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書けなくなった作家擬きが出会ったのは甘党少女でした。  作者: 神無桂花
甘党少女と真面目で律儀な不良になりきれない少女。
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少女は壊れる。

 影山は俺の家に泊まる事になった。俺が連れて来たわけだし、凪の家も急に一人泊めるのは大変だし。凪がどこか嫌がっているように見えた。

 幸い、俺の部屋には布団が余計にある。さらに俺には、寝ている女を襲わない自信がある。


「じゃあ、俺は部屋にいるから、何があったら起こせ」

「襲わないのですね」

「また言うか」


 ……イケメン主人公なら。ここで一人で寝かせたら、今までと変わらんとか、親代わりを気取って添い寝して、気がついたら一緒に寝てて朝を迎えているんだろ。

 俺には無理だ。

 俺は主人公じゃない。

 人生は自分が主人公とか、主人公乱立し過ぎて物語が成立しないだろ。ったく。

 俺が、主人公だったら、俺の物語なら、俺は彼女をどうするのだろう。


「現実と創作混同するな」


 そう考えるけど。

 でも、それでも。脳みそは考える事をやめようとはしない。

 文章には起こせない。ぼんやりと脳裏に浮かぶのは映像だけ。


「なぁ、影山」

「はい」

「お前は、何でバイト始めたんだ」

「習い事やめたら、手持無沙汰になって、仕方なく」

「一人暮らしなら、家事とか、大変じゃないのか」


 あの家、リビングに入っただけだけど。


「慣れました」

「そうか。じゃあ、質問を変えよう。食卓には相変わらず三人分並んでいるのか? ちゃんと片づけたか?

