アイの深めかた。
「今日も来たんだ」
「はい」
桐原さんは、今日もマンションを見上げていた。
「君が凪にこだわる理由、いまいちわからない」
「私の評価のためです。不登校の人が学校に来るようになったら、内申点に大きなプラスなので」
「ふぅん」
そりゃまた。
「無理矢理は意味ないぞ。例えば、お前のクラスは凪を迎える準備ができているか、茶化すやつはいないか 無神経なこと言うやつはいないか? お前と影山が歓迎しても意味ないだろ。ずっと付きっきりで面倒を見る気か?」
「意地悪な質問ですね」
「当然の疑問だろ」
「大切にされているのですね」
「誰よりも大切な人だから」
桐原さんは上品にクスクスと笑う。
「そうですか。なら、なおさら、学校は来るべきかと。将来のために」
「あぁ、そうだな」
その将来が、あるなら。
凪に生きるの事が、許されるなら。
「そうだな」
でも、俺は、どこか凪の思いを優先したいとも思っていた。
凪に生きて欲しいと思いながら、凪の望まない方法で生き延びさせるのも、どうなんだと迷っていた。
「荒谷さん、でしたか?」
「名前教えたっけ?」
「影山さんからです」
「あー」
影山は俺との関係をどう説明したんだ。
「神代さん、会えますか? 今日は」
「無理だと思う」
「残念です」
心なしか、心から残念がっているように見えた。
「一年生の頃は、違うクラスだったのですよね。体育では一緒でしたけど」
急にどうした、堅物な雰囲気が緩くなっていく。それはどこか、恋する乙女を思わせる目で。
「私、実は神代さんのことが、好きでして。一目惚れで。この間話したのが、初めてで。緊張して、動揺させたのが、結構、ショックでして」
「一目惚れって、ライクじゃなくて、ラブってか?」
「はい」
マジかよ。
「第一印象最悪のスタートですが。諦めたくないです……!」
「あの、本当の目的、俺に教えてよかったの?」
「交換条件です。私の目的を正直に話したので、会わせてください」
「そんな強引な取引があるか」
「……そうですね、すいません」
堅物な雰囲気が戻って来た。けど、しょんぼりとした雰囲気は隠せていなかった。
「そのわりには、結構きつい事言ってたけど」
「そ、それは、その。はい。言い訳はしません、ただ、その、思ったより、きつい言い方に、なってしまって。はい」
申し訳なさそうに顔を伏せる。
……はぁ。
「もしもし?」
「諭さん? どうかされましたか? 忘れものですか?」
「いや、今マンションの前に桐原さん来てるけど、どうする?」
しばらくの無言。
桐原さんの視線が痛い。
「諭さんは、どうして欲しいのですか?」
「……会った方が、良いと思う」
「今の間が物凄く不安を煽りますね」
「まぁまぁ」
少しだけ、棘を感じた。
「今、降りるので、待っていてください」
通話が切れる。
「来るってさ」
「や、やった……!」
エントランスに黒いワンピースを見にまとった少女が降りてきた。見慣れた薄い茶色の髪。警戒心MAXなのがわかる。拒絶の意思を全身から発している。
「お待たせしました、何か御用ですか? 桐原さん」
「あ、あの。この間は、すいません、キツイ言い方をしてしまい。直接、謝罪をと思いまして」
「わかりました許します。なのでもう関わらないで頂けると、助かります」
取り付く島無しとはこの事か。凄いな。
凪は俺の手を取ると、エントランスの方に向き直る。
「それでは。行きましょう、諭さん」
「ま、待ってください。くっ!」
凪は聞く耳を持たず、力強い足取りでマンションの中に俺を連れて行く。桐原さんが手を伸ばすも、俺の服を掠るだけ。自動ドアは閉まる。ちらりと振り返ると、桐原さんの捨てられた子猫のような顔が目に入った。
「ん?」
ポケットに手を突っ込むと、紙が入っていた。
凪に見つからないよう。一旦部屋まで持ち帰るか。
桐原さんの連絡先ねぇ。
渡されたのは電話番号とメールアドレス。一応登録して、メールを送った。
『気づいてくれたのですね。助かりました」
『そうかい』
それだけ送ってスマホをベッドに放って凪の後ろに。
「諭さん?」
「ん」
後ろから抱きしめてみる。凪を包んでる感じがして、なんか良かった。凪の何もかもを独り占めしている感じがする。俺は意外と独占欲が強いのかもしれない。
そう思うと、俺も桐原さんを追い払う側になってしまうのだが。
俺は一瞬考えたのだ。凪を学校に行かせる選択肢を。
凪は好きだが、凪にはちゃんと生きて欲しい。
病気を治す選択肢を取った後、凪を学校に、なんて思ったんだ。今は取らないかもしれない。けれど、これから。って。
「凪……」
「はい。今夕飯作ってるので、気をつけてくださいね」
「良い匂い」
「あはは、家から出ないので、汗もかかないんです」
「汗だくでも別に良いや」
「そ、それは、ちょっと変態チックです」
頬ずりする。こうして密着していると、凪への愛おしさが増していく。
そうだ、深めるも何もない。今俺は、凪への愛情がいくらでも湧いてくる。
抱きしめる腕の力が強まる。
俺は考える。
このまま、俺は。
どうする。
・この気持ちを昂らせて凪を部屋に連れて行く。
・落ち着くために離れる。
レビューいただきました。ありがとうございます。なんかやる気湧きますね。
あっ、最後のは選択肢です。今彼の中にある。
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