。
否定しよう。凪のために。
そして、それすらも否定しよう。全てを否定しよう。凪のために何て気持ちも否定しよう。
全部がどうでも良くなった。迷い過ぎて、どうでもよくなった。でも、どうでも良くなったのに、ただ、一つだけ、俺の中に残った。
凪の事が好きだ。好きに単位なんて無いし、相応しいなんて無いし、必要量も無い。足りないなんて無い。今俺が思っている恋が、真実だ。
凪に恋心を抱いている。凪が好きだ。凪を愛している。その気持ちこそが、真実だ。
「うん」
凪が、好きだ。
「諭さん? またボーっとして、どうしたのです?」
「うん。ちょっとだけ、小説が書きたくなってさ」
今なら、とても真っ直ぐな気持ちで書ける気がする。
「それとさ、凪」
「はい」
「今日は、一緒にいて欲しいな」
「はい」
小説を書くと言ったが、やっぱり花火はこれが無いとな。
二人で肩を寄せて、パチパチと小さく火花を上げる線香花火を眺めた。
「あっ、落ちちゃいました。諭さん凄いですね」
「人間、どうしても少しは振動しちゃうから、難しいよね」
パチパチと最後の輝きを見せようとするが、ぽとっと落ちる。
「あはは、落ちちゃったよ」
「一番綺麗な時なのに」
「うん。一番耀ける時に、輝かせられなかった」
ふと、「我が家のメイド」思い出した。
俺は、あの小説、ちゃんと輝かせられたのだろうか。もっと頑張れたのだろうか。
例えばランキング乗った時、畳みかけるように更新して、もっと宣伝できたのではないだろうか。
例えば、もっと色んな作家さんと交流すれば良かったのではないだろうか。
「いや、今は良いや」
そんなことすら、どうでも良く感じる。
今隣に凪がいる。それだけが、重要なんだ。
今を大事にしないやつに、未来なんか語れない。そんなありきたりな、言い尽くされ語り尽くされた言葉が、強く実感できた。
シャワーを浴びた。
上がって来た凪は、うっとりした目をしていた。
「諭さん……」
「ん。凪の病気何て、余命何て、どうでも良いよ」
「はい」
「俺は凪が好きだ。失うとわかって気づいた気持ちだけど、でも、凪が好きだ」
「はい」
うっすらと、涙が流れる。隠すように身を寄せてきた凪を、そっと抱きしめた。