換気はしたか?」


 あの家の時間は、外と時間の進み方が、ズレていた。埃っぽくて、何かが腐った匂いがして。


「……先輩に、関係は」

「無いけど見ちまったからな、しょうがない。それに、乗り掛かった舟、ってやつだ」

「そんなんで、踏み込むのですか」

「あぁ。まぁ、な」


 見なくてもわかる。影山は困っているだろう。

 こんなバイト先の先輩に突然家まで連れてこられて、説教染みたことをされているんだ。

 困るだろうな、そりゃ。


「明日、凪を連れて掃除にしに行くから」

「……ダメ……」

「困るのか? 流石に、換気せずに食器そのままは、不味いと思うぞ。一人暮らしであんな広い家だ、間に合わないだろ」


 無茶苦茶な言い分を正論で覆い隠す。


「決定、な」


 影山の性格上、こう押し切られれば断れないのは、わかっていたから、我ながらズルい奴だと思う。




 「さぁ、掃除の時間です!」

「なんでお前が一番張り切っているんだよ」

「家事は好きですよ」


 凪の掃除道具は今俺が持っている。流石に女の子に持たせるには重そうだった。


「さて」

「まずは換気ですね」


 凪も同じ感想だった。

 窓を全部開ける。風は入ってこなかったけど、何かが流れ出した。

 既に置きっぱなしだった食器はシンクに浸け置きされている。影山はリビングの隅で置物のように座っていた。

 それで良い。

 俺がもし、彼女の物語を創るなら、こうして止められた時間をぶっこわされれば、前に進めるのだから。



 もうこの際、と徹底的に綺麗にした。

 空気が変わっていく。

 絨毯に掃除機をかけて、外に干して、その下のフローリングも綺麗にしていく。


「……荒谷先輩。私も、させて、ください」

「そうだな、じゃあ、台所、任せて良いか?」

「はい」


 どこか、決意したような目をしていた。

 俺たちのやっている事なんて、人の家に押しかけて掃除するという、影山がその気になればお縄になる事もあり得る事だ。

 スポンジで一枚一枚食器の汚れを落としていく彼女の目は、確かに今を見ていた。と思う。




 日が傾く頃に、ようやく満足できる程度には綺麗になった。

 そうなると暇になり、マナー的に如何なものかと思うが、何となく家のものを見てしまう。

 行事予定とかが電話の上のボードに画鋲で止められているのを見た。クラスの名簿も張られている。

 俺はどうしてかそれに目が引き寄せられた。


「……なぁ。凪」

「はい」


 影山に淹れてもらったお茶を、どこか満足気に飲んでいた彼女はパッと顔を上げる。


「お前、何年生なんだ」

「……一応、今年で二年生ですけど」


 気まずそうに、凪は言う。


「なるほど」


 年齢が十六とは聞いたが、数え年では言わなかった、という事か。

 いや、俺今年で二十一って言ったのに、なぜ凪は言わなかったんだおい。


「いや、待てよ」


 こいつらクラスメイトなのに何で知らないんだ。いや、影山の場合、春に親がいなくなって周りに目を向ける余裕が無かったと考えれば納得できる。が、凪はどうなんだ。


「なぁ、影山、そいつ、同じクラスらしいぞ」

「えっ……違うクラスだと……あっ……」


 何かを思い出したように、凪に視線を向ける。

 観念したように、諦めたような顔をして、両手を上げた時、呼び鈴が鳴った。


「は、はーい」


 影山がすぐに反応する。

 扉が開く音。


「えっ、えっ、諒、さん……」

「あれ、涼香。香織さんいる?」

「……母は、今、いませんよ」


 そんなやり取りが聞こえて、俺と凪も玄関に出た。


「そっか。そうなったんだ」


 いつもの軽薄そうな声に、どこか冷たさを滲ませて、あいつはどうしてかここにいた。


「市川。何してるんだ?」

「荒谷。久しぶり」


 相変わらずの見た目、と、いつもと違う、冷たさを感じる雰囲気。


「この家の奥さん、僕の四つ前の彼女でさ、重くなってきたから別れて、それからどうなったのかなって」


 事態を飲み込みきれていない俺たちに、親切にそう解説してくれる。


「……待て」

「何?」

「お前、影山の母親を……」

「結果的には、そういうことだね。知らなかったけどさ」


 壊しちゃった、と子どもでももう少し申し訳なさそうに言う事を、あっさりと言ってのける。


「……お前」

「何?」


 殴ったら、負けな気がした。

 それでも、握り込んだ拳の力が抜ける気配は無い。

 歯が嫌な音を立てて擦れる。この家の現状を見なければ、ここまで怒りに支配されなかっただろう。

 「パシッ」と乾いた音が、俺を引き戻した。俺でも、影山でも無く、凪だった。


「あなたは、何のために、涼香さんのお母さんとお付き合いしたのですか……?」

「自分が正常だと確認するため。僕が僕である事を、僕がここにいる事を証明するため。僕が女の子と付き合う理由は、それだけさ」


 市川は笑う。

 凪は言葉を失っていった。

 市川の頬を打ち、振り切った腕を戻すのも忘れていた。


「あなたは、好きじゃなかったのですか、涼香さんの事」

「魅力的だとは思っていたが正直な所かな」

「あなたが崩壊させた、ということで良いのですよね。その張本人が、被害者に言い寄ったという事ですよね」

「僕は崩壊させていない。崩壊させたのは涼香の母親さ。それに、香織さんも涼香も、自分の意思で僕の恋人になる事を選んだ。そうだろ、涼香」


 影山は、何も言わない。唇を噛み、うつむいたまま、動かない。


「……チッ、影山! どうなんだよ。俺はこのままこいつに説教でも垂れて良いのか」

「……私は」

「なぁ、俺たちが今日片づけちまったけど、お前、親が出て行った日からずっと保存していたのか、家」

「……はい」

「親が嫌いと言ったのは」

「本当です」 


 俺も、市川も、やっていることは違っても、勝手に影山家に踏み込んでいる事には、変わらない。

 でも、俺が、俺が主人公なら、影山にどう問いかける。


「進み方がわからないんだろ。急に目の前から今までの当たり前が消えて。選べ、市川か、俺か」

「勝手に巻き込まれても、まぁ良いや。涼香、どうする?」 


 俺も、市川も、影山の環境をぶっ壊したことに、変わりはない。

 でも、もし影山が進むことを望むなら、どちらかの手を取るはず。


「私、私、は」


 市川の口元が歪む。


「壊れるね、これは」


 その小さな呟きは、俺と凪にしか届かない。


「堪えてくれ……」


 影山を信じる事しか、できない。

 信じる材料何て、無いけど、それでも、それしかできない。


「荒谷、ある意味、君が壊すのを早めたのかもね」

「黙れ」


 影山を見る。


「私、は……」


 すっと両手を伸ばす。

 それは、市川の方に向けて。

 首元にかけられ、ぐっと力が込められられた。

 



 











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