表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書けなくなった作家擬きが出会ったのは甘党少女でした。  作者: 神無桂花
甘党少女と夏の亡霊。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/72

真面目少女の夏休み。

 夏休みに入って、ほぼ同居状態になし崩しになってしまっている少女。

 今日も朝。顔を誰かに突かれている感覚に目が覚めると。


「おはようございます。荒谷さん」


 と、笑顔弾ける凪がそこにいた。


「あぁ、おはよう」

「ちゃんと一人で眠れましたね。良かった」

「ガキか、俺は」


 凪の目が細められ、髪をすくように撫で始めたので起き上がることで回避。

 子ども扱いされても困るっての。母性ある年下は、憧れる存在だし、心の底でミリ単位で喜んではいるが、それよりも、何というか、年上の威厳を維持したい気持ちの方が勝ってしまう。


「ったく」

「バイトやめて正解だったのでは? 夜早く眠れてるじゃないですか」

「まぁ、な」


 それは実際、否定できない。


「朝御飯、できてますよ」

「あぁ、ありがとう」


 さぁ、さっさと食べて、まずは。

 今日の分の短編か。うん。今の凪、何を命令してくるかわかったものじゃないから。しっかりこなしていこう。



 「そういえば」

「はい」

「影山とは連絡とってる?」

「はい。あれ、荒谷さん、連絡先持ってないのですか?」

「そんなとこ」


 そろそろ昼の時間帯。コーヒーを飲んでクッキー齧って、パソコンに思いつくままに文章を連ねて行く。こうしていると、たまに大事なことを思い出して、丁度凪と影山は今どうしているのか、気になった。まぁ、心配はしていなかったが。

 エプロンつけてせっせと掃除していた凪は、手を止めてスマホを取り出す。


「いります?」

「……もらっとく」

「じゃあ、涼香さんにも送っておきますね」

「頼む」


 それから俺の方からもメッセージを送っておく。すぐに返信が来た。

 影山らしい、生真面目な文章だった。


「なぁ、凪」

「はい」

「女の子はどういうメッセージ喜ぶ?」

「……そうですねぇ、意味の無いこと送られても困りますからねぇ。そこそこ関係が深ければ良いのですが」


 なるほど。つまり俺は無理だな。

 さて、続きを書こう。

 ……Jk二人分の連絡先が俺のスマホにあるって、変な気分だ。やましい気持ちは無いが。

 呼び鈴がなる。見に行く。


「……いや待て」


 姿勢を正して佇む影山涼香が、そこにいた。



 「……何の用だ?」

「暇、だった、ので」

「……はぁ」


 とりあえず中に入ってもらった。アクティブなのか控えめなのかわからんな、この子。


「まぁ良いや。今日は何してたんだ」

「家でずっと、ピアノの、練習を、していました。午後は、ヴァイオリンの、予定です」

「お、おう……飯は、食ってるのか?」

「……忘れて、ました」

「最後に食ったのは」

「えっと、お二人と、食べた、夕飯、でしょう、か」

「凪!」

「はい!」


 声をかけるだけで、やはり同じことを思ったようで、すぐに準備を始める。

 土鍋を出すという事は、お粥だろう。うん。

 久々に食べる時は、胃に優しくしなければならない。びっくりさせないように。


「あっ、凪。俺にも頼む」

「お任せを」

「……! 荒谷先輩が、素直」

「それで、そんなに練習して、何を目指しているんだ?」

「コンクールに、出たくて」


 コンクール?


