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書けなくなった作家擬きが出会ったのは甘党少女でした。  作者: 神無桂花
甘党少女と追い縋る影。

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40/72

空は遠くて、海よりも深い。

 メモ。

 凪の余命。現在。来年の八月末。突然死ぬらしい。

 助ける方法。凪がお腹に宿した子供に身代わりになってもらう。妊娠十一週目くらいに転移? する。

 

「はぁ」


 ため息を吐いた。

 今わかっていることを、何となしにまとめた。

 窓から外を見る。マンションの二階だから、大した景色ではない。外はもう暗い。


「凪……」

「呼びました?」

「ん? いや、呼んだけど、何となく、名前が言いたくなって」

「あはは。そんなに私が恋しいですか? 部屋にいるのに。良いですよ。あと十分は置かないといけないので。傍に居ます」


 健気に笑う凪に、愛おしさが溢れそうになる。

 こんなに溢れてくるのに、まだ足りない。もっと愛を叫びたい。


「くっ」

「どうかしました?」

「心臓をえぐり出して差し出したくなるくらいの衝動が」

「んー、いらないですね。猟奇的な愛は勘弁してほしいです」


 そりゃそうだ。

 でも。


「凪の病気、代わりに俺が貰いたいな……」

「……諭さん。それは許しません」

「なんで?」

「あなたが、私に死んでほしくないというのと、同じ理由ですよ」

 凪は絡みつくように首に腕を回し、そのまま押し付けるようにキスをした。触れるだけだけど。それだけで頭がボーっとする。溢れそうになる愛おしさは体を突き破って溢れ出しそうだ。

「えへへ」

「凪は、何で助かろうとしないんだ?」


「命への執着って、案外簡単に無くなるものですよ。もう先が無いってわかったら、あとは残り時間、どう過ごすかを考えるものです」


「助かる方法は、わかってるじゃん」

「私には、誰かを踏み台にするなんて、想像できません」

 凪はふわりと笑った。

「星、見に行きませんか?」

「どうした急に……あぁ、良いよわかった」


 凪のふにゃっとした顔を見てると、断るという選択肢が出てこなかった。


「どこよ?」

「諭さん、うちの屋上行ったことあります?」

「ねぇよ」

「じゃあ、そこで」


 意外と安上がりな場所だった。


「物語の中で亡くなるヒロインって、どうしてか海か星を目指しますよね」

「……確かに」


 同意したくない部分だが、何となくそんな気がする。

 凪は、本当は本気で助かりたくないのか。とさえ思わされた。

 もしそうだとしたら、俺はどうするのが正しいのか。なぁ、凪。俺はお前に生きる事を押し付けようとしているのか。教えてくれ。


 けれど俺は言葉に出さない。だから、俺の問いは届かない。凪はただ、楽しそうにマンションの屋上に行く準備をしていた。

 スマホと財布。家の鍵。それだけポケットに入れれば俺は済む。


「よし。準備はOKです。きっと楽しいですよ。諭さん。それとも、先に夕飯済ませますか?」

「あぁ、いや。……今食べよう」

「はい」

 


 夕飯のハヤシライスを食べて、凪に連れられエレベーターで最上階へ。そこから、鍵を開けて屋上に昇った。大家の娘の特権ってやつだな。

 屋上は、綺麗、というか、えぇ……。


「なんか、普通にここで一日過ごせそうじゃん」

「お父さんが色々持ち込んで、それを私も使ってる感じですね。どうです?」

「あぁ、よく掃除されているし。ビーチチェアにパラソルに。くつろぐ気満々だよな。これ」


 凪が腰かけたのを見て、俺もその横のに座る。

 まぁ、当然ながら、星は少ない。なんて思っていたら。


「普通に、綺麗じゃん」

「ですよねですよね」

「住宅街じゃ、もう見えないと思っていた」


 凪に出会ってから、空をよく見上げる気がする。けど、星空は、見ていなかった。

 暗くて、深い。青空のような突き抜ける感じではなく、底が見えない深さだ。


「あぁ見えて、星と星の間って、滅茶苦茶距離があるのですよね。寂しいですよね、きっと」


「どうだか。まぁ、あんなに必死に輝いてると、そう見えるよな。でも俺たちはあいつらより一生が短い。だから、こうして近くにいられるのかもな。短い時間を、寂しくなく過ごせるように」


