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書けなくなった作家擬きが出会ったのは甘党少女でした。  作者: 神無桂花
甘党少女と真面目で律儀な不良になりきれない少女。
14/72

夏休みといえど特に代わり映えはしない。

 「はぁ」


 着慣れないスーツを脱ぎ捨てる。と、凪がすぐに拾ってハンガーにかけた。


「駄目ですよ。シワになります」

「……はぁ」


 選考無しのワンデイのインターンに行って帰って来て、疲れた。


「寝るなら着替えてからにしてくださいよ……」

「良いよ、別に。まともに使おうと思って買ったスーツじゃないし」 


 レトロな雰囲気漂わす、緑のマキシワンピースに身を包み、少し呆れた雰囲気を匂わせて来る。

 凪と影山の関係はわりと良好らしい。

 その影山は、あれから市川と別れたらしい。あいつの中では初めて穏便に別れられた彼女だろう。

 そして、俺は市川とあれから連絡を取っていなかった。


「はぁ。もう就活したくない」


「はい。荒谷さんの就活とは、小説を書いて出版社に送り付ける事です。じゃなかったらネットに投稿。または新人賞に応募」

「優先度は今の逆順だな」

「一位二位は僅差。場合によっては入れ替わりますね」


 むしろ、最近はほぼ逆転しているだろ。


「そんな青い顔して家を出て、へとへとになって帰ってくる就活なんかより、原稿と向き合っていたら良いのに。荒谷さんは」

「そういうわけにもいかんだろ。俺はもう、別に作家を志しているわけじゃないから」


 そう言うと、凪は渋い顔をするが、俺はただ、凪を裏切りたくないだけ。 


「そういえば、今日は影山と出かけたんだっけ?」

「はい。ショッピングに。涼香さんスレンダーで、綺麗な黒髪で、清楚な雰囲気で、コーディネートのし甲斐があるというものでしたよ」

「そうかい」


 ぼんやりとしてたら意識が飛びそうになって慌てて頭を振る。


「それより荒谷さん、今日の分の短編は?」

「あぁ、待ってろ、今出すから」




 「うーん。あれですね。行動原理ですよ。荒谷さん」

「は?」

「行動原理が無いと、キャラクターはただ作者に動かされる駒になります」

「言っていることはわかる」


 テーブルに向かい合わせに座り、目の前で読まれるという地獄味わい、凪が開口一番ダメ出しを始める。

 いつも思う。凪の創作論は、どこから持って来たものなのだろうかと。


「これじゃあ、ただのご飯作りに来ている女の子じゃないですか」

「自己紹介か?」

「私は、荒谷さんに小説を書いてもらいたいという思いがあるので」

「はぁ」


 俺の行動原理、か。


「俺は何のために生きてるんだろうな」

「哲学ですか?」

「いや」


 ぼんやりと、スーツ姿の自分を見る。暑いのにスーツ着て、ハンカチで流れる汗を拭きながら企業まで行って、何してたんだろ。


「わっかんね。たまには褒めて」

「荒谷さんの小説は私の大好物です」

「あぁ、ありがとう」

「でもそうですね。否定ばかりはやる気を失います。これからは褒めながら直しましょう」


 原稿をファイルに片付け、凪は台所に立つ。俺の今まで書いた短編は、全て凪の手でファイリングされている。


「今日は暑いですね。トマトが良いですね。トマト。あっ、夏野菜カレーが良いかもしれません。と思ってもう作ってあります」

「それは楽しみだ」

「カレーを作るなら朝からきっちり準備、ですね」


 休みに入ってから一日のほとんど、喫茶店での手伝い以外は俺の部屋で過ごしているが、大丈夫なのか。と思う。

 まぁでも、うん。

 別に物がなくなったとか、財布の中身が消えたとか無いし、変わったことと言えば、部屋が綺麗になっていて、掃除機とかが使われた形跡があって、フローリングワイパーが増えたくらいだが。