「なんで急に」

「私の、原点に、還りたい、ので」


 真剣、に見える。まぁ、影山はそこまで冗談を言う人間ではない。冗談みたいなことを本気で言うタイプだ。結構厄介だな。

 いや待て、冷静になれ。なぜ俺が影山のコンクール出場に否定的な思考に陥っているんだ。


「まぁ……」


 いや待て。

 ここで良いんじゃないと言って良いのか? そんな適当に。


「先輩?」

「あぁ、いや」


 くそっ。


「見込みはどうなんだ? 先生は?」

「いえ、一人で、練習、しています」

「えっ?」

「流石に、前に、習っていた、先生を、師事するほど、余裕が、無いです。お金に」

「世知辛い」


 淡々とたどたどしく現実を述べる影山に涙が止まらない。なんてことは無いが、うん。


「それで飯も食わずに練習してたと」

「はい」


 ため息ついて頭を抑えるのは当然の反応だろう。


「体調管理もできないやつが、一人で挑もうと考える世界なのか、コンクールって」


 影山は目を泳がせる。


「今は大丈夫でもすぐに影響出るぞ」


 一応、経験談だ。だんだんと起きるのが辛くなる。力が入らなくなる。


「ごめん、なさい」

「ふん」

「荒谷さん、もう少し優しく、ですよ」


 凪が台所から出てくる。


「涼香さん、私も心配ですよ。私を友達と言ってくれた人が倒れるのは、私も辛いです」

「うっ……」

「美容にも悪いです」

「はい、ごめん、なさい」


 深々と頭を下げる。そうさせるだけの圧力が、凪から出ていた。優しくとはなんだろう。




 「ん、うまい」

「あは、ありがとうございます」


 火傷しないよう、適度に冷まされてから出されたお粥は非常に食べやすかった。


「荒谷先輩が、素直」

「んな驚くことかよ。別にいつも通りだ」


 素直になったつもりなんて、一切無い。


「人は、そう簡単に変わらねぇよ」


 簡単に変われるなら、俺は今頃、売れっ子作家か、まともに就活している。

 凪だって、早々に俺を見限って、ちゃんと学校に行って立派にJKやっている。


「変われないから、しがみつくんだ。自分の根底に、確かにあったものに」


 あぁ、そっか。だから影山も。

 俺も。

 凪も。


「影山」

「はい」

「頑張れよ」

「えっ……はい」

「何驚いてんだ」

「だ、だって、荒谷先輩、その、反対、みたいでしたから」

 まぁ、否定はしない。

「前に進むためなら、頑張りなよ」


 正しいのだろうか。

 年上として、正しく導く。

 あぁ、本当だ。

 正しいって、普通って、なんだ。

 俺の中の常識を、彼女に押し付けて良いのか?

 思考を巡らしても、考え方の基準、それは所詮、俺が歩んできた人生、学んできた教養、出会った人の言葉、それだけで。

 大海の如き世界の、ほんの一掬い。


 でも、だからといって。

 俺は自分勝手には生きられない。目の前にいるこの二人を、ちゃんと生きられるようにしたい。出会ってしまったのだから。

 そう思っている。

 でも俺は、そろそろ自覚しなければならない。 

 凪のいない生活が想像できないと。

 凪がいる生活に、居心地の良さを感じている事を。

 凪がいないと、わりと駄目になりそうだと。


「本人には絶対に言えないな」


 口の中で小さく呟いて、お粥をかきこむことで誤魔化した。

 


 「それでは、練習があるので」

「今度食って無いって確認したら、凪を派遣するからな」

「喜んで作りに行きますね」

「それは、ご褒美、です」


 そんなくだらないやり取りをして、影山は帰った。


「凪」

「はい」


 プリンターが印刷を始める音。すぐに紙を吐き出し始める。

 それを確認して、ベランダに出た。

 長い黒髪が印象的な後ろ姿、見えなくなるまで黙って見送った。


「荒谷さん、ちゃんと模索しているのですね」

「まぁな」


 スマホを見る。


「……あ?」

「どうかされました?」


 それに答える暇なんて無い。

 玄関の鍵が開く音、しかし、俺はそこそこ防犯意識が高い。ドアチェーンに侵入は阻まれる。


「諭! お母さんが来たわよ!」

「あ、荒谷さん……」

「マズいな……アポなしの客に会うつもりは無い!」

「……よし、開いた」

「は?」


 ドアが閉まる音、そして、フローリングの廊下を歩く音。


「あら、彼女連れ込んでいたの。こんばんは。諭の母の真澄です」

「あっ、えっと、神代凪です。あr、諭さんにはいつもお世話になっております」


 俺がこの世で一番恐れている人物は二人いる。その二人というのは両親なのだが。


「んで、何しに来た」

「親にご挨拶じゃない。随分と。お盆なのに帰ってこないって言うから、三時間も車走らせたのよ」

「父さんは?」

「仕事」

「立派に子離れできてるな、母さんも見習いな」


 そんなやり取りを尻目に、凪はお茶を用意していた。


「えっと、どうぞ」

「あら、ありがとう。随分とできた彼女ね」

「違う。彼女ではない」

「それ以外に考えられる状況かしら?」


 さて、長い話になりそうだ……。



 

 




















 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