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書けなくなった作家擬きが出会ったのは甘党少女でした。  作者: 神無桂花
甘党少女と夏の亡霊。

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20/72

真面目少女は諦めない。

 「こんにちは。荒谷先輩」

「お前、もうバイト辞めただろ。先輩って呼ばなくて良いぞ」

「荒谷先輩には、お世話になったので」

「そうかい」


 夏らしくノースリーブにショートパンツというラフな格好。清楚な雰囲気とはミスマッチだが、別に目に毒というわけでも、極端に似合っていないわけでも無い服装で、影山は訪れた。


「涼香さん、どうぞ。外は暑かったでしょうから、麦茶でも飲みませんか?」

「あっ、ありがとう、ございます」


 グイっとグラスを煽り、一気に飲み干す様子は、清楚な雰囲気とは裏腹である。ラフな格好と合わないのは、、相変わらずのたどたどしさか。

 まぁ、それはおいおい。 


「凪さん、宿題、進んで、いますか?」

「宿題考査は行きますし、そろそろ終わりますよ」

「友達が、不登校なの、心配、なので」


 律儀な奴だ、って思ったけど、それが普通か。よく考えれば。


「いつか、行きますよ」


 凪にしては、キラキラして無いな。笑顔が。

 凪にとってはキツイ話題か。


「影山、えっと……そうだ、お前持ってるのって、ヴァイオリンか?」

「はい。楽器屋さん行ってきた帰りで」

「あぁ」


 楽器の事はよくわからんが、大事な事なのだろう。


「聞いてみたいな」


 口から零れたのは、ちょっとした本音だ。


「良いですよ。……大丈夫、ですよね?」

「はい。夜の七時までは、楽器は問題ありません」


 大家の娘が言うなら間違いはあるまい。

 影山は構える。

 雰囲気が変わる。顔が引き締まる。空気がピンと張り詰める。

 ただ物と物がこすれる音が、震える音が、どうしてこうも美しいのか。

 部屋に差す夕焼けが、吹き込む風が、揺れるカーテンが、美しく見えた。世界が、輝いて見えた。

 その時間だけ、世界と自分たちが切り離されたような気がする。

 曲が終盤に差し掛かり、そして、終わる。

 目が開き、ヴァイオリンが下ろされ、優雅にお辞儀する影山が、じっと俺を見つめる。その視線を感じてようやく切り離された世界が戻って来た。


「上手いもんだ」

「大分、腕、落ちて、ますけど。でも、ありがとう、ございます」


 パチパチと凪が拍手する音。俺も慌てて拍手した。


「大げさ、です」


 どこか嬉しそうに、柔らかく微笑んで、影山はぺこりと頭を下げて、ヴァイオリンをケースに収める。

 換気のために開けていた窓を閉めてエアコンに切り替える。


「では、私はこれで」

「影山さん、食べて行きませんか?」

「いえ、そんな……あっ、私が作りましょうか?」

「えっ、本当ですか! 嬉しいです。是非お願いします」


 そんなわけで、ヴァイオリンを包丁に持ち替え、影山は台所に立つ。


「そうですね、肉じゃが、で、どうでしょう?」

「良いですね!」


 影山と凪の、そんな会話が聞こえる。

 外から見てると、やはり姉妹のようだ。どちらが姉か、議論の余地はありそうだ。

 パソコンを開く。

 手を置く。しっくりこない、書いてて楽しくない。不快感を堪えながら、言葉を並べる。物語を紡ぐ。






 「うまっ」

「荒谷さんが、私の時より素直な反応してる……」


 これは、優しい味ってやつか。

 ほくほくのジャガイモはしっかり味がする。ご飯が進むというものだ。

 ……はぁ。


「凪が作る奴も美味いよ。あのピザとか」

「あれは、涼香さんの家の窯が良かったので……」

「いつでも、来てください。私じゃ、扱い、きれないので」

「すまん。おかわり貰うぞ」

「はい、どんどん、食べて、ください」


 嬉しそうに笑う。なんかむず痒い。



 「凪さん。どうぞ、プリント、渡しますね」

「あっ、ありがとう、ございます」


 風邪をひいた生徒にプリントを届けるみたいなあれか。面倒だから押し付け合いとかよくあったな。休みがちの生徒だと、届ける役の人にとって、下校の道が、もはやその人の家経由になる前提になったり。