 そしてそれほど尽くされても俺は何も応えられていない。

 流石に、罪悪感に溺れそうになる。

 鬱陶しかった凪との関係も、今は期待に応えられない申し訳なさから、やめてくれと叫びたかった。

 でも、凪はやめる気は無いだろう。そんな気がする。


「なぁ」

「はい」


 このままで良いのか? そう聞こうとした。

 でも、どうしてか、口の中が渇いて言えなかった。上手く、言葉が出ない。


「あっ、いや」

「荒谷さん?」

「……何でもない」

「洗った洗濯物なら部屋の引き出しですよ」

「いや、そういうわけじゃなくて。そうだ、宿題は? 夏休みの」

「計画的に進めていますよ。今年は涼香さんのおかげでしっかり復習しながら進められています」


 このまま何事も無ければ良いのだがね。


「そろそろ準備するわ」

「バイトですね。夜食作って待っていますから」

「……悪いな。サンキュ」





 「影山」

「はい。あっ、おはよう、ございます」

「あぁ」


 バイト先、レジの彼女がなぜかバックヤードにいた。


「なにしてんだ?」

「えっと、お客様が、お茶を、箱で、買いたいって」

「あぁ、じゃあ持ってくから。案内して」

「いえ、自分で、持てます」

「行くぞ」


 反論は聞かず、さっさとレジの方に歩いて行く。多分そこだろ。

 パタパタと後ろから足音。店員は足音なるべくたてるなっての。

 



 「お疲れ様、です」

「あぁ、帰りか。お疲れ」


 することが無くなり、裏に引っ込みぼんやり過ごしていた所、影山はエプロンを外しながら歩いて来た。


「先輩は、閉店まで、ですか?」

「むしろそれ以外の方が少ないよ」


 高校生を十時以降働かせたらダメみたいな法律、聞いたことがあるな。よく知らないけど。


「お前、バイト辞めたら。校則で駄目なんだろ」

「バレなきゃ良いと、聞いたことが、あります」

「誰からだよ」


 きょとんと首を傾げられる。


「親にはどう説明してるんだ」

「……荒谷さん、説教臭い、です」

「答えろ」


 気まずそうに目を逸らしながら、怒ったように頬を膨らませ、よくわからない感情を漂わせる。


「親はいません」

「いない?」

「うちには今、親はいません」

「仕事でか?」

「家に帰って来なくなって、連絡も取れません。お金だけ送ってくる人になりました」

「……は?」


 は? は? は?


「何、言ってるの?」 


 というか、なんであっさり話しちゃうの。


「友達と勉強会って……」

「ご近所さんに、聞かれたくなかったので」


 いや、落ち着け。そう思うけど、影山は追い討ちをかける。


「流石に、おかしいのは、我が家だと、気づいてます。みんな驚いて、可哀想な人を、見る目で、見てくるので」

「いや、そうじゃなくて。……それ、いつの話だよ」

「今年の、春、ですね」


 なんで、平然としているんだ、じゃあ。


「習い事の、先生も、学校の、先生も、みんな、可哀想な人を、見る目で見てきました。けど、何かしてくれるわけじゃ、なかったです。何かしてくれたのは、荒谷さんと凪さん、だけでした。友達、できました、から。嬉しい、です」


 にへら、と影山は笑う。

 思わず影山の肩を掴んだ。


「あの、さ。聞いて良いか」

「はい」

「お前、親は好きか?」

「嫌いです」


 即答だった。自分の肩を掴んでる手をちらりと見るが、払う気配ない。


「でも、凪さんや、先輩は、好きですよ」

「市川、は?」

「あの人は、なんか、違います。私たちと」


 また、にへらと笑う。

 俺は後悔した。

 踏み込むべきではなかった。

 簡単に踏み込んで良い場所では、無かった。想像したより、深い穴だった。

 でも、一歩踏み入ってしまった。ここで逃げたら、彼女の言う、何もしてくれなかった大人と、同じだ。




 少しだけ待たせて、仕事を終えて影山を連れて家に帰る。凪には連絡した。


「荒谷さんと涼香さん、仲良しですね」

「そうか?」


 急遽三人分用意することになった凪だが、嫌な顔一つしなかった。むしろ嬉しそうに見えた。 

 ずしんと胃に石でも抱えているような気分だが、まぁ良い。


「それで涼香さんは、急に荒谷さんにお持ち帰りされて、どうしたのです?」

「私は、凪さんが、荒谷さんの家に、いる理由が、知りたいです」


 ……あっ。

 しまった、家にいるのが普通過ぎて、普通に連れてきてしまった。

 凪を見ると、俺と同じく、当たり前すぎてそこら辺の感覚が麻痺していた。


「えっとだな、まぁ、簡単に言えば、俺は家庭教師のバイトもしていて、面倒だから凪に部屋で待ってもらっていたんだ、そしたら凪がご飯を作るようになっていた、というところだ」


「凪さん、家庭教師、必要? 頭、良い」


 しまった。一緒に勉強したとか言ってたな。


「まぁ、正直、教える事、無くて困ってる」


 クスクスと笑う二人。考えなしに連れてきてしまった。女子高生二人の空間に男一人という状況を作ってしまった自分を頭の中でぶん殴る。


「じゃあ、ご飯にしましょうか」

 

 




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