 きっとあんな光っている星の周りにも、何かここからじゃ見えないやつらがいる筈さ。 

 大真面目に話したけど、よく考えれば、大きさの規模も違う。


「近づき過ぎても、重力で引き寄せられて飲み込まれて火だるまですけど」

「火だるまで済むのか?」

「あはは、消滅ですね。灰も残りません」


 無意識に手を伸ばすと、凪は握ってくれた。

 そのまま、静かに時間を過ごした。

 こうしていないと、凪が消えてしまいそうな気がした。空に飲み込まれて、消えてしまいそうな気がした。


 高校生の頃、部活の遠征で海沿いのホテルに泊まったことがある。

 夜の自由時間、俺は一人、海の近くを歩いていた。気がつけば砂浜を過ぎ、港のほうにいた。何となく、海を眺めた。

 俺は、本能的恐怖を感じた。

 底知れない闇そのものが、そこにあったのだ。

 海ではなく。闇だった、落ちたら、もう助からない、そんな気がした。 


 今目の前に広がる星空。きっと山の上に行けば、もっと広がるだろう。隙間隙間の暗闇を、輝きで埋めてくれるだろう。

 星々の間の距離何て、感じさせないだろう。


「諭さん? 少しボーっとしてしまいましたか?」

「あ、あぁ」

「それでは、五から数え下ろすので、ゼロと言ったら目を開けてください」

「何さらっと催眠かけようとしてるんだよ。何で知ってるんだよ。誰だよお前にそのコンテンツ教えたの」

「引きこもりって死ぬほど時間が余るんですよねぇ。最初は寝てるだけなんですけど、段々と暇に耐えられなくなって、色々始めるのですよ。だから勉強もしていたんですよ」

「は、はぁ」


 屋上に何故か置いてあったランタンを付け、クーラーバックから水筒を取り出し、紙コップに注ぐ。さらに、おにぎりとサンドイッチを取り出す。


「夜食です。どうぞ。コーヒーではなく麦茶が良かったら、こちらの水筒です」

「ありが、とう」


 いつ作ったんだ、これ。

 おにぎりを咥える。丁度良い塩加減。中身は無いけど。その塩加減の前には、邪魔になったまである。


「うまっ」

「諭さんが最近そうやって美味しいと言ってくれるので、作り甲斐がありますよ」

「前の俺は素直じゃなかったみたいじゃねぇか、その言い方」

「違います?」

「……違わねぇ」


 素直じゃないというより、ひねくれてた。……同じだな。


「自分にとってこんな都合の良い存在、いるわけないって。自分のためにこんなに良くしていくれる人なんて、いないって。なんて」


 だから、わりと疑いの目を向けて、きつい対応していた自覚はある。

 朝起きたら、全部夢でした、なんてこともあるのでは、と思ってた時期もある。

 時よ、止まってくれ。

 凪を失わないように。凪が悩まないように。どうか、この美しい時間から、移ろわないでくれ。


「嫌な考えですけど、私、病気にならなかったら、諭さんに出会わなかったかなって。どこかボーっと、冷めたまま、友達っぽい存在と、彼氏っぽい存在と、何となく、流されるまま、適当に生きてたのかなって。私、今まで適当に生きてたんだなって」


 否定しようとしたけど、俺は、凪が病気になってからしか、知らない。


「死ぬってわかって、ようやく本気で、生きているんです。それが、とても楽しいのです。本当に好きな人に出会えて、病気になったのは不幸かもしれませんけど、その不幸が、最高の幸福を呼び込んでくれたのです! 私は世界で一番幸せな女ですよ。だから、病気に感謝してるんです。感謝の印に、望み通り命を差し出しても良いくらい」


 それが、凪の答えだった。

 俺は多分、凪には敵わない。


「俺がもっと幸せにするよ。凪が、俺で良いなら。凪が俺に飽きるまで、幸せにする。何でもする。俺は凪に、感謝してる。返しきれない恩がある。何でも、差し出すよ」


 だから、死なないで、なんて繋げなかった。

 命は、その人の勝手だ。消費の仕方は勝手に決めれば良い。生き方も自由だ。誰かの願いを邪魔するな。そんな事を書き続けてきた俺に、今更凪の事を否定することができない。

 初めて知った。誰かと出会った瞬間から、その命は一人のものじゃないって。俺は、凪に生きて欲しい。勝手に命を消費しないで欲しい。

 俺は、俺の書いてきたことを、凪の生き方を、否定しなければならない。そうじゃなきゃ、凪を引き留められない。

 あぁそうだ。凪は俺の最高の信者だよ。読者だよ。

 凪の存在が、俺の作品を体現していた。

 俺の書いてきた、書き続けた事そのものだ。

 俺は、どうしたら良い。


・俺は俺の今までを否定する。



・俺は俺を貫き通す。





 

 



 

多分、恐らく、endを決める最終選択肢です。

明日の九時締切で。(前回一票だったのに懲りねぇなこいつ。)(まぁ良いや)

ラジオ回とか、やりたい気がする。(クラスメイトなメイド参照)


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