 封筒から出てきた紙の量はそこそこ。


「今週の講習の時に配られたプリントです」

「そっか……」


 目を伏せて、凪は呟く。


「みんな、頑張ってるな」


 俺は思う。

 市川に、年上として、彼氏として、影山をどう導くんだと。

 くそっ、何であの軽薄そうな顔が頭に浮かぶんだ。めんどくせぇ。

 でもこのままでは、俺は市川に向けた言葉を、自分で受けることになる。影山へのお節介が、嘘になる。世間的には、学校に行かないのは、間違っているのだから。

 凪がもし、今の状況を正しいと思っているなら、正さなければ、駄目なんだ。俺は。

 ならさっさと言えば良い。

 頭の中でそう声がした。

 学校に行けと。俺に構って無いで学校で勉強しろと。凪に言い聞かせろと。 

 無理だ。俺には。

 開いた口は閉じられた。苦しい場所に、わざわざ行く必要は無い。




「それでは、また」


 影山は帰った。

 いつも通り、凪と二人になる。


「そうえいば、ゲーム、結局やったの?」

「はい。何となく、荒谷さんの好きそうな女の子から」

「お前なら、確かにわかりそうだな」


 はぁ。


「というか、お前平気なのか」

「私、結構いけるジャンルは広いのですよ。好きなのは甘い話ですけど、グロイホラーにも、エッチなやつにも耐性ありますよ」


 誰だ、この子をこんな風に育てた奴は!


「君のオタク遍歴が知りたいよ」


 凪の淹れた紅茶で喉を潤す。

 短編の結末を、打ち終え、読み返す。


「うん。ゴミ」


 そう呟きながらプリンターを起動させる。

 心を削らきゃ、小説は文の体を成しても、中身が無いように思える。

 前なら見せたくなかったが、現状を認識させるために、凪に見せる事を選んだ。

 テーブルに座り、呼吸を忘れたかのように、動くことを忘れたかのように、微動だにせず、目だけが文字を追っていることがわかった。


「荒谷さんは、この小説を通して何を伝えたかったのですか?」

「あぁ、まぁ、そうだよな」

「ただのボーイミーツガールですよねぇ。いえ、それが悪いというわけじゃなくて……」


 珍しく、凪は言葉が見つからない様子で唸り始める。

 テーマ性の話だろうか。

 テーマは大事だが、テーマに走り過ぎるとそれはただの作者の主張になる。


「テーマ性に主力を置き過ぎて、地獄を体現していた劇を見たことがあってさ」

「どんなのですか?」

「友達の妹の演劇部で、脚本も部員が用意したものだったんだけど」


 俺はあれを見てて途中で帰りたくなった。


「銃を向けられて生き死にがかかってる場面で、社会や世間の理不尽を叫び合ってるんだよ。高校生だなと思ったけど、あれ見てから、テーマ性とは隠すものだなって。一見してわからない程度が良いんだなって」


「それはそうですけど、荒谷さんが今書いているものは、その、わからないを通り越して感じる事すらできないので」

「だと思うよ。うん。俺は、伝えたいことが、無いみたいでさ。何も、訴えられない」


 だから、ただのお話になる。


「荒谷さん……神薙先生の小説らしくないですね」

「新しい書き方の、ヒントすら、掴めない」 

「荒谷さん。明日も出かけましょう」

「どこに」

「……そうですねぇ、プールでも行きましょう」

「あ?」

「駄目、ですかね?」


 まぁでも、これと言ってやることは無い。


「とりあえず今日はバイト行ってくる。……行きたきゃ明日早めに起こしに来い」

「はい!」


 滅茶苦茶嬉しそうな顔するな。そんなに行きたかったのか。







 そして、次の日の早朝。


「荒谷先輩。おはようございます」

「なぜ影山がいる」

「一緒に行きたかったそうです」

「凪さんが、その、学校に、行かないで、何をしているのか、知りたかったので」

「と、言いますと」

「考えなしに、学校に来てください、と言うのも、その、一方的過ぎる、と。学校に、払ったお金が、無駄、とも思います、けど、でも、何か、あるのかな。って」


 言葉を選ぶように、悩みながら思いを伝えてくれる。


「そうか」


 いつもより三十分早めの起床。朝食を食べ、水着を探し出す。ここらで一番大きなプールに行くには、電車に乗らなければいけない。


「じゃあ、行くか」


 女子高生二人を連れてプールに行くとか。

 少しだけこれからの展開を考えて、げんなりした。





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